31話 空間のアイロニングと、漆黒羽織の初デプロイ
Bランクの蜘蛛どもを効率的にデリートし終えた俺は、そのまま間髪入れずに本日の最大負荷プロセス――Aランク依頼3件のマルチタスクへと移行した。
まず選んだチェックポイントは、街の近郊にある迷宮の特定階層。
タスク内容は「空間の歪み」の調査。ギルドの仕様書によれば、国家規模の特異災害に発展しかねない大層なバグらしいが、俺の認識は異なる。
「空間の歪み、だと……?
【空間操作】を弄ぶ俺にとって、こんなものは原稿用紙のシワを伸ばす程度のアイロニングに過ぎない」
薄暗い迷宮の最奥。大気が文字通りベリベリと引き裂かれ、システムエラーが周囲の物理アセットを飲み込もうと狂い狂っていた。
だが、俺の視線はその致命的なエラーログには向いていない。
俺はおもむろに、新調したばかりの特注防具――引き締まった黒地に血の如き赤ライン、そして背中に禍々しい独自の紋様をあしらった『漆黒羽織』の襟を正した。
「物理的にはデコピン一発でパッチを当てられる。……問題は、この最高のステージにおいて、中二病的に『どの役柄になりきって台詞を吐くか』というロールプレイの最適化だ。非常に難しい……」
俺は短剣を後方上空に投げて、物質が放出する光の波長を0.8倍に増幅し、位相を揃えて強度を調整しつつ、月明かりを再現する。やがて月明かりの元へ登場するヒーローの如くポーズをキメる!
俺は混ざり合う妄想の結果、今回は「システムを陰から修正する、孤独な上位調停者」のフレームを採用することに決定した。
俺はゆっくりと、引き裂かれた空間の渦の前へと歩み出る。
大刀の柄に軽く手をかけ、あえてドスの利いたパッチボイスを空間に響かせた。
「――喧しいな。世界のノイズが、俺のメモリを侵食しようなどと……エラーログの無駄」
※ 観客席は空席だ
スッ、と右手の親指と中指を交差させ、空間の『歪みの中心点』に向けて、ただ優雅に爪弾いた。
「デコピン」
パチン、と乾いた音が響いた瞬間、俺の【空間操作】が空間のシワを完全に圧着した。
あれほど狂暴に吹き荒れていた魔力の渦が、まるで最初から存在しなかったかのように一瞬で完全消滅する。
「フッ……世界がまた一つ、俺のコードに従ったか」
誰もいない迷宮で完璧なポージングをキメ、内なる中二病パラメータが120%まで跳ね上がるのを感じる。非常に満足度の高いデバッグだ。
「よし、ファーストステージの動作テストはパーフェクト。このままアルカディア国境の『古代の呪術アーマー』と、家畜を荒らす『毒霧のワイバーン』も、この漆黒の英雄のプロキシにしてくれる」
俺は羽織の裾を翻し、次のターゲットが待つ座標(アルカディア国境)に向けて、影のように鋭く跳躍した。
【クエスト進捗】:
Aランク①:空間の歪み
(修正完了)
【中二病充足率】:
120%
(限界突破・ロールプレイ継続中)
【次なるターゲット】:
Aランク②:
古代の呪術アーマー(物理破壊)
【レガシーコードの強制破砕と、過剰装甲のデバッグ】
迷宮の空間バグをアイロンがけした俺は、そのままの足で隣国アルカディアとの国境付近へと座標を移動させた。
次のタスクは、Aランク依頼の2件目――「古代の呪術アーマー」の破壊だ。
数百年前に破棄されたはずのレガシーアーマーが、何らかのグリッチで再起動し、周囲の物流ラインを脅かしているらしい。
「大層な鉄くずが、往来を遮断しているな」
荒涼とした国境の丘。そこに、赤黒い呪怨のノイズを排出しながら佇む、全高3メートルはあろうかという巨大なフルプレート・アーマーがいた。
俺の接近を検知した瞬間、アーマーの頭部スリットが赤く発光し、身の丈を超える大剣を引き抜きながら、地響きを立てて突進してくる。
一般的なパーティであれば、前衛が盾で衝撃を分散し、後衛の魔導士がデコンパイルを試みる実質的な高負荷プロセスだ。
だが、俺の空間操作のログに言わせれば、ただの「重すぎる物理アセット」に過ぎない。
「フッ……レガシーシステムが、現代の最新フレームに勝てると思ったか?」
俺は背中のカスタム大刀の柄に手をかける。
先ほどの迷宮で身に付けた「孤独な上位調停者」のロールプレイをキャッシュしたまま、わざわざ大刀を抜く瞬間のモーションエフェクトを空間の屈折率ハックで0.5秒ほど遅延させ、極限まで格好良くセルフパッチを適用する。
※ 観客席は、やはり国境の荒野なので完全な空席だ。
大剣が俺の脳天を叩き割る寸前、俺は空間操作を発動。
アーマーの持つ大剣の質量、および突進の運動エネルギーのベクトルを、そのままアーマー自身の『内側』へとリダイレクトさせて固定する。
そこへ、最速の抜刀――ただの物理的な一撃を叩き込んだ。
「――『圧壊』」
ギギィィィンッ……!!!
