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小説の先にある世界  作者: 藤咲玲


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第46章:俺、カエルしか見てないんですけど

ギルドからの早朝の緊急招集は、昨晩の調子に乗って飲みすぎた最高に美味いラガービールが完全に祟っている俺の二日酔いの頭には、あまりにも刺激が強すぎた。ガンガンと鐘の音が響いているかのような頭痛をこらえながらギルドに顔を出すと、そこはすでに戦場のような騒ぎになっていた。


「アレン! お前、現在のランクはDだよな? いや、そんな些末なことは今はもうどうでもいい!」


ギルドマスターの筋骨隆々な大男が、血相を変えて俺の肩をガシッと掴んで揺さぶってくる。やめてくれ、胃液が逆流する。


「昨日の深夜、西の『嘆きの沼』を中心とした湿地帯一帯で、前代未聞の大規模な魔素反応と、それに続く不自然な『完全なる空間の沈黙』が観測された! ギルドの魔力計の針が振り切れてぶっ壊れるほどの異常事態だ。Sクラス級、いや、特級指定の厄災が侵入した可能性がある。お前、昨晩はあそこの沼竜討伐の依頼を受けて現場のすぐ近くにいただろう!? 地理にも詳しいはずだ、調査隊の先遣として、今すぐ彼らに同行してくれ!」


ギルドマスターの鬼気迫る剣幕と、周囲の冒険者たちの悲壮な決意に満ちた空気に完全に押し切られ、俺は二日酔いの割れるような頭を抱えながら、渋々調査隊の馬車へと連れ出されるハメになってしまった。


(いや、だからさ……違うんだって。昨日俺が酒場を出た後の路地裏で、酔っ払った勢いで適当に木の枝で泥にいじって描いた「だだ漏れの魔力蛇口を締めるための制御魔法陣」が、俺のバグったステータスのせいでちょっと広範囲にまで干渉しちまっただけだって……。厄災とか魔神とか、そんな物騒なものは微塵も関係ないんだよ……)


馬車に揺られること数十分。問題の西の湿地帯に到着して早々、馬車から降りた俺に同行した調査隊の歴戦のベテラン冒険者たちは、揃いも揃ってその顔面を血の気のない真っ青な色に染め上げていた。


「……異常なしだ。いや、この状況は異常すぎるッ!」


「周辺の、それこそ泥の中に潜む低級の虫ケラから、生態系の頂点にいるはずの大型魔獣に至るまで、すべての気配が完全に、文字通り一匹残らず消え失せている。それどころか、この一帯の淀んでいた魔素の流れそのものが、何者かの手によって一時的に『強制停止』させられたような、不気味すぎる痕跡が残っているぞ……!」


彼らは、俺が昨日やっつけ仕事で放出・遮断してしまった魔素の巨大な残滓と空間のバグを、宇宙の理から外れたような恐ろしい上位存在が顕現した痕跡だと完全に勘違いして震え上がっているらしい。


「おいアレン! お前、昨日の討伐任務の際、何か尋常じゃないものを見なかったか!? この死に絶えたような圧倒的な沈黙は絶対に普通じゃない。間違いなく、S級を凌駕する未知の絶望がこのエリアを更地にしていった後だ! 思い出せ、どんな些細なことでもいい!」


血走った目で胸ぐらを掴まんばかりに問い詰められ、俺は心底めんどくさそうに生返事のため息をつき、足元の湿った泥の感触をブーツの先でトントンと踏みしめた。


(何も見なかったか、か……そりゃそうだろうよ。俺が歩いたそばから、魔力圧で勝手に全部消滅していったんだからな)


「いや、マジで何も不審なものは見てないっすね……。強いて言えば……せいぜい、そこにいた緑色のアマガエルが平和そうにピョンピョン鳴いてたぐらいですかね」


俺は心底どうでもいいような、二日酔い特有の気の抜けたトーンで素直に答えた。実際、俺が昨晩あそこでやったことといえば、だだ漏れの魔素を泥に流して「蛇口」をキリッと調整しただけだ。そこに魔獣なんて最初から一匹もいやしない。


だが、俺のその真実の報告を聞いた調査隊長は、なぜかガタガタと大剣を持つ手を震え上がらせ、顔をひきつらせた。


「カ、カエルしか……いない……だと……? つまり、この広範囲に及ぶ数千、数万体の凶悪な魔獣の気配消失は、貴様がここに足を踏み入れた瞬間に、音もなく完了していたというのか……ッ!? そして貴様は、その惨状の中でカエルの鳴き声に耳を傾ける余裕すらあったと……!?」


隊長は、まるで人類の天敵、あるいは人の皮を被った底知れぬ化け物でも見るような、純粋な恐怖の眼差しで俺の顔を凝視してきた。


(あ、これ完全に誤解が変な方向に、しかも修復不可能なレベルでこじり切るやつだ……)


俺が昨日、泥酔した勢いで路地裏の泥遊びの延長みたいな魔力制御をしていたことなど、目の前で勝手に絶望している屈強な男たちが想像できるわけもなかった。


案の定、街のギルドに戻るや否や、俺の冒険者ランクはなぜか正規のルートを外れ、「極秘指定・隠密特化の裏社会Aランク相当」としてギルドマスターの権限で勝手に超特急の格上げ処理をされてしまった。

いつもの馴染みの受付嬢をはじめ、酒場にいる同業者たちの誰もが、俺を見るなりサッと道を空け、遠巻きに敬遠し、同時に怯えと畏敬の混じった視線を送るようになってしまった。


俺はギルドの隅っこの、誰も近寄ろうとしない孤立したテーブルに一人で腰を下ろし、また深く深く、人生への大きな溜息をつく。


(……これで、またこの街の酒場で、バカ話に花を咲かせながら静かに美味いラガーを飲むのが難しくなったな。どうしてこうなった……)


調査隊の帰還報告書には、俺の証言通り「カエルしかいなかった」と事実がありのままに記載された。だが、ギルドの上層部はその間抜けな記述を、絶対的な死を意味する恐怖の「暗号(隠語)」だと勝手に深読みし、俺を「西の湿地帯を単騎で沈黙させた絶対的支配者」として、有り難くも神のように崇め奉り、同時に監視対象にすることに決めたらしい。


俺のささやかな平穏と、美味しいお酒を望むスローライフな冒険者生活は、今日もまた「盛大な勘違い」という理不尽すぎる重力によって、ガラガラと音を立てて崩れ去っていくのだった。

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