44話 バルツァー・ラボ4号店と、王子のリハビリ
地下大保管庫での用を済ませたアレンが向かったのは、中央魔導市場の少し奥まった通りに位置する『株式会社バルツァー・ラボ皇王国支店4号』だった。
大型セールを終えたばかりのその場所は、かつての喧騒が嘘のように静まり返っていた。店内は思いのほかこじんまりとしており、日差しがほどよく差し込む落ち着いた空間だ。アレンにとっては実に過ごしやすい環境だった。
アレンは棚の埃をさっと払うと、影の領域から取り出した調合薬――【石膏セッコウ】で熱症状を抑えた即効性の鎮咳薬や、【代赭石タイシャセキ】と【芒硝ボウショウ】を組み込んだ排毒促進薬などを、整然と並べていく。
「さて、のんびり店番でもするか」
カウンターの奥に腰掛け、本を広げてゆったりとした時間を楽しもうとした、その時だった。
店の扉が控えめに開き、深々とフードを被ったひとりの青年が足を踏み入れた。身体を小さく丸め、周囲を伺う挙動は警戒心というよりは強い緊張感から来るものだ。
アレンは視線を本から上げずとも、『鑑定』の情報でその人物の正体を即座に把握していた。法皇が頭を悩ませていた第一王子その人だ。
「……あの、神託の……神医様、でしょうか」
震える声で尋ねてくる王子に、アレンはページをめくりながら淡々と返した。
「神医なんて仰々しいものじゃない。アレンだ。……薬は効いたか?」
「は、はい……! 父から授かった薬を服用して街に出たのですが……いつもなら呼吸が浅くなり、視界が歪んで倒れてしまうはずなのに、胸の動悸が嘘のように収まっていて……! 直接、お礼が言いたくて抜け出してきました」
フードを脱いだ王子の顔には、自分の足で街を歩けたことへの強い感動が浮かんでいた。
「礼なら不要だ。言ったろう、あれは一朝一夕で治る万能薬じゃない。ただの自律神経の不調だ。急激な過剰刺激で神経のバランスが崩れていただけだからな。焦らず発作の頻度を下げていけばいい」
王族としてではなく、ごく普通の「患者」として淡々と扱われる感覚が新鮮だったのか、王子はほっと胸を撫で下ろした。
「発作の頻度……ですか。私でも、人前に立てるようになるでしょうか」
「立つだけなら誰でもできる。慣れの問題だ」
アレンは本をパタンと閉じると、王子の顔をまじまじと見つめた。
「ちょうどいい。リハビリついでに、そこで店番でもしてみるか?」
「えっ……!? わ、私が、店番を……!?」
「嫌なら断ってくれて構わない。だが、少人数の客と適当に会話して商品を手渡す作業は、神経の過敏反応を抑える実践練習としては最適だぞ。いきなり何千人の前に立つからパニックするんだ。まずは二人か三人の客相手に調整していけばいい」
突然の提案に王子は目を見開いたが、アレンの迷いのない瞳と理にかなった言葉を聞き、深く息を吐いてから強く拳を握りしめた。
「……やらせてください。私、人前に立てるようになりたいんです」
腹をくくった王子がエプロンを付け、おそるおそるカウンターの前に立った、その時だった。
アレンは「ちょっと待ってろ」と言い残してすっと店の外へ出ると、向かいの建物の隙間に潜んでいた影へと一直線に向かい、ガサりと音を立てて誰かの首根っこを引っ捕まえた。
「きゃっ!? な、なに――!?」
アレンが店内に引きずり込んできたのは、気配遮断を完璧に破られて目を白黒させている、甲冑姿の美しい女聖騎士だった。王子を守るべく、神聖騎士団から極秘で護衛に張り付いていた精鋭だ。
「あっ、君は確か……父上の警護を務めている聖騎士の……!」
「で、殿下!? なぜこのような場所でエプロンを――いや、それより私を離し……!」
身を捩る女聖騎士を無造作に解放すると、アレンはカウンターを指さして、ごく当然のような顔で言い放った。
「よし、君は今日から『副店長』をやりたまえ。で、王子は今日から『店長』に任命する」
