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小説の先にある世界  作者: 藤咲玲


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75話:ニーナの苦悩と、暴走する電報

「今日は一人ですか? ……隣、よろしいですか? お願いがあるんだ。君の実家が産地だと聞いたのだが、薬草の件で一度お邪魔してもいいかな?」


 学園の広々とした食堂。その一番奥の片隅で、周囲の喧騒から気配を消すように小さくなって静かに昼食を摂っていたニーナ・フォン・バウムの耳に、低く澄んだ声が届いた。


「ふゃいっ!? あ、アレン役員……っ!? は、はいっ、どうぞどうぞお掛けになってくださいませっ!!」


 声の主に気づいたニーナは、跳ね起きる勢いで隣の席に置いていた荷物を手元へ引き寄せると、背筋をピシッと伸ばしてアレンを注視した。あまりの勢いに、スープの皿がカタカタと揺れる。


(えっ、ええええええっ!? 実家!? 薬草……? でもアレン役員って、生徒会で影の支配者みたいな噂もあるし、あの気高きヴィクトリア様にあれほど激しく執着されているお方なのに……な、なんで私の実家に……!?)


 脳内を激しいパニックと恐怖が駆け巡るニーナだったが、この生徒会の重鎮の打診を断る勇気など、どこを探しても持ち合わせているはずもなかった。断れば実家ごと消されるのではないかという妄想すら膨らむ。


「あ、あの! 実家への連絡でしたら、今すぐ手紙を書きますので……っ!」


「ん、そうか? 助かるよ。急な訪問で怪しまれても困るからな」


 アレンの言葉に、ニーナはプルプルと小刻みに手を震わせながら紙を取り出し、アレンの求めに応じて一通の紹介状――という名のお願いの手紙を、慌てふためきながら書き上げたのだった。


 ◇


 そして週末――。


 アレンは宣言通り、王国の西南に広がる山間に位置するバウム男爵領の屋敷の前に立っていた。その手には、学園でニーナから受け取った直筆の手紙が固く握られている。


(まあ、ニーナ本人は普通に授業があるからな。俺は本来、受ける必要などない授業を免除された暇つぶしだし、研究に必要な珍しい極上薬草が手に入れば万々歳だ)


 目の前に佇むのは、大貴族の邸宅とは比べものにならないほど小さく、だがどこか温かみのある風情ある屋敷であった。


 玄関前で出迎えた従者や老執事に対し、アレンは爽やかで礼儀正しい笑みを浮かべて挨拶を交わす。


「アレンと申します。ニーナさんとは学園で故あって親しくさせていただいております。」


「ニーナ様のご友人様……! それに手紙まで! 少々お待ちくださいませ、すぐに当主様をお呼びいたします!」


 手紙を受け取った従者は、驚きと恐縮が混ざった表情を浮かべながら、大急ぎで屋敷の奥へと走っていった。


 ◇


 しかし、屋敷の中に足を踏み入れると、何やらただならぬ重苦しい雰囲気が充満していた。使用人たちが慌ただしく行き交い、奥の応接間からは重々しいため息が聞こえてくる。


 間もなくして姿を現したバウム男爵と夫人は、青ざめた表情でアレンに対し緊迫した事態を説明し始めた。


 なんでも、今朝方、貴重な薬草の採取に向かった領内の村人たちが、森の奥深くで予期せぬ魔物の群れに遭遇してしまい、採取地に設けられた緊急避難施設に取り残されてしまったのだという。その避難施設は、万が一の魔物襲撃に備えて頑丈な石造りで作られているが、魔物の数が多すぎれば長時間の包囲には耐えられない。


「よりによって、このような時に……! アレン様、せっかくいらしていただいたというのに、十分なおもてなしもできず申し訳ございません……!」


 事態の重さと領民の危機を理解したアレンは、至極当然のように申し出た。


「俺が救出に向かいましょう」


「ア、アレン様!? しかし相手は非常に危険な魔物が……! 貴方のような学生さんを危険に晒すわけには……!」


「大丈夫ですよ。慣れていますから」


 止めようとする男爵夫婦の必死の制止を背に受けながら、アレンは自作小説の構想でも考えるかのようなのんびりとした足取りで、木々がうっそうと茂る森の奥へと向かった。


 ◇


 現地に到着すると、避難施設はまさに今にも崩壊しそうな惨状であった。


 頑丈な石造りの建物の周囲を凄まじい気配で包囲しているのは、鋭い牙を持つフレンジー・フォレストウルフ10頭、そして巨体を誇るニードル・ベア5頭。施設の中から、村人たちの怯える悲鳴が漏れ聞こえてくる。


 アレンはわざわざ魔物たちの視界に入りやすい、やや高めの目立つ岩場の上に陣取り、静かにたたずんだ。自作小説の主人公の格好良い登場シーンを再現すべく、羽織の裾を風になびかせ、重厚な声を響かせる。


「悪が栄えた試しなど、ない」


 言うや否や、蹴り一閃!


