↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説の先にある世界  作者: 藤咲玲


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/121

20話:理詰めの鍛造

 アレンは悩んでいた。腰に差しているのは、今にも刃こぼれしそうな廃棄寸前の短剣だ。そろそろ資金にも余裕がある。新調すべきだろう。


 要望を整理する。


 中二病全開だが、ここは妥協しない。まずは見た目の格好良さは譲れない。次に、メンテナンスの簡略化。手入れなどしている暇があれば、酒でも飲むしな。


 前世の記憶を掘り起こす。アルミナ(酸化アルミニウム)を使えば、完全なメンテナンスフリーとはいかなくとも、実戦レベルで相当なアドバンテージを築けるはずだ。


 俺はそこら辺の土壌に手をつき魔法で刻印し、ケイ素とアルミニウムから、高純度なアルミナ粉末を精製した。


 ※ 街で一番評判の良い鍛冶屋にて


「短剣が欲しい。既製品じゃなく、オーダーメイドだ。いくらで請け負う?」


「物次第だが、短剣なら銀貨5枚といったところだな」


「銀貨10枚でどうだ。ただし、鍛造の工程はこちらが指定する。構わないか?」


「指定だと? ……ふん、変な客だ。言ってみろ」


「この粉を、鍛錬の過程で鋼の間に絶えずまぶして叩き上げろ。折り返しのたびにだ。そうすれば、鋼の組織にこの粒子が強制的に圧着される」


 鍛冶屋の親父は、差し出された真っ白な粉を指先で取り、眉をひそめた。


「なんだこの粉は……石灰か? 砂か? そんなものを鋼に混ぜれば強度が落ちるに決まっているだろう。不純物を徹底的に叩き出すのが、鍛冶の基本なんだよ」


 アレンは表情一つ変えず、懐から一枚の図面を取り出した。短剣の詳細が記された図だ。


「不純物じゃない。これは『安定剤』だ。鋼の結晶格子を強固に固定し、加熱時の脱炭を物理的に遮断するための触媒だよ。親父さん、あんたがこれまで研磨で削り落としてきた鋼の寿命を、俺はこれで数倍に引き延ばす」


「なんだ? 小難しいことぬかすじゃねえか。研磨を減らすだと? ……それに、この粘土状のペーストで仕上げろと?」


「大した手間じゃない筈だ。いいだろう?」


 親父はアレンが手渡したアルミナ・ペーストを指でかき混ぜた。魔力的な気配は一切ない。だが、その塊からは、言葉にできない異様な密度が感じられた。


「……お前のやり方は、俺の知っている鍛冶とまるで違う。だが、妙だ。この剣が完成した時の姿が、最初から幻視のように見えてくる」


「この手法で焼入れを行えば、刃こぼれは発生し得ない。手入れもほとんど必要としない、錆びない。俺が欲しいのは、何年酷使しても切れ味が鈍らない相棒なんだよ」


 親父は深く溜息をつき、火床に空気を送り込んだ。


「変な奴だ。お前の言っている事は夢物語の道具だぞ! だが職人として血が騒ぐな。わかった。お前のその『理屈』が本当に正しいのか、この鋼で証明してやる。……ただし、もし途中で折れたら、その時はお前が叩き出されると思え」


「ああ。折れるはずがない。手順通りに行う限りな」


 工房の中は、鋼を叩き打つ重厚な響きと、魔法によって完全に制御された火床の低い唸り声で満たされていた。


 親父の鍛え抜かれた腕から繰り出されたハンマーが、真っ赤に焼けた一塊の鋼へと容赦なく振り下ろされる。アレンは無言のまま、火床の火の粉を見つめていた。彼の鋭い視線は、鋼が放つ熱の色の微細な変化をひたすらに追い続けている。


