42話:神殿への挨拶と、投げやりの神託
第一都市での処理を終えたアレンは、法皇国の心臓部である「聖都レムリア・グラード」へと移動していた。目的である中央魔導市場での新たな調査や研究素材の探索へと足を進める前に、アレンは都市の中央に聳え立つ巨大な神殿へと向かう。
そこに祀られているのは、この国の信仰の対象である『理と秩序の神』だ。
(一応、ここに祀られているんだからな。形式的にも挨拶くらいは行っておくべきだろう)
特別な感情もなく、アレンはごく気軽に神殿の重厚な門をくぐった。
神殿内は静謐な空気に満ちており、出迎えた神官たちも最初はごく普通に対応していた。整った身なりの巡礼者が一人訪れた程度に捉え、ごく自然に内部へと通す。
だが、アレンがそのまま中央の礼拝通路を進み、奥に鎮座する聖像の祭壇へと近づいたその時だった。
無色のはずの聖像の足元が、静かに、だがはっきりと神聖な光を放ち始めた。
予期せぬ現象に神官たちが息を呑む中、アレンはその輝きの理由を冷めて把握していた。
原因は、神から世界の歪みを修正する仕事用に託されたスキル――『因果律の泥臭い辻褄合わせ《ラフ・アジャスト》』だ。
世界の不具合を処理した際、神界と現世の境をその辻褄合わせで強引に繋げてしまっていたため、神界への接続点である聖像がその干渉を感知し、反応して輝いてしまったのだ。
(挨拶のつもりで近づいただけで、境界の接続に反応してしまったか……)
アレンが静かに眉をひそめたその瞬間、脳裏に脳天気な声が直接響いた。
『やぁアレン君、急用かい?』
(いや、普通に挨拶しに来ただけだが……。何か光ってるんだが)
『おや、ラフ・アジャストが仕事したみたいだね。ははは』
(笑い事じゃないんだが)
光を放つ聖像を見上げ、周囲の神官たちが今にもひざまずこうとしている気配を感じながら、アレンは心の中で低く溜め息をついた。
『それじゃあ、こうしよう。少し神託があったとでも言っておけばいい。……内容は君が考えてくれたまえ。ははは』
それだけ言い残すと、通信はぷつりと切れた。
神聖な光に照らされながら、神官たちが感涙にむせび、恐る恐るアレンへと視線を向けてくる。
急遽、自分で適当な神託を捏造してこの場を収める羽目になり、アレンは心の中で静かに面倒くささを噛みしめていた。
アレンは気だるげに肩をすくめると、神官たちに向かって小さく呟いた。
「神託があったみたいだ。なんか、ここでの商売を認めようとかなんとか……」
「な……『ここでの商売を認めよう』……!?」
あまりにも適当で投げやりな伝達だったが、神官たちは息を飲み、互いに顔を見合わせた。
「おお……! 『理と秩序の神』が、異国の品や新たなる知識をこの聖都へ巡らせ、市場にさらなる秩序と繁栄をもたらすことをお許しになられたのだ……!」
「なんという深遠なる御意志……! 尊き啓示を伝えてくださり、感謝いたします!」
勝手に都合よく解釈し、涙を流して拝み始める神官たちを横目に、アレンは静かに回れ右をした。
(まあ……これで市場での活動許可も勝手に降りたようだし、良しとするか)
聖像の光が徐々に収まっていく中、アレンは何事もなかったかのように神殿を脱出する。
形式的な挨拶(と予期せぬ誤作動)を終え、アレンは本来の目的である聖都の中央魔導市場へと足を進めた。
さて、神託などと簡単に口にしたが、これまでの歴史を振り返っても神託が下りた例はない。
あるとすれば過去の聖女くらいなものである。
法皇国は大騒ぎとなり、やがて法皇のもとまで話が聞こえていた。
【聖女以来の神託と、揺れる法皇庁】
アレン本人は「その場の苦し紛れの言い訳」として適当に済ませたつもりだったが、この国において「神託(啓示)」という現象が持つ意味の重さを、完全に失念していた。
レムリア法皇国の数千年に及ぶ歴史において、神から直接のお告げが降りた記録など、建国期に現れた伝説の「聖女」ただ一人きり。教義と法で固められたこの絶対的宗教国家において、神託とは歴史を根底から覆すレベルの国家的大事件だったのである。
アレンが気楽に神殿を後にしていた頃、大神殿の内部は未曾有の大混乱に陥っていた。
「ま、間違いなく『理と秩序の神』の聖像が直々に黄金の光を放たれたのだ!」
「聖女様の時代以来、数千年間途絶えていた神託が、ついに……!」
神官たちは顔を蒼白にさせながらも、感涙を流して狂乱していた。
彼らにとって神の意思とは、法皇を通じて間接的に読み解くものであり、神が直接現世に干渉して言葉を授けるなど、神話の領域の話だったからだ。
その報告は、大神殿から神聖官僚機構を経由し、光の速さで国家の最高中枢へと駆け巡った。
聖都の最奥に聳え立つ白亜の宮殿――法皇庁。
普段は冷徹なまでの秩序と静寂が支配する最高参事会の会議室は、今や蜂の巣を突いたような騒ぎとなっていた。
「正気か!? 神託だと!?」
「聖像が輝き、見知らぬ青年に対して直接お告げを授けられたというのか!?」
集まった聖貴族や主席司祭たちが声を荒らげる中、壇上の玉座に鎮座する絶対的君主――法皇は、深く刻まれた眉間のシワをさらに寄せていた。
法皇国において、神の言葉は絶対不可侵の国家法である。
これまで法皇と最高参事会が「神の御意思の代行者」として独占してきた最高権限の頭越しに、神が市井の青年に直接「神託」を下したのだ。これが事実であれば、国家の統治機構そのものを揺るがす天地開闢の事態であった。
「……神託の内容は何と言っていたのだ」
法皇の低く厳かな問いかけに、報告に訪れた大神殿の長が全身を震わせながら平伏した。
「は、はい……! 『ここでの商売を認めよう』――すなわち、異国の新しき知識や物資を我が国に巡らせ、市場に新たなる秩序と繁栄をもたらすべし、との尊きお言葉でございます!」
「商売の承認……? 神が、経済の流通に対して直々にご執心されたというのか……?」
最高参事会の高官たちは困惑し、互いに顔を見合わせた。
『理と秩序の神』は厳格なる規律と平穏を司る神だ。その神が、わざわざ一人の青年に接触して「市場での商売」を命じるなど、従来の教義の解釈からは到底考えられない内容だった。
「その『神託を授かった青年』の身元は分かっているのか!?」
「それが……お告げを伝えた後、あまりにも淡々と神殿を去っていかれまして……。ただ、身なりは上質な旅装で、一切の邪気を感じさせぬ佇まいだったと……」
「すぐに全聖域の警備隊および神聖騎士団を動員しろ!」
法皇の厳命が会議室に響き渡る。
「その青年の身元を特定し、無礼のないよう至急こちらへお連れするのだ! 神の真意を確かめねばならん!」
国家の最高中枢が「聖女以来の神託」という天変地異に大揺れし、神聖騎士団が捜索網を広げ始めていることなど、当のアレンは知る由もなかった。
「……さすがは聖都の中央魔導市場だな。第一都市とは比べものにならないほど希少な触媒や鉱石が出回っている」
アレンは色とりどりの魔導具や素材が並ぶ露店を優雅に練り歩き、固有スキル『鑑定』のログを静かに走らせながら、マイペースに研究素材の品定めを楽しんでいた。




