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小説の先にある世界  作者: 藤咲玲


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51/121

51話 :幕間4号店の「迎賓」準備

「――店長! 聖都の護衛騎士団から緊急連絡です! アレン様からの『式典招集令』が届いた件で、法皇猊下が直々に当店へお越しになります!」


 株式会社バルツァー・ラボ法皇国支店4号店。

 普段は薬草の香りと穏やかな接客の声が響く静かな店内に、副店長である女聖騎士の悲鳴のような報告が突き刺さった。


 レジカウンターで手際よく生薬の計算をこなしていた第一王子――もtoi『店長』は、一瞬ピタリと手を止めたものの、アレンの指導で培った驚異的な冷静さでゆっくりと顔を上げた。


「落ち着きなさい、副店長。アレン様からのご招待だ、父上が動揺されるのは無理もない。……それで、招待状の内容は?」


「はっ! 宛先は法皇猊下、そして我々『店長』と『副店長』の二名! 開催地はゼノリス王国の王立学園……表向きは『定期祝賀会』とされておりますが、各国の情報によればアルカディア帝王や諸国の首脳が一堂に会する模様です!」


 女聖騎士が震える手で差し出した報告書を改め、王子は深く息を吐き出した。


(ただの学園の式典なわけがない……。アレン様がわざわざ我々4号店のスタッフをご指名されたのだ。これは、我が法皇国が世界に提示してきた『医療標準化の成果』と『新たな店舗経営のモデル』を、世界の頂点たる者たちの前で実証せよという、上層部からの監査に他ならない……!)


 アレンの「過敏反応を抑えるためのリハビリ」と「感情を捨てて論理で返す」教えを胸に刻んだ王子は、かつてのトラウマに震えていた面影を一切感じさせない、力強い笑みを浮かべた。


「ふっ……面白い。アレン様がせっかく用意してくださった世界規模の実践練習(プレゼンテーション)の場だ。逃げ出すわけにはいかないな」


「て、店長……! では、我々も出撃するのですか!?」


「当たり前だ、副店長! 4号店の看板を背負い、アレン様のもとへ向かう! すぐに不在期間中の臨時店長を手配し、店舗の運用を滞りなく回せるよう手配させなさい。それと、父上には『私も同行しますので、取り乱さずに最高級の献上品をご用意ください』とお伝えするのだ」


「ははっ! 直ちに!!」


 店長(第一王子)の凛とした指示に、副店長(女聖騎士)は感涙しながら深々と敬礼を捧げた。


 店の奥では、神聖騎士団長たちが「王子殿下が……あのような堂々たる君主の覇気を纏われるまでに成長されるとは……すべては神(アレン様)の導き……っ!」と陰でボロボロと大号泣しながら、式典へ同行するための特級護衛陣の編成に乗り出していた。


 当のアレンが「4号店の店長と副店長も、たまには息抜きに連れ出してやるか。ついでにお父さん(法皇)も呼んでおくか」くらいの軽いサービス精神で送った招待状。


 それが4号店において「世界へ向けたバルツァー・ラボの事業報告および決戦」として盛大に誤読され、最上の気合いとともに準備が進められていることなど、やはりアレンは知る由もないのだった。


【幕間 神聖騎士団の緊急招集】

 レムリア法皇国の聖都地下――通常は国家存亡の危機にしか使用されない「絶対招集の間」に、重厚な甲冑の金属音が打楽器のように鳴り響いていた。


 集結したのは、法皇国が誇る最精鋭「神聖騎士団」の全連隊長、ならびに特務騎士たち。

 普段は冷徹な鉄の意志を持つ精鋭たちが、その日は一様に蒼白な面持ちで、中央の壇上に立つ騎士団長を見つめていた。


「—静粛に!」


 騎士団長の一声が、張り詰めた地下空間の空気を一瞬で叩き切る。


「全軍に緊急通達である! たったいま、ゼノリス王国の王立学園より……我らが『絶対なる神』アレン様からの直筆招集令が届いた!」


 ざわつ……と、地下の間全体が物理的に揺れた。


「アレン様からの……直接の招集令……!?」

「ついに……ついに地上に新たなる神域を打ち立てるおつもりか!」

「いや、世界の歪みを一掃するための最終審判の合図では……!」


 動揺と狂信が混ざり合った騎士たちの声に対し、騎士団長は固い拳を握りしめ、厳かに首を振った。


「落ち着け! 表向きの名称は『学園の定期祝賀会』……しかし、騙されるな! 既にアルカディア魔法帝国の帝王、さらには諸国の覇権を握る首脳陣が一堂に会する情報が入っている! つまりこれは、世界規模の秩序再編……我らがアレン様が仕掛けられた『天地開辟のサロン』である!」


