第22章:静かなる研鑽
学園の講義室で語られる内容は、今の俺の知的好奇心を満たすにはあまりに平坦で、底が浅かった。退屈な講義の終了を告げるチャイムが鳴ると同時に、俺は足早に席を立ち、生徒たちの喧騒を避けるようにして図書室のさらに奥に隠された厳重な書庫へと向かった。
受付の司書に銀貨を一枚、無言で叩きつけるように支払う。公立の閲覧室とは違い、この非公式の地下書庫には、一般に出回ることのない門外不出の魔法専門書が無数に眠っているはずだ。閉館までの限られた時間を一分一秒たりとも無駄にしないため、俺は迷うことなく古い木製の棚へと歩み寄り、背表紙の摩耗具合を頼りに次々と専門書を引き抜いていく。
この書庫に収められた書物はすべて持ち出し禁止の厳禁品だ。だからこそ、限られた場所で効率を極限まで高める必要がある。まずは山のように積まれた本の中から、今の俺の仮説に引っかかるものを選ぶ。背表紙のすり減った文言と目次だけを頼りに、まずは十冊を確保した。
分厚い表紙を開くごとに、俺はページの隅から隅まで丁寧に文字を追うようなまどろっこしいことはしない。読み始めの導入の項をさらりと視線に収め、求めるデータがないと判断した不必要な本は、容赦なく脇の机へと逸らす。
関心のある書物の、その中でも特に興味深い項だけを狙い、結論に至るまでのプロセスを高速で一度に三行ずつ視界の端へと収めつつ、文章の海から要点となるキーワードだけをすくい上げる。黙読すら時間の無駄だった。必要なのは、項目、読み出し、そして結論という必要最小限の概要のみだ。
著者の感傷的な修辞や、時代遅れの思想、長々とした言い訳などはすべて脳内で文字通りに読み飛ばす。
俺が求めているのは、文学的な美しさなどではない。「丹田における魔素の圧縮効率」「空間魔素の濃度と出力上限」といった、実用的なデータだけだ。
魔法を使用する際のクリティカルな要点のみを脳のメモリに突き刺す。それらを瞬時に解析・抽出しては、手元のノートの余白に数値としての評価を下し、次の実験に必要なキーワードだけを明確に書き殴っていく。
一冊の読書を終えるのに、数分もかからない。情報を吸い尽くしたブックカバーを閉じれば、即座に次の書物へと鋭い視線を移す。
閉館を知らせる重々しい鐘の音が遠くで鳴り響くまで、俺は一度たりとも座席の背もたれに体を預け、背を離すことはなかった。ここで深く思考を巡らせる必要はない。考察や理論の再構築は、夜の宿屋に帰ってからじっくり行えばいい。ここではただ、ひたすらに膨大な情報を物理的にインプットし、明日からの実験に直結するノートへとアウトプットするためのキーワードを蓄積することだけに全神経を集中させる。
そして、ついに閉館の時刻が訪れた。俺は散らかった書物を手際よく元の棚へ正確に戻し、今日の成果として書き溜めた膨大な情報の断片をしっかりと懐のポケットにしまい込んだ。
この日の徹底的な作業だけで、書庫の棚三つ分の専門書から必要なデータを集積し尽くした。銀貨一枚という初期投資を考えれば、あまりにお釣りの来る上質な収穫だったと言える。
明日も同じペースでこの狂気的な作業を続ければ、おそらく一週間も経たずにこの図書館の書物に用は無くなるだろう。すべての知識を吸い尽くしたあと、次に俺が取るべき行動は一つしかない。
そろそろ、新たな実験のための資金をどこかから調達するか……。
俺の目指す頂への道のりは、まだ始まったばかりだ。しかし、今この手元にある使い古されたノート一冊分の確かな重量が、確実に俺の未来を切り拓く最初の一歩になることを、俺は静かに確信していた。