「「……はい!?」」
突拍子もないアレンの戯言に、王子と女聖騎士のハモった声が店内に響き渡った。
「な、何を言っているのですかあなた様は! 私は第一王子殿下の護衛として――」
「店長が急な発作を起こしそうになった時のバックアップ補佐と、防衛担当が必要だろ。一人で店番をさせるより効率がいい。文句があるなら外で見張ってないで他所でやれ」
「ッ……!? 護衛の気配に気づいていたというのですか……!?」
アレンの身も蓋もない正論(?)と圧倒的な気配察知能力に、女聖騎士は絶句した。
「ほら店長、副店長に商品の配置を教えろ。俺は奥で本でも読んでる」
「あ、はい! 副店長、こちらの棚が鎮咳薬で……」
「で、殿下!? 私をそんな役職で呼ばないでください! そもそも殿下が店長というのも……ううっ、どうすれば……!」
それから数日。バルツァー・ラボ4号店には、異様なまでに平和で、かつ周囲にとっては生きた心地のしない光景が広がっていた。
「い、いらっしゃいませ……! こちらは喉の熱感を抑える薬湯になります!」
「店長、声が固いです! 肩の力を抜いてください! ……あ、お客様、こちらはおつりになります……」
「副店長、おつりの渡し方がすごくサマになってきたな」
「褒めないでくださいアレン様! 私の本職は聖騎士です!!」
最初は震えていた王子だったが、アレンの冷ややかだが確かな助言と、無理やり副店長に据えられた女聖騎士の健気なサポート、そして事前服用した【竜骨・牡蠣】ベースの重鎮薬の効果もあり、驚くほどの速度で接客をこなせるようになっていった。
すっかり打ち解け、楽しそうに店を切り盛りする三人だったが――店を遠巻きに見守る「外の人間たち」の苦悩は限界に達していた。
(……な、なぁ、報告書になんと書けばいい……?)
さらに遠くの建物の影から見張り続けていた神聖騎士団長は、顔色を蒼白にして暗部頭に詰め寄っていた。
(第一王子殿下が『店長』になり、我が部隊の精鋭女騎士が『副店長』に任命され、二人で仲良く薬を売っているなどと……法皇殿下に報告できるわけがないだろうが!!)
(落ち着け! あのお方は法皇殿下の不治の病を一瞬で癒やし、国宝の不備を直された絶対者……もはや『理と秩序の神』ご本人だ! 神が下された任命に我が国が口を挟めるわけがなかろう!!)
(だが、神のご本人と王子殿下と女騎士が三人で和気藹々と茶を飲んでいるんだぞ!? 敬えばいいのか、店に踏み込んで連れ戻せばいいのか、本気で扱いがわからん……!!)
神の気まぐれとも思える『店舗経営』に巻き込まれた王子と女騎士、そしてそれを遠巻きに見守るしかない法皇庁幹部たち。
「アレンさん、なんだか遠くの建物から、騎士団長様たちが泣きそうな顔でこちらを見ている気がするのですが……」
「気のせいだろ。ほら店長、副店長、次の客だ。仕事しろ」
「「はいっ!」」
周囲の苦悩と混乱をどこ吹く風で受け流し、アレンは今日ものんびりとページをめくるのだった。
【高慢な貴族と、店長(王子)のデバッグ】
『株式会社バルツァー・ラボ皇王国支店4号』の店内には、今日も穏やかな時間が流れていた。
「店長、こちらの棚の補充が完了いたしました」
「ありがとうございます、副店長。……うん、見やすく整理されていますね」
エプロン姿もすっかり板に付いた第一王子――改め『店長』と、同じくエプロンを着用した精鋭女聖騎士――改め『副店長』が、店内を甲斐甲斐しく動き回っている。
アレンはカウンターの奥で椅子に深く腰掛け、文庫本をめくりながらその光景を眺めていた。
(自律神経の不調による過剰反応もだいぶ収まってきたな。環境への慣れと、成分の安定化がうまく効いている)
そんな平和な店舗空間に、ガチャンと粗暴な音を立ててドアが押し開かれた。
