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小説の先にある世界  作者: 藤咲玲


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43/120

43話:魔導市場での素材調達

 神殿での「神託」の件で聖都の中枢や警備隊が騒がしくなりつつある中、当のアレンは中央魔導市場の雑踏の中にいた。


 色とりどりの素材が並ぶ露店を巡りながら、アレンは保管してある自身の薬草ストックを静かに確認していた。


【麻黄・大黄・附子・人参】――発汗・排泄の促進、心機能の強化、代謝の底上げを担う強力な主薬。


【黄連・黄芩・山梔子】――強い消炎・解熱作用を持ち、呼吸器や消化器の激しい炎症を抑える素材。


【甘草・大棗・生姜】――毒性の中和、胃腸の保護、成分の吸収効率を高める緩衝材。


【地黄・当帰・芍薬・桂皮】――血流の改善や組織の修復を担う、長期的・継続的な調整用の素材。


(手持ちの植物性生薬は十分に揃っている。これだけでも大抵の不調には対応できるが……強力な薬効の反動を抑え、安全に効果を最大化させるなら、鉱物系の素材も押さえておきたいところだな)


 アレンの目的は、薬草屋ではなく、鉱物や錬金術の触媒を扱う露店にあった。

 棚に雑然と並べられた鉱石や化石に視線を走らせ、固有スキル『鑑定』の情報を静かに浮かび上がらせる。


「……これだな」


 最初にアレンの手が伸びたのは、錬金用の建材や試薬として転がされていた白い層状の鉱石――『石膏セッコウ』だ。

 極めて高い冷却作用を持つこの鉱物は、麻黄のような作用の鋭い生薬と組み合わせることで、体温の上昇や心拍数の急増(身体の熱暴走)を物理的に抑え込み、鎮咳・消炎効果だけを安全に抽出できる。


 続いて、重厚な赤褐色の鉱石――『代赭石タイシャセキ』。

 赤鉄鉱を含むこの重い鉱石は、比重の重さを利用して、激しい咳込みや吐き気といった「上へ突き上げる症状」を物理的に押し下げる役割を果たす。


 さらに、太古の獣の化石――『竜骨リュウコツ』と、干上がった塩湖から採取された結晶塊――『芒硝ボウショウ』。

 竜骨はパニックや激しい動悸を抑える「重鎮」の素材であり、芒硝は大黄と組み合わせることで体内の滞留物や毒素を完全に外部排出させる強力な補助触媒となる。


「客人、お目が高い。その辺りは錬金術の土台に使う鉱石だが……買いかね?」


「ああ。この石膏に代赭石、それに竜骨と芒硝だ。店にある分、全部買い取ろう。裏の在庫も含めてあるだけ出してくれ」


「ぜ、全部かい!? ええと……裏にある分も全部合わせると、それなりの量になるぞ。合計で金貨五枚になるが……」


「構わない。それで頼む」


 思わぬ大口客に店主が揉み手で奥から運んできた大量の素材を検品し、アレンは提示された金貨五枚を迷いなく手渡した。


 そして、買い取った大量の鉱石類を、そのまま手際よく『アイテムボックス』へと一括収納した。


(よし。これで強烈な発熱から激しい咳込み、果ては突発的なパニックや強烈な排毒処理まで、あらゆる症状に対応する補填素材が十分な量で揃った)


 基本となる植物生薬に、リスクを制御する鉱物系の素材が加わったことで、アレンの「調合キット」は完璧な形となった。


 買い物を終え、満足して市場の奥へ進もうとしたその時、通りの入口付近から甲冑の擦れ合う重厚な金属音が響き渡り、人々の騒がしさがすっと引き始めた。


 厳戒態勢を敷いた神聖騎士団の警備隊が、市場へと進入してきたのだった。


【神聖騎士団】


 神聖騎士団の警備隊が市場へと進入してきたことで、通りは一気に緊張感に包まれた。


 甲冑を響かせて進んでくる騎士たちの先頭に立つのは、厳格な面持ちをした騎士隊長だ。彼は周囲を見渡すと、腹の底から通る声で宣言した。


「諸君、動揺するな! 我々は不審者を捜索しているわけではない! 先ほど大神殿にて『理と秩序の神』より聖女様以来の尊き神託を賜りし、至高の使者様をお捜ししているのだ!」


 その言葉に、市場の売り手も買い手も「な、なんだって……!?」とざわめき立つ。


 露店の陰でその様子を冷ややかに眺めていたアレンは、そっと眉間を押さえた。


(……聖女以来の神託? あの適当な言い訳が、なんでそんな大事になってるんだ)