「温度が上がりすぎている。……今だ、今の色が『チェリーレッド』だ。迷わずすぐに引き上げて、粉をまぶせ」


 親父は息を呑み言われた通りに、鋼を火床から素早く引き抜き、用意していたアルミナの微細な粉末をその表面へと散布した。


 ジジジ、と耳障りで異様な音を立てながら、粉が激しい熱に馴染んでいく。常識的な鍛造の工程ならありえない光景だった。なぜなら、ただの不純物を自ら塗り込んでいるようなものだからだ。だが、その時の親父の目は血走っていた。


「……ッ! なんだこれ!? 鋼が……逃げねえ……っ!」


 親父が驚愕の声を上げた。本来、どんなに良質な鋼であってもハンマーで叩けば、その衝撃で表面の金属組織がわずかに外側へと流動してしまう。しかし、アルミナの粒子を巧みに挟み込んだその鋼は、ハンマーからの衝撃を正面から完璧に受け止め、内部へ、内部へと粒子を力強く食い込ませていく。


「当然だ。結晶格子の隙間を物理的に塞いでいるんだからな。折り返せ。次は縦の面だ。……おい、色が褪せてきたぞ。すぐ火床に戻せ、今の『曇った赤』は温度が下がりすぎだ」


 親父は額に汗を浮かべ、息を荒くしながらも、指示通りに鋼を幾重にも折り畳み、また火床へと放り込んだ。十回、二十回と、折り返しの工程を繰り返すたびに、鋼は本来の安っぽい赤々とした色を急速に失い、代わりに冷たく、深く、そして圧倒的な鈍い銀灰色の光沢をその身に宿し始めた。


 やがて、二本の美しい短剣が仕上がった。最後の仕上げは、命運を分ける焼入れである。


「いいか、今の色が『鮮やかな夕焼け色』だ。この瞬間に、迷わず水へ沈めるぞ。……叩き終わったか? よし、今だ!」


 ――ジュウゥゥッ!!


 工房内が一瞬にして真っ白な蒸気の膜に包まれる。親父は蒸気が完全に晴れるのすら待ちきれず、大きなトングで二本の短剣を水中から引き上げた。


 表面に塗布していた粘土を剥ぎ取ると、周囲の光をすべて吸い込むかのような、深い灰色の刃が現れた。砥石を当てる必要すら最初からない。その刃先はただそこに存在しているだけで、周囲の空気すら切り裂きそうなほどの鋭さを湛えていた。


 アレンは無造作にそのうちの一本を自らの鞘に収め、もう一本を親父の目の前の作業台にコツンと置いた。


「代金だ。いや、これは『報酬』だな。あんたの持つこれまでの鍛冶の常識を一つ破壊してやったことに対する、ささやかなお礼だ」


「……これを、俺にくれるのか?」


「ああ。その剣を一度使ってみろ。どんなに堅い魔獣の牙を叩いたところで、刃こぼれ一つしないことがすぐにわかるはずだ。それが、俺の示した理屈の証明だ」


 親父は信じられないものを見るように震える手でその短剣を握りしめた。まだ熱が残っているはずなのに、手の中で吸い付くような異質な冷気が伝わってくる。


 アレンは振り返ることなく、そのまま工房を後にした。


 後に残された親父は、その完成された短剣をただじっと見つめていた。その刃には、アレンが去った後も、工房の火の色を一切受け付けない、頑なまでの銀灰色の輝きが鋭く宿り続けていた。


 もしこの剣を世に出せば、街中のすべての鍛冶屋が狂ったように騒ぎ出すことになるだろう。そんな圧倒的な未来の予感に、親父は自分のハンマーを握る手をもう抑えることができなかった。新たな技術の扉が開かれたのだ。


 その日の工房は、いつもと変わらない賑やかな朝を迎えるはずだった。鍛えられた鋼を打つ重い響きと、職人たちの威勢のいい声が外まで漏れ聞こえるはずの場所は、しかし、どこか異様な緊張感に包まれていた。


 工房の主である親父の様子が、朝から明らかに違っていた。彼の太く節が浮き出た手には、あの日の少年――アレンが置いていった一本の「銀灰色の短剣」が、まるで宝物のように大切に握りしめられていた。


