表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説の先にある世界  作者: 藤咲玲


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
58/198

第49章:異世界の白き粉

 工房の中は、鋼を叩き打つ重厚な響きと、魔法によって完全に制御された火床の低い唸り声で満たされていた。


親父の鍛え抜かれた腕から繰り出し、ハンマーが、真っ赤に焼けた一塊の鋼へと容赦なく振り下ろされる。アレンは無言のまま、火床の火の粉を見つめていた。彼の鋭い視線は、鋼が放つ熱の色の微細な変化をひたすらに追い続けている。


「温度が上がりすぎている。……今だ、今の色が『チェリーレッド』だ。迷わずすぐに引き上げて、粉をまぶせ」


親父は息を呑み言われた通りに、鋼を火床から素早く引き抜き、用意していたアルミナの微細な粉末をその表面へと散布した。


ジジジ、と耳障りで異様な音を立てながら、粉が激しい熱に馴染んでいく。常識的な鍛造の工程ならありえない光景だった。なぜなら、ただの不純物を自ら塗り込んでいるようなものだからだ。だが、その時の親父の目は血走っていた。


「……ッ! なんだこれ!? 鋼が……逃げねえ……っ!」


親父が驚愕の声を上げた。本来、どんなに良質な鋼であってもハンマーで叩けば、その衝撃で表面の金属組織がわずかに外側へと流動してしまう。しかし、アルミナの粒子を巧みに挟み込んだその鋼は、ハンマーからの衝撃を正面から完璧に受け止め、内部へ、内部へと粒子を力強く食い込ませていく。


「当然だ。結晶格子の隙間を物理的に塞いでいるんだからな。折り返せ。次は縦の面だ。……おい、色が褪せてきたぞ。すぐ火床に戻せ、今の『曇った赤』は温度が下がりすぎだ」


親父は額に汗を浮かべ、息を荒くしながらも、指示通りに鋼を幾重にも折り畳み、また火床へと放り込んだ。十回、二十回と、折り返しの工程を繰り返すたびに、鋼は本来の安っぽい赤々とした色を急速に失い、代わりに冷たく、深く、そして圧倒的な鈍い銀灰色の光沢をその身に宿し始めた。


やがて、二本の美しい短剣が仕上がった。最後の仕上げは、命運を分ける焼入れである。


「いいか、今の色が『鮮やかな夕焼け色』だ。この瞬間に、迷わず水へ沈めるぞ。……叩き終わったか? よし、今だ!」


――ジュウゥゥッ!!


工房内が一瞬にして真っ白な蒸気の膜に包まれる。親父は蒸気が完全に晴れるのすら待ちきれず、大きなトングで二本の短剣を水中から引き上げた。


表面に塗布していた粘土を剥ぎ取ると、周囲の光をすべて吸い込むかのような、深い灰色の刃が現れた。砥石を当てる必要すら最初からない。その刃先はただそこに存在しているだけで、周囲の空間の空気まで切り裂きそうなほどの鋭さを湛えていた。


アレンは無造作にそのうちの一本を自らの鞘に収め、もう一本を親父の目の前の作業台にコツンと置いた。


「代金だ。いや、これは『報酬』だな。あんたの持つこれまでの鍛冶の常識を一つ破壊してやったことに対する、ささやかなお礼だ」


「……これを、俺にくれるのか?」


「ああ。その剣を一度使ってみろ。どんなに堅い魔獣の牙を叩いたところで、刃こぼれ一つしないことがすぐにわかるはずだ。それが、俺の示した理屈の証明だ」


親父は信じられないものを見るように震える手でその短剣を握りしめた。まだ熱が残っているはずなのに、手の中で吸い付くような異質な冷気が伝わってくる。


アレンは振り返ることなく、そのまま工房を後にした。


後に残された親父は、その完成された短剣をただじっと見つめていた。その刃には、アレンが去った後も、工房の火の色を一切受け付けない、頑なまでの銀灰色の輝きが鋭く宿り続けていた。


もしこの剣を世に出せば、街中のすべての鍛冶屋が狂ったように騒ぎ出すことになるだろう。そんな圧倒的な未来の予感に、親父は自分のハンマーを握る手をもう抑えることができなかった。新たな技術の扉が開かれたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