内側からの自重反転と、俺の大刀から放たれた空間の圧縮圧力が完全に同期した。
古代の呪術アーマーは、自らの過剰な装甲値を処理しきれなくなり、内側からペシャンコに潰れ、凄まじい金属音と共にただの平たい鉄くずへとスクラップ化した。
「ふむ、演算通りの物理破砕だな。装甲をいくら厚くしようが、システム自体の脆弱性をハックされれば一撃だ」
俺は流れるような動作で大刀を鞘へと納め(ここでも0.5秒の残像エフェクトを無駄に付与)、飛び散ったドロップアイテムをアイテムボックスのインベントリへと全スタックした。
「セカンドステージも極めて順調。残るAランクプロセスはあと1件――家畜を脅かす『毒霧のワイバーン』の暗殺のみだな」
漆黒羽織の裾を優雅に翻し、俺は夜霧の立ち込める次なる座標(被害のあった村の山林)へと、音もなく姿を消した。
【クエスト進捗】:
Aランク②:古代の呪術アーマー
(物理破壊完了)
【中二病充足率】:
125%
(演出エフェクトの自作により微増)
【次なるターゲット】:
Aランク③:
毒霧の飛竜
(隠密暗殺)
【環境汚染ログの無音デリートと、Aランクマルチタスクのクローズ】
国境の荒野からさらに座標を移動させ、俺は深い霧に包まれた山林へと潜入していた。
Aランクマルチタスクのラストを飾る3件目のタスク――「毒霧のワイバーン」の隠密暗殺。一晩で村の家畜を全滅させたという極めて有害な、いわば広域に有害データを撒き散らす環境汚染バグの駆除だ。
「大気中に高密度のノイズが検出されているな……。だが、俺の『インナー革鎧』と、空間を遮断するパッシブスキルを前にすれば、ただの低解像度なエフェクトに過ぎない」
霧の濃度が最も高い山頂付近。そこに、赤黒い毒霧を呼吸のたびに吐き出しながら、岩場で眠りについているアセット――ワイバーンがいた。
不用意に接近すれば、その瞬間に広域の毒トラップが発動し、こちらの耐久値をジワジワと削りにくる厄介な仕様だ。
だが、今回の依頼書のオーダーは「サイレントデリート」。
新調した『漆黒羽織』のステルス性能を本番環境で検証するには、これ以上ないシチュエーションと言える。
「よし……。今回は『世界から存在の記述を消された、影の執行人』のフレームを起動する。……ふっ、闇を往く者には、名も、光すらも不要ということだ」
俺は周囲の光のステルス値を【空間操作】で極限まで減衰させ、自身の輪郭を完全に夜の闇へとシンクロさせた。
足音のノイズログも空間ごと消去。文字通り、世界から俺のデータが一時的に完全ステルスだ。
※ 当然、ここも真夜中の山林なので、観客は寝静まった家畜の幽霊くらいしかいない。完全なワンマンステージだ。
無音のまま、眠るワイバーンの頭上へと肉薄する。
背中から引き抜いたのは、カスタム小刀。波紋の美しい刃に、月明かりすらも反射させない徹底的な隠密パッチを当て、その脳天へと静かに、かつ最速のレイテンシーで突き立てた。
「――『深度消去』」
サクッ……。
ワイバーンは、自分が「死んだ」というシステムログを脳に書き込まれる猶予すら与えられないまま、ピクリとも動かずに一瞬で息絶えた。毒霧の排出プロセスも、その瞬間に完全停止する。
「ふむ、ステルス・ビルドの動作検証は100%成功だな。ラグも一切ない」
俺は小刀を静かに腰の鞘へと戻し、ワイバーンの希少なリワード対象素材をアイテムボックスのインベントリへ全スタックした。
これで、Dランク1件、Cランク3件、Bランク2件、Aランク3件――合計9件のマルチタスクが、何一つのエラーを起こすことなく、完全かつ美しくクローズした。
「すべてのタスクのデバッグは完了した。……残るは、ギルドへの成果物ログの送信と、待望のキャッシュインだな」
俺は漆黒羽織の裾を夜風に躍らせ、銀貨数枚というデッドラインを完全に脱出するべく、夜明け前の道をギルドのある街へと、悠然と歩き始めた。
【クエスト進捗】:
Aランク③:毒霧の飛竜
(隠密暗殺完了)
⇒ 9件のマルチタスク、
すべてクローズ!