 騎士団長の熱弁に、居並ぶ精鋭たちはゴクリと唾を呑み込んだ。


「我らに課された使命は二つ! 一つ、法皇猊下、ならびに4号店店長(第一王子殿下)と副店長(女聖騎士)の絶対防衛! そして二つ—世界の王どもに対し、我らアレン様の下僕としての圧倒的威容を見せつけることだ!」


 騎士団長は腰の神聖剣を掲げ、雷鳴のような声で全軍に命じた。


「全特級騎士団、直ちに遠征装備を固めよ! 留守中の聖都警備は最低限に任せ、全精鋭を以てゼノリス王国へ進軍する! アレン様が用意された至高の舞台に、一ミリの欠陥も残すな!!」


「「「ははーーっ!! お命のままに!!」」」


 一千を超える精鋭たちの激越な勝鬨が、地下大聖堂を狂乱の渦へと巻き込んでいく。


 遠く離れたゼノリス王国の理事長室で、「そういえば法皇国のあの厳めしい騎士団の人たちにも、警備の手伝い程度に声かけておけば良かったかな」と一瞬頭をよぎりつつも「まあ、あの二人(店長と副店長)が来れば十分か」と読書に戻っていたアレン。


 まさか自分の気まぐれな招待状一枚によって、一国の最精鋭軍団が国境を越えて大移動を開始しようとしているとは、夢にも思っていないのだった。


【帝国国境と「ささやきの森」の戦慄】


 神聖騎士団の全精鋭を挙げた大移動が決定した直後、法皇庁の参事会では現実的かつ極めて重大な「移動ルート」の問題が浮上していた。


 ゼノリス王国へ最速で到達するための最短ルート――それは、かつてアレンが広域環境の調整を行ったとされる、魔法帝国東部に広がる広大な大樹海『ささやきの森』を直貫する軍事ルートであった。


「……即座にアルカディア魔法帝国へ正式な軍事通行申請《通行要請》を出せ。『神聖騎士団全軍、アレン様主催の式典出席のため、貴国東部ささやきの森の領内通過を要請する』とな」


 法皇猊下の直命を受け、超光速の魔導通信が帝国のオクタヴィウス宰相のもとへと叩きつけられた。


 通信を受け取った帝国の執務室では、オクタヴィウス宰相が書類を二度見し、青ざめた顔で額の汗を拭っていた。


「な、何だと……!? レムリア法皇国の神聖騎士団『全軍』が、我が国の『ささやきの森』を突入通過するだと……!?」


 一国の最精鋭軍団が他国の領土を強行軍で通過するなど、通常であれば即座に宣戦布告とみなされる開戦事由である。しかし、申請書の末尾に添えられた理由を目にした瞬間、宰相の思考はまたしても盛大に暴走した。


(あ、アレン様からの招集命令に応じるため……だと!? そうか、そういうことか……! アレン様は我が帝国と法皇国の結束を試しておられるのだ! もしここで我が国が通行を拒み、無駄な不協和音《連携不全》を起こせば、あのお方が施された大霊脈の安定化措置をすべて巻き戻されかねん……!)


 冷や汗を流しながら、宰相は即座に国境守備隊へ特級通達を発令した。


「全関門へ命ず! レムリア神聖騎士団の『ささやきの森』通過を全面的に許可せよ! どころか、森の魔物どもが彼らの行軍の邪魔をせぬよう、帝国の魔導騎士団を先導させ、最優先の優先ルートを確保するのだ!!」


「は、ははっ! 直ちに!!」


 こうして、本来であれば世界大戦の引き金となりかねない他国軍の領内通過が、アレンという共通の「絶対的絶対者」の名のもとに、前代未聞の爆速スピードで即座に許可された。


 魔法帝国の東部国境では、重装甲を誇る帝国の魔導騎士団が「ささやきの森」の先頭に立ち、その後ろをレムリア法皇国の神聖騎士団が一糸乱れぬ異様なる大群列で突き進むという、歴史上あり得ない「東西二大強国合同の超巨大行進列」が誕生してしまった。


 二大国の軍隊が「アレン様の待つ学園」という単一の目的地に向かって大爆走を繰り広げている頃――。


 ゼノリス王国の理事長室で静かに温かいお茶をすすっていた当のアレンは、手元で静かに風を吹かせながら呑気につぶやいていた。


(……ん? なんだか東の森の魔素濃度が一気に高まった気がするな。まあ、大気循環の季節的な誤差だろう。さあ、次の帳簿の見直しを進めるとするか)


 己が放った一枚の手紙が、大陸の軍事バランスと国境の概念を完全に崩壊させていることなど、彼はやはり知る由もなかった。


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