第3章:脱出の算段
この閉塞した村を永遠に去り、新たな未知へと踏み出すためには、最低限の旅の資金と当面の食料、そして何より移動に必要な最低限の装備が不可欠だった。
村人たちはこの痩せた貧しい土地の価値をひどく低く見積もり、ただ明日の糧を得るためだけに惰性で生きている。だが、それは裏を返せば、彼らの無知と諦めが見過ごしている真の価値が、この土地の至るところに手付かずのまま転がっているということでもあった。
アレンは傾いた小さな窓から、村の中央へと続く埃っぽい街道を静かに眺めた。そして、これまでの人生で村人たちの雑談や愚痴から拾い集めた断片的な記憶を、頭の中でひとつずつ手繰り寄せていく。
この周辺の森や渓谷で自生している有用な薬草の種類は何か。どの季節にどこで採取でき、それをどの街のどの薬師や商人に持ち込めば最も高い利益を生むのか――。アレンはそれらの貴重な情報と、行商人たちが定期的に行き交う街道の流通ルートを脳内で緻密に重ね合わせ、最短で旅の支度を完璧に整えるための具体的な筋書きを描き出していった。
それと同時に、アレンは自分に残された唯一にして最大の武器の存在を再確認した。あの転生と覚醒の瞬間に、その肉体と魂へと深く刻み込まれた、三つの特異なスキルである。
【空間操作】LV.0 亜空間を操る
【時間減速】LV.0 時を少し操作可能
【身体強化】LV.0 肉体出力の底上げ
思考の内に浮かび上がる半透明の文字列を見る限り、これらは使い込むか特定の条件を満たすことでレベルが上がり、より強力な能力へと成長していく仕組みのようだった。
しかし、試しに意識を集中させてスキルを呼び出そうとしてみても、手応えは全くなく、身体の奥底からの反応は皆無に近かった。現状の未熟な自分では、これらの絶大なスキルを行使することなど到底叶わず、今すぐ当てにできるのは己の頭脳と泥臭い行動力だけだと思い知らされる。
「……まあいい。今はまだ、高望みをするときじゃない。さて、行動に移すか」
アレンは口元に微かな笑みを浮かべた。
村の住人たちが自分を「親の死に目にも会えなかった、何の能もない運のない男」と蔑み、ハナから期待もしていないおかげで、彼が村を静かに脱出しようなどと企てているとは、誰一人として夢にも思っていない。この無関心と侮蔑こそが、今の自分を解き放つ最大の盾だった。
着古した服についた埃をパンパンと手で払い、アレンは戸締まりを確かめると、迷いのない足取りで村の裏手に広がる湿った森へと歩き出した。
哀れみや軽蔑の視線に晒され続けるだけの狭い世界を捨て、自分の足で未来を切り拓くために――今はただ、自分の手足と知恵の限界までを使い尽くし、最も確実で手っ取り早い手段を選び取って前へ進むだけだった。