 どうやら、この国における「神託」の価値を少々軽視しすぎていたらしい。単なる「現場の応答異常(誤作動)」に対する苦し紛れの言い訳のつもりが、宗教国家の根幹を揺るがす国家的大事件として処理されてしまっていた。


(面倒なことになったな。気配を消して影に逃げるか……)


 アレンが気配遮断のスキルを発動させ、自然な動作で裏路地へと足を踏み出そうとした、その時だった。


「隊長殿! あそこにおられるお方では……!? 先ほど当店で、鉱石類を金貨五枚でまとめ買いされていったお客様です!」


 先ほどアレンが大量の鉱石を買い占めた露店の店主が、手柄を立てようと無邪気な顔でアレンを指さした。


「何……!? 上質な旅装、一切の邪気を感じさせぬ佇まい、そして市場での突発的な大口取引……! 時間が合いすぎる、まさしく神託の言に示された『市場を巡らせる者』だ……!」


 騎士隊長は目を見開くと、一切の躊躇なくアレンの元へと駆け寄り、その場にズシンと重々しく片膝をついた。後ろに続く騎士たちも一斉にそれに倣い、頭を垂れる。


「『理と秩序の神』の使者様とお見受けいたします! 無礼をお許しくだされ! 我らは法皇庁直属、神聖騎士団第三部隊! 法皇殿下がお待ちにございます。どうか宮殿へご同行願えませんでしょうか!」


 周囲の群衆から「おお……あのお方が……!」「神託を授かりし御方……!」と感嘆と畏怖のどよめきが巻き起こる。


 逃げ道を完全に塞がれたアレンは、無表情のまま心の中で盛大に溜め息をついた。


(……完全に見誤ったな。『ここでの商売を認めよう』なんて適当な神託を捏造したせいで、伏線がしっかり回収されちまった)


 ここで力ずくで振り切って逃走すれば、それこそ「神聖冒涜の罪人」として国家規模の指名手配を受け、目的である中央魔導市場での調査や研究どころではなくなってしまう。


 思考を一瞬で巡らせたアレンは、諦めて肩の力を抜いた。


「……分かった。案内してもらおう」


「ははっ! 感謝いたします!」


 恭しく先導する騎士団に囲まれながら、アレンは白亜の宮殿――法皇庁へと向かって歩き出した。


(まあいい。法皇と直接会えるなら、この国の最高レベルの閲覧権限を要求して、超希少な魔導素材の保管庫でも見せてもらうと交渉するか……)


 自分のついた適当な嘘がもたらした国家レベルの誤解を、ちゃっかり自分の利害に利用してやろうと、アレンは静かに思考を切り替えるのだった。


【法皇謁見と、二つの処方】

 神聖騎士団の物々しい護衛に囲まれ、アレンは聖都の最奥に聳え立つ法皇庁へと足を踏み入れていた。


 大理石の回廊を抜けた先に広がるのは、白と金を基調とした荘厳な「謁見の間」だ。

 普段は各国の使節や聖貴族たちが緊張で身を硬くする場だが、左右に並ぶ高官や最高参事会の面々は、皆押し黙ったままアレンへ強い畏怖の視線を注いでいた。


 正面の玉座には、教義の頂点に立つ絶対的君主――法皇が鎮座している。

 深々とした皺を刻んだ厳格な老貌だが、その瞳には聖女以来となる神託への混乱と敬虔さが入り混じっていた。


「……ようこそお越しくださった、神託を授かりし御方よ」


 法皇は自ら玉座から立ち上がり、胸に手を当てて静かに頭を垂れた。周りの参事会メンバーからも息を呑む音が漏れる。


「我らは『理と秩序の神』の僕。数千年ぶりに降りたもうた尊き啓示の真意を、どうかその口から直接お聞かせいただきたい」


(重い……想像以上に教団トップの腰が低いな)


 アレンは内心で溜め息をつきつつ、表情一つ変えずに言葉を紡いだ。ここでボロを出して怪しまれるより、都合よく「解釈のすり合わせ」を済ませてしまう方が賢明だ。


「神のお言葉はシンプルだった。『ここでの商売を認めよう』――ただそれだけだ」


「……ただそれだけ、でございますか」


「ああ。この国は『秩序』を重んじるあまり、閉鎖的で停滞気味だ。神は適切な循環と、新たな素材や知見の流入による社会の活性化を求めている。俺が市場で素材を巡らせようとしたから、それに反応したのだろう」