 目にも留まらぬ速さで岩場から躍り出たアレンは、崩壊寸前の石壁に群がっていたウルフ3頭を、まとめて遥か遠くの樹海へ蹴り飛ばした。


 ズガァァン!と猛烈な音を立てて木々をなぎ倒しながら吹っ飛ぶウルフたち。さらにアレンは、横一線にわざと綺麗な側転を決めて格好をつけると、唸り声を上げて襲いかかってきたニードル・ベアの脳天へ、タメを作ってから強烈な手刀をお見舞いする。


 ドゴォッ!!


 地鳴りのような音とともに、巨大なベアが地面に沈む。

 だが、ここでふと冷静になったアレンの脳裏に、ひとつの客観的な思いが浮かんだ。


(……うーん、誰も見ていない森の中で一人でこれやるの、めちゃくちゃ虚しくなってきたな)


 急激に我に返り、魅せプレイとヒーローごっこの熱が冷めたアレンは、


「……あー、面倒くさい。やめた」


 とぶっきらぼうに呟くと、魅せプレイを即座に放棄。本来の効率的な戦闘スタイルへと切り替え、圧倒的な威圧と無駄のない打撃により、一瞬にして残りの魔物たちを完膚なきまでに倒したのだった。


 避難施設からおそるおそる出てきた村人たちは、その圧倒的な強さと、前半に繰り広げられた洗練された謎の美しすぎる立ち回りに心を打たれ、涙を流して拝むように叫び始めた。


「おお……ありがたや……伝説の英雄様だ……! 神様が遣わしてくださったんだ……!」


 ◇


 屋敷に戻ると、無事に救出された村人たちからの感謝の報告を受けたバウム男爵が、感涙にむせびながら何度も深く頭を下げてきた。


「なんと御礼を申し上げればよいか……! 我が大切な領民を、そしてバウム家を救ってくださり……! アレン様、貴方は我が家の救世主でございます!」


「いえ、ついでですから。あ、それとこれ。ニーナさんからの手紙です。渡すのを忘れていました」


 アレンはポケットに入れたまま忘れていた手紙を取り出し、素っ気なく手渡した。


「おお、娘からの……!」


 手紙を開いた男爵だったが、そこに書かれていたのは、学園でパニックになりながらニーナが慌てて書いた、あまりにも言葉足らずな内容であった。


『お父様、お母様。学園でとてもお世話になっているアレン様が実家に向かいます。凄く大切な方なので、どうか私だと思っておもてなししてください!』


(((“凄く大切な方”……! “私だと思っておもてなし”……!!)))


 たった一人で危険な森へ乗り込み、領民の危機を救い出した圧巻の英雄的活躍。そして、この娘からの切実すぎる手紙の文面。バウム男爵の中で、巨大な誤解の最後のピースが完璧にハマってしまったのだった。


(そうか……娘は学園で、これほどまでに素晴らしいお方と……! だからこそ『私だと思っておもてなしを』などという、健気な言葉を……!)


 男爵は感極まった面持ちで手紙を胸に抱きしめた。


「……理解いたしました、アレン様。バウム家、全身全霊をもって貴方様のご期待に応えさせていただきます……!」


「?? はあ、どうも。あ、薬草いただけますか?」


 アレンは首をかしげつつも、無事に目当ての極上薬草を手に入れると、大満足で学園への帰路についたのだった。


 ◇


 翌日、学園にて。


 無事に週末を終え、週明けの静寂に包まれた図書室の片隅で一息ついていたニーナのもとに、実家からの緊急連絡が届けられた。


 そこには、感動でテンションが最高潮に達した父親からの、熱量溢れるメッセージが記されていた。


『ニーナへ。アレン様の凄まじいお力と我が家への深い愛に一族一同、涙を流して感動している。あのような英雄を伴侶として連れてくるとは、さすが我が娘だ! 我がバウム家は娘の恋路を全力で応援するぞ! 家族公認だ、安心して学園生活を送りなさい。』


「……え?」


 連絡の文字を視認したニーナの顔から、すうっと血の気が引いていく。何度も目をこすり、文字を読み直すが、書かれている内容は変わらない。


「えええええええええええええっ!?!?!?」


 叫びにも似た悲鳴が静かな図書室中に響き渡り、周囲の生徒たちが一斉に振り返って驚愕の視線を向けた。


「ち、ちがうの……! お父様、なんで勝手に変な勘違いしてるのーっ!? 私はただ、失礼のないようにって書いただけなのにーーーっ!?」


 手紙の言葉不足と、アレンの規格外すぎる無自覚な活躍が完璧に噛み合って生まれた、実家だけの壮大な大勘違い。


「シャルロット様だけでも大変なのに、私まで『家族公認の相手』になっちゃってるじゃないですかぁぁぁっ!?」


 その連絡を抱きしめながら、ニーナは泡を吹いてその場に倒れそうになるのだった。当のアレンが、手に入れた薬草を使って自室で機嫌よく実験をしていることなど知る由もなく、少女の受難はどこまでも続いていく。

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