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小説の先にある世界  作者: 藤咲玲


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第36章:対・グレートウルフ討伐

 森の奥深く、湿った腐葉土の匂いと立ちこめる木々の芳香が入り交じる中、俺は静かに足を進めていた。一歩一歩、落ち葉を踏みしめる音すら殺すように全身の神経を研ぎ澄ませ、気配を完全に遮断して木立の間を抜けていく。


今回のターゲットは、この区域の生態系の頂点に君臨するグレートウルフだ。通常のウルフと比較して二倍近い巨躯を誇り、分厚い筋肉と鋼鉄の如き毛皮に覆われている。単体での戦闘力だけでも十分に脅威だが、その真の恐ろしさは別にある。彼らが持つ「群れを統率する高い知能」と、四つ足ならではの優れた「旋回性能」の組み合わせだ。これを看過すれば、一瞬にして包囲され、命の灯火を消されることになる。


鬱蒼とした草むらの向こう側、漆黒の毛並みを月光にきらめかせるグレートウルフが三頭、獲物を求めて低く唸りながら徘徊していた。


俺はあえて風下に回り込み、風に乗る自らの匂いを完全に消し去る。静かに魔素を練り上げ、体内の魔力回路へと送り込む。浅く早い呼吸を戒め、筋肉の無駄な緊張を極限まで最小限に抑え込んだ。


一頭が、ふと不自然な気配を察知したかのように、ぴくりと耳を動かしてこちらを向いた。


黄褐色に濁った視線が合う。グレートウルフの瞳が、新たな獲物を見つけたという殺意と歓喜に満ちる。


――来た。


三頭が完全に連動し、一糸乱れぬ動きで同時に動き出す。先頭の個体が前傾姿勢になり、地面を抉るように強く蹴り上げた。巨体が空中に投げ出され、凄まじい勢いでこちらへ肉薄してくる。


俺はその跳躍の瞬間をわずかに見逃さなかった。四つ足の獣が地面を離れたとき、それは空中での姿勢制御が一時的に制限される最大の隙を生む。空中にいる間、彼らは軌道を変えることができない。


俺は円を描くように俊敏に横へとスライドした。獣の猛烈な突進軌道からほんのわずかに外れ、かつ次の攻撃を叩き込むための死角となる位置を正確に確保する。


着地と同時に爪を立てて地面を抉り、凄まじい機動力で急旋回しようとするグレートウルフの右肩――その関節の結合部分に、俺は練り上げた魔力を込めた渾身の斬撃を叩き込んだ。


続いて残心をとり、間髪入れずに鋭利な風刃をねじ込む。グレートウルフが痛切な悲鳴を上げ、その衝撃に引きずられるように、隣にいた二体もバランスを崩して地面へと転がった。


残りの一頭が憤怒の表情を浮かべて横から迫るが、俺はその個体の懐へと臆することなく飛び込んだ。グレートウルフは構造上、自分の背後や直近の死角に対する旋回がわずかに遅れる。その弱点を突き、逃げ道を完全に塞ぐように回り込むことで、奴らはただの「一方的に攻撃し続けられる対象」へと化す。


体勢を立て直して突っ込んでくるが、その前脚の筋肉の微細な収縮の予兆を見逃さない。右へと避けると見せかけ、完全に意表を突いた左の死角からその巨獣の急所である喉元へと狙いを定める。


振り抜いた剣筋に一切のブレはない。無駄な動作を極限まで削ぎ落とした、美しくも冷酷な一閃が闇を切り裂いた。


やがて、深く静まり返った森に、再び元の静寂が戻ってきた。


俺は静かに剣を鞘へと収め、激しい戦闘による荒い息を整えながら、地面に倒れ伏した個体を冷徹な目で検分する。


完璧だった。一切の妥協なき、この森の暗闇の中でも迷いのない最初の一歩である。頭の中で、脳裏に刻まれた感覚を反芻する。この積み重ねこそが、確実な生存率の向上へと繋がっているのだ。


『ステータスが更新されました。』


静かな音声の通知とともに、視界の隅に現在のステータスデータが明滅する。


ステータス

体力(50)

力(40)

敏捷性(62)

持久力(40)

精神力(80)

魔法:風魔法

魔力(120)


数値の底上げは順調だ。しかし、これに満足することなく、さらに効率的な魔力運用と戦術の洗練を求めて、俺は再び静かに歩き出す。

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