第21章:循環の哨戒任務
夜の帳が下りた城塞都市オルフェリアは、分厚い石壁と冷徹な監視の目によって外部の脅威から厳重に守られている。月明かりさえも拒むような深い闇の中、街の喧騒は遠ざかり、静寂だけが支配していた。
俺は傭兵ギルドの依頼板から、夜間の静けさを利用できる最も割のいい「夜間哨戒」の仕事を選び取り、一人で街の外壁へと足を運んでいた。日々の学園での講義料を支払い、さらに講義で学んだ抽象的な理論を現実の実験で裏付けるための高価な魔導インクや特製の羊皮紙を買い揃えるには、今のアルバイトの蓄えだけではどうしても心許ない。実用的な実験には、常に相応の資金が必要だった。
周囲に誰の視線もないことを慎重に確認してから、俺は夜の冷たい空気を肺の奥底へと深く吸い込み、そしてゆっくりと吐き出した。ここが、誰にも邪魔されない俺だけの実験場だ。
「左手のひらから体内のマナを吸い出し、丹田で極限まで圧縮し、そして右手のひらから一気に排出する……」
頭の中で構築した理論は驚くほど単純だが、実際の肉体でそれを実行するには、一瞬の狂いも許されない極めて高い集中力を要する。
俺は左手のひらの魔素密度を意識的に操作し、周囲の空間に対して極限まで低くした。すると、都市の周辺に漂う環境マナが、まるで真空の容器に吸い込まれる気体のように、俺の左手のひらへと一斉に殺到する。絶え間なく流れ込んできた膨大なエネルギーの奔流を、俺は一歩も引くことなく丹田へと送り込み、そこで意図的に圧力を高めていく。
それはまるで、沸騰した熱い鉛を血管の中に直接流し込まれるような、神経が焼き切れるほどの激しい痛みを伴う感覚だった。
しかし、俺はその痛みを意志の力で完全にねじ伏せ、限界のギリギリまで高まった圧力を、今度は右手のひらから――多くの魔術師が無駄に行う冗長な魔法のフィルターを一切通さず、純粋なエネルギーの奔流として外へ逃がした。
その瞬間、眼前の世界が音もなく反転した。
それまで単に視界を暗く埋め尽くしていた夜の闇が、突如として鮮烈な魔法的な色彩を帯びて劇的に変容する。空間におけるマナの濃度分布、微細な大気の流れ、そして眼前の古びた石壁に刻まれた無数の防御術式の微かな震えまでもが、すべて感情を排した冷徹な理ことわりとなって、俺の網膜と脳に直接投影された。
「……見える」
これまで世間の人間が「神秘の奇跡」などとありがたがっていた魔法の正体が、今や剥き出しの物理法則としてそこにあった。
その夜の哨戒任務は、驚くほど順調に進行した。いや、順調どころの話ではない。俺は自ら構築した循環回路によって周囲の環境情報を完全に掌握しており、野良の魔獣が闇の中から接近してくる数分前には、その存在の微小な気配を正確に予測し、先回りして完全に回避することができたからだ。
すべての任務を完璧にやり遂げ、静まり返った夜道を一人で帰路につく道すがら、俺はふと足を止め、城塞都市の冷たい石壁の端にそっと指先を触れた。
闇夜の容赦ない冷たさが、堅固な石壁を通じて俺の指先の皮膚から全身へとまとわりつくように伝わってくる。
懐の布袋には、今夜の危険な任務で得たずっしりとした銀貨の確かな重みがある。
だが、今の俺にとっての真の報酬は、そんなちっぽけな銀貨などではない。
俺は夜道を歩きながら、意識の片隅で薄暗い影の中に半透明のステータスウィンドウを静かに呼び出した。そこには、長い間微動だにせず沈黙を守っていた数値が、着実に、しかし確実な手応えをもって上昇の兆しを見せ始めていた。
『魔力:25』
学園の教官たちは、講堂の教壇の上で声を大にして「魔法とは環境との調和である」と説き続けている。
だが、俺には彼らのように環境に迎合するつもりは毛頭ない。この独自に編み出した循環回路さえ手元にあれば、俺はこの世界そのものの摂理を、俺自身の望むがままに何度でも書き換えることができる。
理論の構築と武装は、すでに完了している。