「おい! ここが噂の『神託の調合薬』を売っているという奇妙な店か!」
入ってきたのは、派手な刺繍の施された高級なシルクの衣装を纏った太っちょの男と、その左右を固める見るからに強面な私兵の二人の騎士だった。
男の胸元には、聖都の大貴族であることを示す金細工の紋章が誇らしげに輝いている。
男は店内を見回すと、不快そうに鼻を鳴らした。
「ふん、噂の割にはこじんまりとした貧相な店だな。おい、平民の小僧! 店にある薬をすべて出せ。我がヴァルグレイヴ侯爵家が適正価格の半値で買い叩いて――いや、引き取ってやる!」
横暴きわまる宣言に、店内に緊張が走った。
「っ……!」
男のあまりに威圧的な態度と怒声に、王子の身体が一瞬だけ強張る。胸の動悸が跳ね上がり、昔のトラウマが蘇りそうになったその時だった。
カウンターの奥から、本から目を離さないアレンの低い声が届いた。
「焦るな店長。ただの暴言だ。感情で返さず、客の非礼を淡々と事実として指摘しろ」
【竜骨・牡蠣】の薬効が、王子の心拍数の上昇を物理的に押し鎮める。
アレンの冷静な指示と薬の効果により、王子の頭から余計なパニックがすっと消え去り、驚くほどの静寂が訪れた。
王子は深く一呼吸置くと、姿勢をすっと正し、毅然とした眼差しで侯爵を見つめ返した。
「……お客様。当店の品はすべて定価での販売となっております。また、特定の個人様への買い占め販売は、他のお客様の迷惑となりますのでお断りしております」
「なんだと……!? 貴様、この私に向かって口を挟む気か! たかが店の小僧の分際で!」
侯爵は真っ赤になって怒鳴り散らし、王子を脅しつけようと一歩踏み出した。
「お言葉ですが」
王子は一歩も引くことなく、静かだがよく通る声で言葉を紡いだ。
「聖都商工法第十二条に基づき、店舗内における威圧行為および一方的な価格交渉の強要は厳しく禁止されております。また、当店は法皇庁発行の『特級閲覧および営業許可』を得て運営されている正規の店舗です。これ以上の不法な要求はお控えください」
「ぐっ……!? ろ、論理立てて喋りおって……!」
「さらに申し上げれば、礼節を欠いた態度は貴家のご威光を損ねる原因となります。どうか落ち着いてお買い物をお楽しみください、お客様」
完璧なまでの貴族法と商業法の知識、そして隙のない美しい洗練された礼儀作法。
普段なら人前に立っただけで痙攣を起こしていたはずの王子が、増長した大貴族を完璧な論理で完膚なきまでに言い負かしていた。
「くっ……おのれ、小賢しい小僧め! 痛い目を見なければ分からんようだな、者ども!」
言葉で言い返せなくなった侯爵が、痺れを切らして私兵に合図を送ろうとした――その瞬間。
「我が店長へのそれ以上の非礼、この副店長が許しません」
それまで王子を立てて控えめに佇んでいた女聖騎士(副店長)が、すっと前に躍り出た。
その全身から解き放たれたのは、神聖騎士団の精鋭たる凄まじい密度の殺気だ。私兵の騎士たちはその威圧感だけで腰を抜かし、ガクガクと膝を震わせた。
「ひっ……!? な、なんだこの女は……!?」
その頃。
通りの建物の影で息を殺して見守っていた「外の人間たち」は、今やパニックのどん底にいた。
(……おい、嘘だろ……!?)
神聖騎士団長は、冷や汗を滝のように流しながら隣の暗部頭の肩を揺さぶった。
(あのヴァルグレイヴ侯爵の愚か者が、第一王子殿下に向かって『平民の小僧』と暴言を吐いたぞ……!!)
(それだけではない! 神ご本人がおられる店舗で武力を行使しようとしたんだぞ!? 一歩間違えれば侯爵家どころか聖都が消滅する……!!)
(だ、だが見ろ! 王子殿下が……あの気弱だった殿下が、大貴族の威圧を正面から受け止め、見事な論理で一蹴された……!!)
(おお……! 神の導きだ……! 神の指導によって、王子殿下が真の君主として覚醒されつつある……!!)