 調整役の視点での「停滞した循環の向上」をそれらしく言い換えただけだったが、法皇をはじめとする高官たちの顔色が一変した。


「おお……! なんという深遠なる御意思……!」

「『秩序』とは固執ではなく、正しき循環の先にある均衡! 我々の頑なな解釈を、神はお諌めになられたのだ……!」


 勝手に高尚な教義の再解釈を始めた高官たちを横目に、アレンは本題へと話を進めた。


「そういうわけだから、俺は神の意を汲み、この聖都で希少な素材の調査と研究、そして調合を進めるつもりだ。だが、一般の市場だけでは確認できる素材に限界がある」


「……と、申しますと?」


「法皇庁が保管している最高ランクの魔導素材や薬草、あるいは古文書の保管庫への閲覧権限を要求したい。神託の目的を円滑に遂行するためにな」


 アレンが淡々と告げると、法皇は迷うことなく深く頷いた。


「当然の要求にございます。神託の実行者たるあなた様に、我が国の知と資材を惜しむ理由などございません。即座に【特級閲覧許可証】を発行させましょう。法皇庁直轄の地下大保管庫を含め、あらゆる施設への立ち入りを認めます」


 話がまとまりかけたその時だった。


「ゴホッ……! ゲホッ、ゲホッ……!」


 法皇が突然胸を押さえ、顔を真っ赤にして激しくむせ返った。


(……気管支の強い炎症と熱症状か。放っておくと長引くやつだな)


 アレンは軽い気持ちで、購入したばかりの『石膏』と、手持ちの『麻黄』『甘草』を取り出した。スキルで瞬時に抽出し、薬湯にして差し出す。


「これを飲め。気管支の熱を下げて咳を鎮める」


「む……か、感謝する……ゴホッ」


 法皇が飲み干すと、数秒もしないうちに荒かった息遣いが落ち着き、激しい咳込みが綺麗に止まった。


「な……長年苦しんでいた喉の火が、一瞬で消えた……!?」


「気管支を広げつつ、鉱物の冷却効果で熱症状を物理的に抑え込んだだけだ。……ついでだ、その他に困ったことや不調はないか?」


 法皇は呆然としながらも、切実な悩みを口にした。


「……実は、余の息子――第一王子についてなのだ。人前に出ると急激な冷や汗をかき、脈が異常に速くなり……酷いときにはそのまま全身を痙攣させて倒れてしまう。あらゆる治療薬も気休めにすらならず、途方に暮れていたのだ」


(人前に出ると激しい動悸、冷や汗、痙攣……パニック障害か。急性の病気というより、慢性的な自律神経の過敏反応と過負荷によるパンクだな)


 アレンは一度深く思考を巡らせた後、再び『アイテムボックス』から素材を取り出した。


 重鎮作用を持つ『竜骨』と『牡蠣』に、血流の逆上を戻す『桂皮』、身体と精神の緊張を緩める『芍薬』と『甘草』。それらを最適な比率で組み合わせ、スキルを用いて扱いやすい練り薬へと精製していく。


「……精神や自律神経の不調は、風邪のように一朝一夕で完全に消えるものではない。だが、過剰な神経の暴走を抑える手立てはある」


 アレンは完成した小瓶を法皇へ差し出した。


「これは重厚な鉱物・化石成分で、浮ついた神経の興奮を物理的に押し鎮めるための薬だ。人前に出る前の予防や、冷や汗・動悸といった発作の兆候が出た瞬間に飲ませろ。過剰な神経の興奮を鎮め、パニックによる痙攣や転倒を防ぐ」


「おお……! これを飲ませれば……」


「勘違いするなよ。これで即座に元通り治るわけじゃない。まずはこれで大きな発作を防ぎ、『人前に出ても倒れない』という実績を重ねさせて恐怖心を和らげる。そうやって根気強く神経の過剰反応を慣らしていく必要がある」


 根深い症状に対するアレンの理にかなった説明に、法皇は深い感銘を受けたように小瓶を両手で包み込み、重々しく頷いた。


「……なるほど。病そのものを一瞬で消すのではなく、恐怖を去らせ、心身を段階的に整えさせるのだな。至極納得がいった……心より感謝する、神託の使者殿」


「薬の指示さえ守ってくれればそれでいい。……特級許可証も受け取ったことだし、俺はこれで失礼する」


「あ、うむ……! 宮殿内に案内をつけさせよう!」


「いや、一人で構わない」


【地下大保管庫と、腫れ物への最高権限】

 アレンが風のように謁見の間を去った後、残された法皇と最高参事会の高官たちは、しんと静まり返った大理石の空間で呆然と立ち尽くしていた。


 静寂を破ったのは、法皇自身のかすかな息吐きだった。


「……喉の痛みが、まったくない」


 法皇は自らの喉元にそっと手を当てた。

 長年、国中の高位神聖術師や宮廷医術師たちが匙を投げ、どんな神聖魔法も効かなかった気管支の熾火のような激痛。それが、アレンが差し出した怪しげな薬湯を一杯飲んだだけで、綺麗さっぱり消え去っているのだ。声のかすれすらも無い。


