第51章:禁断症状の鍛冶屋
深夜、静まり返った街の闇を切り裂くように、アレンが宿泊する安宿の木製ドアを狂ったように叩き続ける激しい音が響き渡った。
「アレン……アレンッ!! おい、開けろ、アレンッ!!」
常軌を逸した暴力的なまでの連打に、アレンはわずかに眉を寄せ、不機嫌そうに重い腰を上げて扉を開けた。そこに立っていたのは、昼間の威厳ある工房の主としての面影をすっかり失い果てた、鍛冶屋の親父のなれの果てだった。
乱れに乱れたボサボサの髪、血管が浮き上がり充血しきった濁った眼球、そして激しく震える両手で、あのときアレンが渡した空の小瓶を狂おしく握りしめている。その異様な姿は、酒場の裏手で這いずる浮浪者よりも遥かに危うく、狂気じみた気配を周囲に放っていた。
「親父さん、いくらなんでもいい加減にしろ。もう夜中だぞ、近所迷惑だ」
「あれを……あれをくれッ!!」
言葉を返す間もなく、親父はアレンの胸ぐらを両手で力任せに掴み、まるで飢えた獣のような荒い息を直接顔に吐きかけた。混ざり合っているのは、むせ返るような酒の臭いと、鉄の粉塵、そして焼き焦げた火床の焦げ臭い匂いだった。
「あの『白い粉』だ……! あの粉をくれ! お前が渡した、あの魔法の白い粉がもう一度欲しいんだ! 俺の手がないと……! ないと、体の震えが治まらねぇんだよ!
あれが無いとダメなんだ……! もう他の普通の鋼なんて触れねぇんだよ……っ!」
最後にはガタガタと歯を鳴らしながら、その場でボロボロと情けなく涙を流して崩れ落ちる。
「やめろ! ヤク中みてぇな発言すんなっての!」
「金なら、金ならいくらでもあるんだ……! 貯金も、この工房の権利書だって全部出す……!」
「だから、そういう不穏な台詞をやめろって! ドン引きだよ、俺が!」
親父はアレンのコートの襟元に顔をすり寄せるように密着させ、縋るような目で必死に叫んだ。
「一度、あの最高の『硬さ』と『完璧な密度』を知っちまったら、もう二度と元には戻れねえんだよッ! 俺のハンマーが、まるでただのゼリーを叩いてるみたいにスカスカで頼りないんだ……! 自分の鍛え上げた腕すら信じられねえ、鋼が俺の制御を拒絶するんだよ! あれをくれ、アレン……頼む、もう一度だけだ! 俺をあの高みに連れてってくれぇ!」
親父の瞳孔は完全に開ききり、口の端からよだれを垂らしながらアレンの裾を血相を変えて掴んでいる。その執着は、もはや職人の純粋な探求心などではなく、完全に一線を越えてしまった者の救いようのない狂気だった。
(……救いようがないな、これじゃあ完全に依存症のソレだ)
アレンの脳裏にかつて知識として知っていた、あるいは前世の記憶の片隅にあるテレビドラマで観た地球の路地裏の光景がフラッシュバックする。麻薬依存者と売人の醜い図式が、目の前の現実と完全に重なり合っていた。
「……なんか、すごく気持ち悪いな」
アレンは心底うんざりしたように、冷たく吐き捨てるように呟いた。恐怖というよりも、生理的な拒絶感に近い感情だった。
「そんなに欲しいのか。俺がそのへんで調合した『白い粉』が」
「欲しいッ! 欲しいんだッ! 俺を……俺を再び本物の鍛冶師にしてくれぇッ!!」
親父は冷たい廊下の床に額を激しく擦り付け、人目をはばからずに狂ったように懇願し続ける。アレンは深く、深く長い溜息をつき、逃げ場のない現実を受け入れるように懐から予備のアルミナが入った小さな小瓶をそっと取り出した。
その瞬間、親父の血走った目が暗闇の中でギラリと異様な輝きを放った。
「やるよ。だが、これからどうなるか、分かっているだろうな」
「わかってる……わかってるさ……!」
「師匠って言えば良いんか?…」