神聖騎士団長たちは陰で号泣し、拝むように手を合わせながら「殿下……!」「神様……!」と打ち震えていた。
「ひぃぃっ! お、覚えておれよ……!」
副店長の圧倒的な殺気と、王子の冷ややかな視線に耐えかねた侯爵は、捨て台詞を残して蜘蛛の子を散らすように店から逃げ出していった。
静けさが戻った店内で、王子はほっと胸を撫で下ろし、自分の両手を見つめた。
「……私、倒れませんでした。人前に出て、あんなに威圧されたのに……!」
「見事な対応でした、店長! まさかあのヴァルグレイヴ侯爵を言葉だけで退けられるとは……!」
副店長が我がことのように顔をほころばせ、拍手を送る。
アレンは読んでいた本をパタンと閉じると、カウンターの奥から淡々と声をかけた。
「よくやったな、店長。過敏反応の発生率が大幅に下がってる。これならもう、日常会話レベルの実践はクリアだ」
「アレンさん……! ありがとうございます!」
王子は晴れやかな笑顔を浮かべ、深く感謝の頭を下げた。
「よし、じゃあ店長。ご褒美というわけじゃないが、次は『大勢の前に立つ』ための最終ステップの実践練習を用意してやる」
「えっ……? 最終ステップ……ですか?」
首をかしげる王子と副店長を横目に、アレンは静かに不敵な笑みを浮かべるのだった。
【法皇のお忍び来店と、父の涙】
『株式会社バルツァー・ラボ皇王国支店4号』は、本日も大変つつがなく営業していた。
「いらっしゃいませ! 本日はどのようなお悩みでお困りでしょうか?」
「こちらの調合薬は、喉の炎症を抑える石膏ベースの薬湯になります。お値段は銀貨二枚です!」
エプロン姿の第一王子――改め『店長』が、店を訪れた市民へ爽やかな笑顔で接客を行っている。その横では、同じくエプロンを着けた精鋭女聖騎士――改め『副店長』が、手際よく薬を袋に詰め、テキパキとお会計をこなしていた。
二人の動きにはもはや迷いがなく、店員としての熟練度は日増しに向上している。
アレンはカウンター奥の特等席で茶を啜りつつ、手元の本に視線を落としていた。
(王子のストレスに対する耐性も完全に安定したな。神経の過剰反応による混乱はほぼ発生していない)
そんな平和な店内の扉が、カランと静かな音を立てて開いた。
入ってきたのは、つぎはぎの付いた地味なローブを深く被り、丸めがねをかけた背の低い老人の男だった。身なりこそどこにでもいる貧乏学者風だが、その挙動は極めて不自然で、視線は店内を泳ぎ回っている。
「いらっしゃいませ、お客様!」
店長である王子が、いつも通りの心地よい声と笑顔で男を出迎えた。
――その瞬間だった。
「っ……! ぶはっ……! う、うううぅぅっ……!」
老人はその場に崩れ落ちるように膝をつくと、顔を両手で覆い、突然滝のような涙を流して嗚咽し始めた。
「えっ!? お、お客様!? 大丈夫ですか!?」
突然の事態に王子が焦って駆け寄る。
変装してこっそり息子の様子を見に来た法皇その人である老人は、目の前で生き生きと接客をする愛息の姿に、父親としての感情が限界を迎えていた。
(おお……おおお……! あの幼少期より人前に出られず、少しの刺激で痙攣し倒れていた我が子が……! 見知らぬ者の前で、あんなにも堂々と笑顔で立っておられる……!!)
「お客様、体調がお悪いのですか!? 今、お水をお持ちします!」
「うあぁぁ……! 優しい……我が息子が、見ず知らずの客(変装した余)にこんなにも優しく手を差し伸べてくださる……! 神よ……『理と秩序の神』よ……感謝いたします……!!)
涙と鼻水で顔をグチャグチャにしながら号泣する法皇に、王子はすっかり戸惑っていた。
そんな惨状をカウンター越しに見ていたアレンは、呆れたように小さく息を吐いた。
「店長、慌てるな。そいつは病気じゃない。ただの感極まった号泣だ」
「感極まった……ですか? ですが、こんなに泣いておられますし……」
そこへ、お会計を終えた副店長(女聖騎士)が「どうかされましたか?」と駆け寄ってきた。
「お客様、当店で気分が悪くなられましたか? 熱を抑える薬湯でしたら、すぐにお淹れいたしますが……あ、お代は銀貨三枚になります!」
エプロン姿でノリノリで接客とレジ打ちをこなす女聖騎士の姿を見て、法皇は涙を拭うのも忘れて目を見開いた。
(な、なにをやっているのだ我が国の精鋭騎士は……!? 神聖騎士団の未来を担う筆頭候補が、なぜそんなにも楽しそうに手際よくレジ打ちをしているのだ……!?)
