第30章:剣術修行編 交錯する視線
基礎的な足捌きと剣筋が整い始めると、ガルド教官の指導は次のフェーズ――「情報戦」へと移行した。
「剣を振る前には、必ず予兆がある。最も顕著なのが視線だ」
教官は俺と対峙したまま、ゆっくりと距離を詰めてくる。
先程までの力任せな打ち合いとは違う。空間そのものが重く感じられるような、心理的な圧迫。
「人間は、無意識のうちに『自分が攻撃したい場所』を凝視する。それが生存本能であり、同時に最大の弱点だ」
ガルドの視線が、俺の右肩へとわずかに向いた。
――そこか!
反射的に右へ踏み込み、木剣を立てて防ぐ。しかし、空を切るはずの教官の木剣は、描いていた軌道を外れ、がら空きになった俺の左腹へと滑り込んできた。
「甘い」
鈍い衝撃と共に、教官の声が降る。
視線で誘導された。俺が右肩に気を取られた瞬間、教官はすでに視線を外し、別の軌道へと剣を走らせていたのだ。
「いいか、視線は『最大の情報源』であり『最強の嘘』だ。敵がどこを狙っているかを見るのではない。敵の視線がどこを『見させようとしているか』を見極めろ」
俺は唇を噛み、再び構える。
今度は、意識的に視線を散らす。あえて教官の足元に視線を落としつつ、意識の隅で教官の眉間の動きを追う。
教官がフェイントを仕掛けてくる。
先程のように右肩を見たが、今度はその視線の揺らぎに騙されない。肩の筋肉の動きと、足の踏み込みの深さだけを注視し、視線とは逆方向の左側へと木剣を突き出した。
カキン、と高い音が響く。
教官の木剣と、俺の剣先が交差した。
「……ほう」
教官が初めて、わずかに目を見開いた。
俺が初めて、視線という「虚偽の情報」を否定し、真の攻撃を捉えた瞬間だった。
「視線で騙し、視線で騙されず、真実を見極める。戦いは剣を交える前から始まっている。その意識を忘れるな」
演習場の中、二人の視線が空中で静かに絡み合う。
魔法も、魔力も関係ない。ただ、互いの意志と知覚がぶつかり合う、極めて濃密な時間が流れていた。




