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小説の先にある世界  作者: 藤咲玲


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77話:『トーナメントの準備と、影の暗躍』

 ヴィクトリアへの生徒会加入の打診を終えたアレンは、そのまま彼女とシャルロットの二人に向き直り、本題を切り出した。


「さて、二人には生徒会の重要業務として、間近に迫ったトーナメントに向けた準備を頼みたい」


「トーナメントの準備、ですの?」


 ヴィクトリアが小さく首を傾げ、シャルロットもまた興味深そうに耳を傾ける。


「ああ。今回のトーナメントを最高の規模で開催するために、学園内から優秀な選手を厳選してほしいんだ。具体的には、剣術部門をヴィクトリアに、魔法部門をシャルロットに任せたい」


「私に剣術部門を……ふふ、よろしいですわ。我がグランヴェル家の武の誉れに懸けて、生半可な剣士はすべて弾き、真に切れ味鋭い猛者だけを選抜してみせますわ」


「では私は魔法部門ですね。ローゼンベルク家としても、見苦しい術を見せるわけにはまいりませんもの。高度な理論と絶大な魔力を併せ持つ者だけを揃えて差し上げますわ」


 二大公爵令嬢はアレンからの頼み事に誇らしげな笑みを浮かべ、快諾した。アレンの目から見ても、この二人以上に的確な選考を行える人材など学園内に存在しない。


「助かる。これで選手層の質は完璧だな」


 アレンは満足げに頷いた。


(よし……これで面倒な選手選考と調整の仕事はすべて二人に押しつけ——いや、任せられたな)


 自由な執筆時間を確保するための第一段階は完了した。そして、ここからがアレンにとっての「最大の目的」であった。


「……ところでアレン様。これほど膨大な準備を私どもにお任せになるということは、アレン様ご自身はどのようなご公務に当たられるのですか?」


 鋭いヴィクトリアの問いに対し、アレンはさも重大な任務を帯びているかのような、真摯で重々しい表情を作ってみせた。


「俺は……『他校の動向を探る』という重要な調査のために、明日から一時的に旅に出ようと思っている」


「「……旅、ですか?」」


 二人の声が重なった。


「ああ。今回のトーナメントは我が学園だけでなく、他校からの注目も極めて高い。事前に敵となり得る他校の主力選手や情勢を現地で直接視察・調査しておくことこそ、今の俺にできる役割だからな」


 一見すると極めて理にかなった行動に見える。

 しかし、アレンの真の意図は全く別のところにあった。


(そもそも俺は裏で理事長の権限下にいる人間で、事実として正式な学生じゃない。だからトーナメントに出場する気なんて微塵もないし、選手として引っ張り出されるのもごめんだ。準備でバタバタしている学園を離れて、他校視察という名目の元、一人で優雅に地方を巡って美味しいものでも食べながら自作小説の執筆に没頭する……完璧すぎる逃亡計画だ!)


 完璧な理論武装で「合法的な一人旅(暇つぶし)」を勝ち取ったと確信したアレンは、手元に残っていた資料をパタンと閉じると、颯爽と立ち上がった。


 そして、出口へ向かいながら何気ない様子で言い放つ。


「じゃあ選手選考は任せたぞ――頼んだぞ、副会長のヴィクトリア」


「〜〜〜〜〜〜ッ!!」


 アレンが去った生徒会室に、息をのむような静寂と、爆発的な歓喜と驚愕が同時に訪れた。


 ヴィクトリアは感無量といった様子で胸に手を当て、勝ち誇った笑みを浮かべる。


「お聞きになりまして、シャルロット? アレン様が……アレン様が私を『副会長』とお認めになりましたわ!!」


「なっ……! き、聞き捨てなりませんわヴィクトリア様! あれはアレン様がその場を収めるため適当におっしゃっただけですわ! 公式な就任など断じて認めませんわよ!?」


「いいえ、言質は取りましたわ。今日から私は名実ともに生徒会副会長、アレン様の片腕です。文句があるならアレン様を追いかけて直接直訴なさったらどうですの?」


「くっ……! 言われなくても、アレン様の『他校視察の旅』に同行するのはこの私ですわ!!」


「あら、先回りの権利は副会長である私にこそありますのよ?」


 ◇


 二人の激しい口論が続く中、生徒会室の隅で怯えるように身を縮めていたニーナ、ソフィア、リゼットの3人は、互いに顔を見合わせて冷や汗を流していた。


(あ、アレン様……去り際に爆弾を投下して行かれましたわ……! ヴィクトリア様を『副会長』と呼ぶなんて、シャルロット様に対する宣戦布告と同義です……!)


