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小説の先にある世界  作者: 藤咲玲


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第53章:空気の読み方、窒息の計算

 

そこにいたのは、顔を布で隠した賊と思われる覆面の男たちが3人と、そのすぐ横で縄に縛られてぐったりと横たわっているもう一人の女の姿だった。どうやら、先ほど奪い取ったばかりの貴重な収穫物の分配方法を巡って、仲間割れを起こしている最中らしい。


「なんだてめぇは。見世物じゃねえんだよ、さっさと失せな……と言いたいところだが、踏み入った以上、ここで死んでもらうぜ!」


中心にいた一人の男が獰猛な笑みを浮かべ、剥き出しの殺意を乗せてこちらへ真っ直ぐ襲いかかる。しかし、アレンは逃げも隠れもしない。ただすれ違いざまに、冷徹な一歩を踏み出しただけだった――。


襲いかかってきた賊の男は、武器を振り抜くことすらできずにその場で足をもつれさせ、そのまま意識を完全に失って地面に倒れ伏し、やがて全身を激しい痙攣へと移行させた。アレンはただそこに立ったまま、指一本すら動かしていない。


「なっ……何をしたんだ、兄貴にいったい何をした!」


「あぁ、別に何もしていないさ。ちょっと俺のまわりの空気が、非常に悪くなっているだけだ」


アレンは薄汚い賊どもの態度に微かな怒りを覚えつつ、体内で絶えず循環させている高密度の魔素を、相手の顔面へと目に見えないほどの微量で直接噴出させただけである。


(俺の魔素は、極限まで高濃度に圧縮されると周囲の気体と激しく干渉し、特定の成分――特に酸素だけが極端に通りにくくなる性質を持っている。これを利用すれば、意図せずとも相手を窒息させる確率を跳ね上げることができるのだ。空気中の酸素濃度と窒息の割合のバランスをほんの少し、意図的に書き換えているだけなんだが……まあ、安全マージンを無視して酸素濃度が6%以下まで低下してしまえば、流石の生物でも脳が耐えきれずにそのまま死んでしまうか)


「おい、そこのお前。さっきから名前を聞きそびれていたが、何つったっけ?」


「えっ!? あたしに聞いてるの? ちょっと、こんな緊迫した状況の中で今ここで自己紹介をすんの!?」


(めんどくさい女だな。余計なことは言わずに自分の名前だけを端的に教えろよ。これだから素人は……)


「……ミア、だよ」


「そうか。ミア、いいか、今足元でそこの突っ立ってる奴も、じきにさっきの男みたいに勝手に痙攣して床に倒れ伏すから、その後の運搬作業は手伝えよ」


アレンは少しだけ不自然な間を置き、わざとらしく大きく視線を天井の暗闇へと向けた。そして、微かに不敵な笑みを浮かべながら、厨二病じみた台詞を意図的に紡ぎ出す。


「……ふっ。俺の右眼が、今ひどく疼く。……おそらく、もうすぐ面倒なことが起きると“右眼が”そう言っているんだがね」


その余りにも唐突で芝居がかった中二病全開の発言に対し、脇で震えていた少女はしばらく言葉を失い、冷めた目でアレンの顔を凝視した。


「…………それ、もしかして、ただの疲れ目か何かの一種の中二病的な病気?」


少女の冷ややかなツッコミが洞窟の冷たい空気にこだましたその瞬間――。


突如として、空間そのものがガラスのようにピキリと音を立てて亀裂走り、アレンの視界の隅にありえないエラーの文字が暴力的に明滅した。


ジジッ……! バチバチバチッ……!!


『システムメッセージ』


【空間操作】Lv.# Error


世界を構成するはずの基礎的な理が、目の前で静かに、しかし確実に崩壊を始めていた。

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