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小説の先にある世界  作者: 藤咲玲


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74話:なぞの会話

 日付が変わり、人影もまばらになった静まり返る深夜の生徒会室。


 部屋の灯りがかすかに揺れる中、アレンとエルエルは部屋の真ん中で熱い議論――という名の格好付けを繰り広げていた。普段は冷静沈着で無駄な行動を一切嫌うアレンだが、一度スイッチが入ってしまうと己の中に眠る重度の中二病魂を隠そうともしない。


「ヒーローの登場シーンってのはな、ただ立っていればいいというものじゃない! こう腰を低く落としつつ、視線は鋭くやや斜め下! 手はこうだ!……シュッ!!……よし、決まった!!」


 アレンは指先の角度にまでこだわり抜いた完璧なキメポーズを作り上げ、満足気に鼻を鳴らした。その隣では、真夜中に呼び出されて無理やり練習に巻き込まれたエルエルが、顔を真っ赤にして身を縮こませていた。


「アレン、止めてってばこんなところで! 恥ずかしいよ! こんな格好で、やばいって!!」


「何を言っているんだエルエル、登場のキレが甘いぞ! それじゃあ敵を威圧できないだろう! もう一度膝を深く落として――」


「ダメダメダメ! やばいよ、万が一誰かに見られたらどうするつもり!? 言い訳できないでしょう!?」


「えぇ、何するのよいきなり……」


「ほら、手はもっと角度をつけて!」


 そう、アレンは今まさに、自作の小説『小説の先の世界』のクライマックスで主人公が見せる理想の「中二病的ヒーロー登場ポーズ」の実写再現と練習をしていたのである。エルエルは散々文句を言いながらも、結局はアレンの熱量に押し切られてつき合わされ、二人そろって決めポーズをとらされていた。


 バシッ!!


「……よし、二人そろってのポーズ! これでタイミングに合わせて後ろに七色の爆炎を上げれば完璧かな」


「もう出来るわけないでしょう! もう二度としないからね!?」


 満足そうに何度も頷くアレンは、エルエルの猛抗議を涼しい顔で受け流すと、静まり返った部屋の扉の方へ向かって平然と言い放った。


「エルエル、もう一度例のポーズしてみて」


「いやよ、絶対もうしない! ……今度はルカとやりなさい。彼女ならもう少しキレのある動きができるはずよ」


「なんでルカちゃんまで巻き込むの!?」


 ◇


 その頃、隣のオカルト研究会の部室では、暗闇の中で壁にピタリと耳を押し当て、必死に聞き耳を立てる二人の影があった。

 昼間の指輪騒動から未だ火花を散らしていた、ヴィクトリアとシャルロットである。


 深夜の生徒会室から漏れ聞こえてくる会話の恐ろしい内容(※激しい誤解)に、二人はワナワナと体を震わせていた。


「(な、何を……二人きりで何をなさっているの……!? 『手はもっと角度をつけて』って、一体どのような不健全な体勢をとっていらっしゃいますの……!?)」


「(知らないわよ! ヴィクトリアさん、あなた昼間『アレン様と魂の絆で結ばれた』なんて威張っていたんじゃないの!? なぜ別の女性と深夜にそんな怪しげな真似を許しているのよ!)」


「(シャルロットこそ良いの!? 正妻の座を狙っている癖に、こんな展開を放置して指を咥えて見ていらっしゃるつもり!?)」


 アレンが謎の美女エルエルと怪しげな秘密の会話を交わし、挙げ句に『ルカとやれば』などという未知の女性の名まで挙げて謎の行為に興じていると思い込んだ二人の嫉妬、混乱、そして絶望は、すでに限界突破していた。


「……今は私たちが争っている場合ではないわ。あの厚かましい女からアレン様をお救いするため、一時的に同盟を結ぶわよ、シャルロット!」


「望むところですわ、ヴィクトリアさん!! 私たちの誇りと覚悟、今こそお見せいたしましょう!!」


 固い(?)同盟を結んだ二人は、怒気と執念に満ちた足取りで一歩を踏み出すと――


 バゴォォアンっ!!!


 生徒会室の重厚なドアを、公爵令嬢ふたりのありったけの魔力を込めた脚力で盛大に蹴破った!


「そこまでですわーーーっ!! アレン様に何という不潔で怪しからん真似をーーーっ!!」


「アレン様をお放しなさい!! 破廉恥な行為は決して許しませんわよーーーっ!!」


 凄まじい爆音とともに、舞い散る扉の破片。

 命懸けの救援劇や世界を揺るがす裏の極秘取引、あるいはドロドロの愛憎劇を想像して決死の覚悟で飛び込んできた二人が、煙の向こうに目撃したのは……。


 真剣な目つきで腰を深く落とし、片手を前に鋭く突き出して完璧な中二病キメポーズをとったままピタリと固まっているアレンと、その横で「決め手」の角度を作らされたまま、顔を茹でダコのように真っ赤にしてフリーズしているエルエルの姿であった。


 静まり返る生徒会室。

 廊下に転がるドアの残骸。

 静かに揺れるろうそくの火。


「………………は?」


「………………え?」


 気迫に満ちていた二人の公爵令嬢の口から、間抜けな声が漏れ出た。


 暗闘でもなければ、不健全な行為でもない。ただの男子生徒の「秘密のポーズ練習」という、あまりにも予想外かつ間抜けな光景を前に、シャルロットとヴィクトリアの思考回路は完全にフリーズした。


 しかし、当のアレンだけは違った。


 彼は蹴破られた哀れなドアには目もくれず、キメポーズを一切崩さないまま、至極真面目で冷酷な顔でゆっくりと二人を振り返った。


 深夜に公爵令嬢ふたりにポーズ練習を見られたという絶望的な状況に対し、アレンは言い訳を考えるのを早々にあきらめ、開き直ることを選んだのだ。


 アレンは微動だにしない姿勢のまま、威厳に満ちた声で告げた。


「遅いぞヴィクトリア、シャルロット。……ちょうどいいタイミングだ、次は二人で『七色爆炎・両翼の構え』の練習だ」


「「誰がやるかーーーーっ!!!/誰がやりますのーーーーっ!!!」」


 深夜の学園に、すべてを理解(?)して崩れ落ちそうになる二人の公爵令嬢の、悲鳴に似た咆哮が木霊した。


 こうして、公爵家を巻き込んだ「壮大な正妻戦争」と「凄まじい勘違い」の数々は、ただの少年の痛々しい中二病の暴露という、あまりにも情けない形で真夜中の惨劇へと変わっていくのだった。

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