第37章:ギルドの沈黙
ギルドの重厚なオーク製の扉を押し開くと、中の熱気で満ちていた喧騒が、ふっと一瞬にして静まり返った。
腰に下げた剣の鞘、そして背負った無骨な麻袋から漂うのは、鮮度の高い魔獣特有の重く生臭い血の匂いである。カウンターの奥に座る受付嬢は、俺が差し出した討伐報告書を手に取ると、一瞬だけ目を丸くして文字を追い、次に信じられないものを見るように目を見開いた。
「……グレートウルフを三頭、単独で討伐、ですか? それも、この素材の損傷の少なさは……本当に、あなたが一人で?」
彼女は言葉を失ったまま、奥の管理カウンターへその報告書を慌ただしく回した。数分後、老練な年配のギルド職員が、険しい眉間に皺を寄せながら足音を響かせて出てきた。彼は私のこれまでの浅い戦歴を疑うように怪訝な視線を向け、次に俺がカウンターに置いた素材を確認すると、驚きを押し隠すように小さく咳払いをした。
「……なるほど。グレートウルフの致命的な関節の隙間を、正確にピンポイントで仕留めているな。こんな綺麗な剥ぎ取り、素人がまぐれで成せる業ではない。本物の戦闘経験がなければ不可能な神業だ」
彼は納得したように唸りながら、銀貨を三十五枚、カウンターの上へ小気味よい音を立てて並べた。周囲のテーブルで酒を飲んでいた他の冒険者たちが、その報酬額と俺の姿を交互に見比べてざわめき始める。新顔の少年が、初陣にしてグレートウルフの群れを単独で狩り、三十五もの銀貨を持ち帰る。それはこの辺りの街のギルドでは異例の快挙であり、誰もが目を剥く出来事だった。
「おい、新顔。名をアレンと言ったか。その若さで、その洗練された剣技と魔法の運用は一体どこで叩き込まれた?」
私はその質問にはあえて答えず、ただ無言で銀貨を一つずつ丁寧に自分の袋へと滑り込ませていった。
ふと、あの厳しかったガルド教官の顔が脳裏をよぎる。あの埃っぽく泥臭い演習場での過酷な日々が、確かに今の私という存在を作り上げたのだ。
「独学です。……ただの物理的な予測と、気の遠くなるような反復の賜物ですよ」
短くそう言い捨てて、俺がギルドを後にしようと背中を向けたその時、年配職員の声が背後から低く響いた。
「おい、アレン。……待て、そこへ残れ」
足を止め、振り返る。職員は私の背後にいつの間にか歩み寄っていたギルドマスターと視線を交わし、短く頷き合った。ギルドマスターはそのまま私に真っ直ぐ近づくと、無言のまま一枚の重厚な真鍮のプレートを差し出した。
「これまでのFランクのプレートを返還しろ。今日から貴様はDランクの冒険者だ」
周囲の喧騒が、今度は一層大きな驚愕のどよめきへと変わった。最下級であるFランクから三階級を飛び越えての昇格、いわゆる「飛び級」である。それは、この実績主義のギルドにおいても極めて前例のない特例だった。
「グレートウルフ三匹の単独討伐者をFランクに留めておくわけにはいかん。それどころか、素材の剥ぎ取りから管理に至る技術までこれほど精密だ。FやEといった低位に留めておくのは、ギルドの組織的な損失と言わざるを得ない」
俺は無言でその真鍮のプレートを受け取り、しっかりと胸元に留めた。プレートの重みは、先ほど受け取った銀貨の金属的な重みとはまた違う、ずっしりと心に響くものだった。これは名誉などではなく、「責任」と「さらなる死の危険」の重さなのだ。
「今日から貴様が選ぶべき依頼は、これまでの雑務や単なる採取、スライムの駆除などとは訳が違う。オークの狂暴な大群や、危険な森の深部における長期間の調査任務……。今の貴様に本当に必要なのは、子供の遊びのような仕事ではなく『実績に見合った命がけの依頼』だ」
俺は静かに手続きの書類にサインを済ませ、昇格の手続きを完全に終えた。
外へと出ると、すでに周囲には夕闇が深く迫っていたが、西の空に残るわずかな陽光の名残が、胸元に掲げた新しいプレートを鈍く照らし出していた。Dランク。ようやく、まともな戦場に立つための最低限の権利を得たと言える。
だが、ここからが本当の地獄の始まりだ。さらに格上の魔物、そして人間以外の知能を持った強敵との遭遇率も跳ね上がるはずである。
俺は冷たい金属の質感を確かめるように新しいプレートを指でなぞり、自らの胸の内で決意を固める。
今日の戦いを通じて、剣と魔法を完全に融合させる戦術は確かな手応えを得た。次は、より強固な外殻や装甲を持つ相手への対策、あるいは魔法による物理干渉の技術をさらに極限まで突き詰める必要がある。すべての予測を形にするための旅は、まだ始まったばかりだ。




