第20章:魔法学園編 第2話:詠唱という呪縛と可能性
「昨日の続きだ。今日は、魔法発動における『詠唱』の正体について深く語る」
魔法学において、詠唱は絶対不可欠な儀式として扱われてきた。魔力を安定させ、現象を定義するための「呼吸」に等しいものだと。教室の生徒たちは当然のように杖をしっかりと構え、講師の次の言葉を待ち構えている。
「諸君は、なぜ魔法に長文の詠唱が必要だと教えられてきた? 神への祈りか? それとも精密な魔力回路の構築のためか? それらはすべて一面では正しい。だが、同時にそれは、人間の『脳の処理能力』の限界を補うための単なる補助輪に過ぎないのだ」
講師は手元のチョークを走らせ、教科書に載っている複雑怪奇な呪文の構造図を黒板に大きく描き出した。
「魔法の行使は本来、感知、循環、燃焼、座標固定、属性付与、発動……という六つの複雑な工程を経る。このすべてのイメージを脳内で完全に維持し、言葉というツールを使って外部に定着させる。だからこそ、最低でも30秒という時間がかかるのだ。詠唱は魔法の安定装置であり、それがなければ現代の魔法使いは現象を定義することすらままならない」
教室の隅の席で、アレンは無言でノートにペンを走らせている。
(感知、循環、燃焼……。なぜ、この決まりきった手順でなければならないのか?)
彼のノートには、講師が黒板で解説している標準的な手順とはまったく異なる、バラバラの数式や記号の断片が並んでいた。まだ完成された理論と呼べる形にはなっていない。ただ、膨大な「無駄な手順」を徹底的に省くことはできないかという、彼個人の些細な疑問と、幾度もの試行錯誤の記録だった。
講師はチョークを指先で器用に回しながら、さらに言葉を続ける。
薬品の調合のように、諸君は詠唱を繰り返すが、それは脳内にある曖昧なイメージを、言葉という外部因子を使ってかろうじて補完しているに過ぎない。この冗長な詠唱プロセスを維持するだけで、諸君は本来なら必要のない莫大な魔力を空費しているのだ。
講師は黒板に描かれた図を、力強く激しく塗りつぶした。
「諸君がこれから学ぶべきは、より長く、より美しい呪文ではない。今の詠唱が、いかに手順を無駄に積み重ねているかを理解し、最短距離で結果を導き出すための『プロセスの解体』だ。詠唱が必須であるという固定観念を疑え。さもなくば、君たちは一生、マナを浪費するだけの生きた器で終わるだろう。
歴史を振り返れば、過去に無詠唱行使を成し遂えたとされる賢者もいたという。彼らのようになれとは言わないが、学ぶべき先があるということは知っておくべきだ」
アレンはペンをピタリと止め、講師が消した黒板のチョークの跡をじっと見つめた。
彼がノートに書き留めているのは、まだ誰にも見せていない「別の解法」の芽だ。それは誰にも語らず、自分の中だけで完結させるつもりの、ただの思考の残滓に過ぎない。しかし、その眼差しには確かな知性が宿っていた。
生徒たちの表情がわずかに変わる。詠唱という絶対的な常識の奥に、もし何か別の真理があるのだとしたら――という飢餓感が、教場を支配し始めていた。固定観念が、音を立てて崩れ去る音が聞こえるようだった。