「ほう……法皇殿下……お声が……! 激しい咳込みが、完全に止まっておられます……!」


「ああ。それだけではない……」


 法皇は、手の中に残された小さな小瓶を見つめた。

 人前に出ると激しい動悸と痙攣を起こし、倒れてしまう第一王子。その病に対し、アレンは「即効で治る万能薬」などという安易な奇跡を口にしなかった。

『病そのものを一瞬で消すのではなく、恐怖を去らせ、心身を段階的に整えさせる』という、極めて合理的で深遠な治療法と、それを支える薬を遺していったのだ。


「あのお方は……単に神のお言葉を伝えにきただけの『使者』などではない……」


 参事会の主席司祭が、震える声で言葉を漏らした。


「神託を授かるのみならず、神域の調合術と、人間の心身の理を完全に把握しておられる……。まさしく『理と秩序の神』の力をそのまま体現された『神医』……いや、神の化身そのものでは……!?」


「それをどう扱うかだ!」


 最高貴族の司祭が頭を抱え、悲鳴のような声を上げた。


「ただの『神託を受けた巡礼者』であれば、国の貴賓として歓待し、聖職の位を授ければ済む! だが、あのお方は法皇殿下の不治の病を一瞬で癒やし、王子の難病にまで解を示されたのだぞ!? 国賓どころの格ではない!」


「かといって、国師や最高顧問として宮殿に繋ぎ止めようとすれば、あのお方の意に反する……! 『私はここで商売と調査をしたいだけだ』とおっしゃっていたではないか!」


「神の化身とも言えるお方に『不敬な拘束』を試みれば、この法皇国に神罰が下るぞ……!」


 謁見の間は、パニックに近い大議論へと発展した。

 神託の価値すら国家的大事件だったのに、そこに「国家最高峰の医療・奇跡をあっさり行使する絶対者」という属性まで加わってしまったのだ。大げさに祭り上げれば不快感を示され、かといって雑に扱えば神聖冒涜になるという、究極のジレンマであった。


 額の汗を拭いながら、法皇は深く息を吐き出し、重々しく決断を下した。


「……あのお方の望みは『自由な調査と、市場での循環』だ。我々がなすべきは、そのお邪魔を一切せず、影から最高度の便宜を図ることのみ」


 法皇は控えていた騎士団長と地下保管庫の責任者を呼び寄せた。


「聞きなさい。あのお方が地下大保管庫にお越しになられた際は、一切の制限を設けず、いかなる超希少素材であっても望むままにお渡ししなさい。理由を聞くことも、記帳を強制することも禁ずる」


「は、はっ!」


「それから、あのお方が市場で買い物をされる際、代金はすべて国庫から支払うよう裏で手を回しなさい。ただし、あのお方に『気を使わせている』と察せられぬよう、あくまで露店商との自然な取引を装うのだ」


「……殿下、それはあまりにも……」


「よいか! あのお方は我らの信仰の試練であり、同時に恵みなのだ。決してお立場を縛ろうとしてはならぬ。『ただの珍しい客』として聖都を歩いていただくことこそが、我が法皇国の平穏を守る唯一の道なのだ……!」


 最高幹部たちは「ははぁっ!」と一斉にひれ伏した。


 その頃。


「……なんか、視線が増えたような気がするな」


 法皇庁の地下大保管庫へと向かう回廊を歩きながら、アレンは背後に感じる異常なまでの気配の数に、心の中でそっと溜め息をついていた。


 気配遮断をした神聖騎士や高位神官たちが、つかず離れずの距離で、まるで「触れてはならない神体」でも追うかのように恐る恐る追尾してきている。


(また大げさに捉えられたか……。まあ、地下保管庫への立ち入りを邪魔されないなら、どうでもいいか)


 アレンは背後の過剰な重圧を完全に無視し、目の前に現れた重厚な地下大保管庫の大門へと、マイペースに足を進めるのだった。


 法皇庁の地下深くに位置する地下大保管庫。そこは建国以来、法皇国が収集してきた国宝級の魔導具、超希少な触媒、古代の古文書が厳重に封印された、国家最高の禁域であった。