あまりの光景に、法皇は頭を抱えて震えた。
(いや……落ち着け余よ。これは……これほどの名手を副店長に据えることで、王子のガードを完璧にしつつ、店番の効率を高めるという神の深謀遠慮……! 神の采配に口を差し挟むなど不敬の極み……!!)
「あの……お客様? 本当に大丈夫ですか……?」
心配そうに顔を覗き込んでくる王子に、法皇はぐっと涙を堪え、震える声で尋ねた。
「……店長さん。お、お聞きしてもよいかな。苦しくはないのかね……? 人前に立って、見知らぬ者と話すのは……」
その問いに、王子は一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに柔らかく温かな笑みを浮かべた。
「昔は、とても怖かったです。息ができなくなって、世界が崩れるような気がしていました。……ですが、ここのオーナー(アレンさん)に教えていただいたんです。人前に立つのは特別なことじゃない、焦らず一つずつ慣れていけばいいんだと」
王子は自分の胸元にそっと手を当てた。
「今では、人と接して『ありがとう』と言っていただけるのが、とても嬉しいんです。私はいつか……この聖都のみんなの前にしっかりと立ちたいと思っています」
「おお……おお、我が息子よぉぉぉ……っ!!」
息子の劇的な成長と立派な志を耳にした法皇は、もはや変装を維持することも忘れ、その場で床に伏して再び大号泣した。
その頃。
通りの建物の影で息を殺して見守っていた「外の人間たち」は、今や感涙の渦に包まれていた。
(……おい、見ろ……!)
神聖騎士団長は、溢れ出る涙を巾着で拭いながら暗部頭に囁いた。
(変装して潜入された法皇殿下が……店内で床に伏して号泣されておられる……!!)
(あのお方が涙を流されるなど、即位以来のことだぞ……! 王子殿下の素晴らしい成長と、神の深遠なる慈悲に、法皇殿下のご心が震えておられるのだ……!)
(おお……なんという神聖な空間だ……! あの店はもはやただの薬舗ではない、人々の心と命を救う『真なる神殿』なのだ……!!)
見張りの騎士たちは全員が目頭を押さえ、「神様……!」「殿下……!」と陰でボロボロと涙を流していた。
「……で、いつまで床で泣き言を吐いているつもりだ、法皇様」
カウンターの奥からアレンが冷ややかに声をかけると、法皇はハッと跳ね起き、王子と副店長も驚いて目を見開いた。
「えっ……!? ち、父上!? この方が父上なのですか!?」
「なっ……法皇殿下!? 申し訳ございません、私としたことが変装を見抜けず……!」
正体がバレた法皇は、照れくさそうに咳払いをして立ち上がると、深く帽子を脱ぎ直した。
「……うむ。息子の働く姿をひと目見たくてな。勝手な真似をしてすまなかった、神託の使者様……いや、アレン殿」
「別に構わないが、他の客の邪魔になるから泣くなら外でやってくれ」
「ふ、不敬だぞアレンさん!」と王子が焦るが、法皇はまったく気にした様子もなく、むしろ満足そうに目を細めた。
「よいのだ、店長。……アレン殿、我が息子をここまで立派に導いてくださったこと、親として深く感謝申し上げる」
法皇は一国の君主としてではなく、一人の父親としてアレンに深々と頭を下げた。
「お礼と言ってはなんだが、法皇庁より最高の感謝状と、さらなる最高位の閲覧権限を――」
「いらん。俺はただ、店舗運営の手伝いをさせているだけだ。……それより法皇様、買い物をしないなら帰ってくれ。次の客が来てる」
「ふむ……では、その【石膏】の薬湯を一つもらうとしよう。我が店の『店長』と『副店長』からな」
法皇は銀貨をカウンターに置くと、嬉しそうに微笑んだ。
「はい! 毎度ありがとうございます、お客様!」
王子の晴れやかな声が店内に響き渡り、法皇は温かな気持ちで薬を受け取ると、静かに店を後にするのだった。




