第23章:傭兵ギルド
図書館での作業を終え、俺は冷え始めた夜気を浴びながら傭兵ギルドへと足を向けた。
木造のギルドホールに入ると、酒と安酒場の煮込み料理の匂いが鼻をつく。その一角にある大きな木製の掲示板には、様々な紙切れが雑多なピンで留められていた。商人の護衛、魔物の討伐、薬草の探索。資金調達と図書館での情報整理を並行して行うのにふさわしい依頼はどれか……吟味した結果、選んだのは「西門の守衛」だった。
期間は三日間。報酬は銀貨三枚。
派手さはないが、安全で、何より拘束時間中に頭の中でデータを反芻する余裕がある。この依頼を受ける他ない。受付で手続きを済ませ、俺はギルドを後にした。
西門への道のり、そして任された三日間の任務の間も、俺の意識は外部の喧騒から切り離されていた。図書館でまとめ上げた膨大な魔術的体系と、ノートに書き殴ったキーワードの数々。それらを絶えず頭の中で復唱し、不純物を削ぎ落としていく。
人目を避けて街外れの石畳に立ち、情報を整理してゆく。ついでに、体内の魔力循環も兼ねることにした。魔法の行使には常に大量の魔素が必要となる。魔素は万物に満ちており、呼吸するように環境から吸収することは可能だが、それを外へ意図通りに発動させるためには「明確なイメージ」の固定化が不可欠なはずだ。しかし、そのプロセスにはいつもどこか不自然な引っかかりがあった。
イメージを現実に固定するための概念。その決定的な「きっかけ」とは何なのだろうか。よくある物語やファンタジーのように、地面に複雑な幾何学模様……つまり魔法陣を描けばいいのだろうか。
頭の中で思い描くイメージを図式化したような魔法陣、そしてその中心に呪文のような文言を書き添えると、それらしい形になる。なんてな、と最初は自嘲気味に考えていた。
だが、実際に試してみる価値はある。
呪文というのは言霊の物理的な発露のようなものだ。例えば、風を操りたいのであれば、文字通り『風』とでも書き添えれば認識の錨になるのではないか?
試行錯誤のつもりで、足元の土埃に指を這わせ、大雑把に六芒星を描く。その中央に、明確な意図を込めて『風』の一文字を刻み込んだ。
出来たりして、と冗談半分に魔力を流し込む。
瞬間、描いたはずの六芒星が薄っすらと青白く光り出し、文字通り地面から剥がれるように浮き上がった。空中にぷかぷかと浮いた状態で、完全に固定されている!
「なんだこれ……」
予想外の現象に驚きつつ、恐る恐る指先で触れてみると、発光する幾何学模様が磁石のようにまとわりついて離れない。
「は? 離れろよ。え、なにこれ、離れないじゃないか」
焦って手を振り払おうとしたが、魔法陣はびったりと手首に張り付いたままだ。困惑した俺が、勢いのままそれを近くの城門の硬い石壁に激しく擦りつけた。
その瞬間。
ビューッ、と、周囲の空気が激しくうねり、制御を失った高圧の風が突風となって吹き出した。
あっ。――なるほどね。分かったかもしれない。
理屈ではなく、直感的な身体の納得感があった。魔素の流れと、意識の収束、そして術式の定着。そのすべてがパズルのピースのように噛み合った感覚だ。
意識が急速に覚醒していく中、脳裏に不可思議な文字列が浮かび上がった。
『ステータス!』
【空間操作】亜空間を操る
Lv.0 未開放
【時間減速】時を少し操作可能
Lv.0 未開放
【身体強化】肉体出力の底上げ
Lv.0 未開放
ステータス
体力(15)
力(15)
敏捷性(8)
持久力(8)
精神力(10)
魔法:風魔法(初級)
魔力(50)
目の前に浮かぶ半透明の文字を眺めながら、俺は静かに息を吐いた。図書館での地道なインプットと、先ほどの偶発的な実験。その双方が結びついたことで、ようやくこの世界のシステムの一端を捉えることができたらしい。
道のりはまだ長いが、確かな手応えがあった。