 重厚な極小銀の扉の前で待っていたのは、冷や汗で服を湿らせた保管庫長と、高位の神聖司祭たちだった。


「し、神託の使者様……! 法皇殿下より『特級閲覧許可』の命を賜っております。どうぞ、こちらへ……」


 保管庫長は膝を大きく震わせながら、重厚な三重の封印鍵を解いた。

 彼らは法皇庁の緊急通達により「あのお方に対して一切の制限を設けるな」「何をどれだけ持ち出されても理由を聞くことも記帳させることも禁ずる」という、前代未聞の指示を受けていたのだ。


(まるで腫れ物に触るような対応だな。まあ、邪魔されないなら好都合だ)


 アレンは彼らの過剰な緊張を完全に無視し、開放された大門を潜り抜けた。


 保管庫内部は広大な空間となっており、防腐と静電気防止の魔導陣が静かに青い光を放っている。棚には各地から集められた希少鉱石、魔獣の器官、古代の精霊樹の乾燥皮などが厳重な魔導障壁で保護されて整然と並んでいた。

 アレンは固有スキル『鑑定』の情報を視界に走らせながら、静かに棚の合間を練り歩く。


(市場で手に入れた【石膏】や【代赭石】などの鉱物生薬は揃った。ここでの目的は、手持ちの薬草・鉱物から抽出できる有効成分をさらに純化し、瞬時に調合するための『超高導電性触媒』と『安定化媒体』の確保だ)


 歩みを進めるアレンの後ろを、保管庫長たちが一定の距離を保ちながらおそるおそるついてくる。彼らはアレンが一歩動くたびに「何を奪われるのか」と生きた心地がしていなかった。


 アレンの足が、一つの重厚なガラスケースの前で止まった。


 そこに鎮座していたのは、数百年前に死火山から回収されたとされる巨大な霊性結晶――『赤陽の涙石』だ。


(……ほう。高い魔導導電性と熱伝導率を持っているな。これなら本来数時間煎じなければ抽出できない生薬の有効成分を、魔力を通すことで数秒で高純度抽出できる)


 アレンがケースに手を伸ばすと、保管庫長が「ひっ……!」と息を呑んだ。それは歴代の法皇ですら持ち出しを制限されていた国家指定の超一級触媒だったからだ。


 しかし、アレンはケースの障壁をあっさりと解除すると、結晶の表面に軽く触れ、スキルを起動した。


(現物を丸ごと持っていく必要はないな。必要なのは構造データと、抽出用のアンプルの核となる部分だけでいい)


 アレンの手元で静かな光が走り、結晶の最純度部分だけが小さな核となって切り出され、そのまま『アイテムボックス』へと格納された。残された『赤陽の涙石』はサイズこそ一回り小さくなったものの、輝きと安定性は以前よりも増していた。


「な……!? 触媒の不純物が除去され、純度が高まっている……!?」


 後ろで見ていた保管庫長が目を見開いた。国家の国宝を破壊されるかと思いきや、アレンはスキル『ラフ・アジャスト』の副産物として、保管庫内の素材の構造の欠陥まで勝手に最適化・修復してしまったのだ。


 続いてアレンは、古代の粘土質鉱物『龍骨土』の棚へと向かった。

 これは抽出した強烈な薬効成分を劣化させず、常温で長期間カプセル化・安定保存するための緩衝媒体として最適な素材だ。


「これと、あっちの精霊樹の樹脂をもらっていく」


「は、はいっ! 幾らでも……幾らでもお持ち寄りください!」


 アレンは『龍骨土』と『精霊樹の樹脂』を十分な量だけ採取し、手際よくアイテムボックスへと収めていった。


(よし。基本の植物生薬、リスク制御・重鎮用の鉱物生薬、そして抽出と保存を極限まで高める超高純度触媒と安定化媒体……。これで完璧な『即時精製キット』が完成したな)


 急性の高熱や激しい気管支炎から、慢性の自律神経の不調、さらには過酷な環境での急激な体調崩れに至るまで、あらゆる症状に対して即座に最適解の「薬」を処方できる環境が完全に整った。


 目的を完璧に果たしたアレンは、満足して振り返った。


「用は済んだ。元の市場に戻る」


「お、お見送りいたします……! 神託の使者様……!」


 平伏する神官たちをあとに、アレンは何事もなかったかのように地下大保管庫を後にした。


 陰で彼を観察していた法皇庁の者たちは、国宝を奪われるどころか、保管されていた素材の質まで高めて去っていったアレンの圧倒的な「神技」に、もはや恐怖すら覚えて深々とひれ伏すのだった。

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