 ニーナは手帳にメモを取りながら、心の中で恐怖に震える。


(それに……他校視察という名目の旅……! 嘘ですわ! アレン様のような絶対者が、ただの他校の視察ごときで自ら足を運ぶはずがありません! きっと……表の学園トーナメントの裏で動き出そうとしている、他国の巨大な陰謀を水面下で粉砕しに行く気なのですわ……!)


 ニーナの脳内では、アレンの「自作小説の執筆と食べ歩きのための逃亡計画」が、世界を救うための暗躍へと都合よく変換されていた。


 一方、激しい視線の火花を散らし終えたヴィクトリアとシャルロットは、すっと息を整えると、互いに冷ややかな笑顔を取り戻した。


「……シャルロット。先ほど結んだ『協定』を忘れてはいませんわね?」


「ええ、もちろんですわ、ヴィクトリア様。アレン様が単身で他校の領域……いいえ、未知の危険が存在するやもしれぬ場所へ行かれるのを、私たちが指を咥えて見ているわけにはまいりませんもの」


「ええ。ですが、まずは命じられた選考作業を完璧に終わらせる必要がありますわ。アレン様に『任せられない』と判断されては、副会長としての面目が立ちませんから」


「ふん、言われなくても魔法部門の選考は一晩で終わらせて見せますわ。ローゼンベルク家の情報網を使えば、学園内の術者のデータなど一目瞭然ですもの」


「グランヴェル家の誇る剣術データベースも同様ですわ。我が家が持つ門下生の記録と照合し、今夜中に最高の候補者リストを完成させます」


 二大公爵令嬢の集中力と行動力は凄まじかった。

 本来ならば数日かけて行うはずの全学園生のデータ精査と選考作業を、圧倒的な権力と処理能力によって、わずか数時間で終わらせてしまったのである。


 深夜。完成した完璧な選考リストを生徒会室のデスクに置いた二人は、勝利を確信した笑みを浮かべた。


「これで仕事は終わりですわね。……さて、明朝アレン様が発たれる前に、私たちの『同行』および『護衛』の手配を整えなければ」


「ええ。アレン様は『一人で静かに視察する』とおっしゃるでしょうけれど、裏で怪しい動きをする他校の手先からあのお方を守るのは、私たちの使命ですわ」


 二人は固い結託(と互いへの強い牽制)を胸に、静かに生徒会室を後にしたのだった。


 ◇


 一方その頃——。


 学園の寮の自室で、アレンは明日からの旅の準備を楽しく進めていた。


「よし、原稿用紙と新しいインクは持ったな。あとは旅先で食べる予定の郷土料理のリストと……うん、完璧だ」


 荷物をカバンに詰め込みながら、アレンは上機嫌で口笛を吹いていた。


(他校視察という大義名分があれば、誰も俺を追いかけてこないし、追及もできない。生徒会室でシャルロットたちに囲まれることもないし、ヴィクトリアのオカルト話に付き合わされることもない。明日からの1週間は、完全なる俺だけの執筆合宿だ!)


 アレンはどこまでも自分の計画が完璧であると信じて疑っていなかった。


「副会長と持ち上げておけば、ヴィクトリアも機嫌よく選考をやってくれるだろうしな。シャルロットも対抗意識で完璧に仕上げてくれるはずだ。俺は本当に頭がいいな」


 己の機転に自画自賛しながら、アレンはベッドに横たわった。


 明日、学園の門を出た瞬間、自分がどれほど恐ろしい「二大公爵家の追撃網」と「勘違いの嵐」に巻き込まれることになるのか、哀れな少年はまだ何も知らなかったのである。


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