【中二病充足率】:
130%
(完全ステルスによる自己満足)
【次なるフェーズ】:
ギルドでのリワード
および
『1レイヤー分』からの
経済的階層アップ
【超特級決済のキャッシュインと、不具合報告のログ】
朝の光が差し込むギルド。昨夜デプロイした9件のマルチタスクの成果物をカウンターへ一括して吐き出すと、受付嬢のキャパシティは完全に上限を超えた。
「えええええっ!? 空間の歪みが消失……古代アーマーがスクラップ、さらに毒霧の飛竜まで……!? ひと、一人で一晩のうちに、本当に全部処理したんですか……っ!?」
悲鳴に似たログを吐き散らす彼女を(手のひらをヒラヒラ)とあしらい、俺はスマートにキャッシュインを要求する。
バックヤードの総出で行われたコードレビューの結果、提示されたリワードは、俺の想像を遥かに超える莫大な資産アセットだった。
「ア、アレンさん……こちらが今回の全依頼の合計報酬となります……!」
カウンターに積み上げられたのは、鈍い輝きを放つ大金貨と金貨の山。
【リワード獲得】:
大金貨3枚、金貨15枚
(銀貨450枚相当)
金貨15枚 = 1,500万円
大金貨3枚 = 3,000万円
合計 = 4,500万円
現代日本の感覚に換算すれば、およそ4,500万円。これまでの「銀貨数枚」というデッドラインの脆弱性から、一気に数段上の経済的階層へとレイヤーアップを果たした瞬間である。
ちなみに聖金貨は1億だ。
「ふむ、正当な出来高払いだな」
満足感と共に金貨をインベントリへ格納した俺は、そのまま懐から『1枚の不審なログ』を取り出し、カウンターへピシャリと叩きつけた。
それは、昨夜の依頼ボードに紛れ込んでいた、あのSランク依頼書――「黒曜龍」の【緊急隔離命令】だ。
「おい、決済のついでに一つバグレポートだ。この仕様書、明らかに設計が狂っているだろう」
「えっ……? あ、あああっ!? それ、ギルドマスターが間違えて一般掲示板に掲載しちゃった国家存亡レベルの超特級依頼……っ!」
顔面を蒼白にする受付嬢に対し、俺は冷徹なシステム監査のトーンでクレームを叩きつける。
「西南の古代遺跡で覚醒した黒曜龍の討伐、成功時はSSランク認定……。内容がおかしい。世界をフリーズさせる特大のグリッチに対して、設定されている基本リワードが完全に割に合わん。こんな低予算では、命のリソースを張って受託することなど論外だ」
「……え?」
俺の辛辣なコメントに、受付嬢が文字通りピキリとフリーズした。
彼女の脳内ログとしては「あまりの恐怖に怒っている」と解釈したのだろうが、俺の本音はただの『コスト対効果』の論理エラーに対する指摘だ。
「では、何か? 報酬が『十分』であれば、アレンさんはこの世界の終わりみたいな依頼を……受けてくださる、と?」
「当然だ。要はリクエストに対する対価の仕様。これ以外の、追加のインセンティブ次第だな」
「い、いやいやいや! 金額の問題じゃなくて、相手は神話級の怪物なんですよ!? 追加の報酬って、これ以上何を望むっていうんですか……っ!」
「クライアントの全財産を担保にしてもらうか、あるいは世界のシステムを根底からハックできるレベルのアセットでも用意してもらわねば割に合わんと言っているんだ」
カウンター越しに、金額のレイヤーを巡って受付嬢と激しく論理衝突展開へ。
周囲の冒険者たちも、決済直後に国家転覆級のバグを値踏みし始めた漆黒羽織の男を前に、完全に息を呑んで硬直していた。
【クエスト進捗】:
9件のマルチタスク、完全決済!
【現在の総資産】:
大金貨3枚、金貨15枚、銀貨数枚
(経済的レイヤーが大幅向上)
【中二病充足率】:
140%
(ギルドを巻き込んだ価格交渉)