 そこへ、この街の冒険者ギルドでも誰もが一目置く、腕利きのSクラス冒険者・ガルドが姿を現した。彼の今日の狙いは、硬い魔獣の分厚い皮を完璧に剥ぎ取るための、最高級の切れ味を持つ短剣の新調だった。


「親父、いい仕事しねえとな。次の任務は厄介なんだ。……ん? なんだその手にある見慣れねえ短剣は」


 ガルドの鋭い視線が、親父の持つ手元に吸い寄せられた。特別に美しい鏡面仕上げが施されているわけでもなく、かといって粗悪な鉄の塊というわけでもない。ただ、周囲の光を嫌うように鈍く、深く光る銀灰色の肌。


「ああ、これか? いや、驚くなよ。これは売り物じゃねえ。……とある風変わりな客が置いていった、胡散臭い代物さ。なんでも、手入れは一切不要、決して錆びず、どんなに叩いても刃こぼれすらもしねえだとよ」


「……錆びねえ、だと? 刃こぼれもしねえだと?」


 ガルドは鼻で激しく笑った。長年、数え切れないほどの魔獣と渡り合い、幾多の鋼を知り尽くした彼にとって、そんなものは「夢物語」か、あるいは悪質な「詐欺」の言葉にしか聞こえなかった。


「ふざけたことを言うな。貸してみな。……ふん、ただの小ぶりな鈍器じゃねえか。これで『手入れいらず』だと?」


 ガルドは信用しきれないといった様子で鼻を鳴らし、カウンターの端に転がっていた、廃棄予定の極厚の鉄板を力任せに掴むと、ためらうことなくその短剣を全力で叩きつけた。


 ガィンッ!! と、工房の壁を揺らすような耳をつんざく金属音が響き渡る。


 ——だが、その直後、親父は息を完全に呑み込んだ。


 短剣の刃先は、硬い鉄板をまるで柔らかいバターのように抵抗なくズブリと突き抜けていた。さらに恐ろしいことに、刃の表面には傷一つついていない。それどころか、刃先は叩きつけた直後と変わらず、吸い込まれるような静謐な光沢をまるで失っていなかった。


「……は、嘘だろ……?」


 ガルドの顔から、先ほどまでの余裕の色が完全に消え去った。彼は青ざめた顔で震える手によりしっかりと短剣を握り直し、今度は加減なしで、あえて工房の頑丈なアンビル(金床)の角へと、その刃を真っ向から全力で打ち付けた。


 カィンッ!!!


 金属が悲鳴を上げるような、澄んだ高い音が工房に響き渡る。アンビルには、なんと深々と抉れたような痛々しい傷跡が刻み込まれていた。


 だが、短剣の刃は、欠けるどころか、まるで「何事もなかったかのように」冷たく、静かに輝きを放っている。


「親父……これ、一体どういう細工だ? 魔力がこもっている気配は微塵もねえ。純粋な物理の……いや、鋼の塊が、ただ異常に硬く、密度が狂っているだけだ。こんな代物を作りやがったのは、いったい誰だ!?」


「あ、アレンという……名前の、まだ若いガキだ。ただの客だよ……」


「ただの客だと!? 冗談じゃねえぞ!」


 ガルドの全身の震えが止まらなかった。これはただの武器ではない。国宝級の代物、いや、もしかしたら神話級の遺産と言っても過言ではない代物だ。


 この短剣さえあれば、どんなに硬い外殻や鱗を持つドラゴン相手だろうと、日々の面倒なメンテナンスなしで数千回、数万回と狂うことなく切り裂き続けることができる。


 この日の昼下がり、鍛冶屋から飛び出したガルドの興奮と動揺は、瞬く間にギルド全体の噂として駆け巡った。


「あのさびれた鍛冶屋に、錆びもせず、刃こぼれも絶対にせぬ『伝説の聖剣』ならぬ短剣があるらしいぞ!」


 翌朝、その噂を聞きつけた鍛冶屋の前には、この信じられない「神話」の真実を一目見ようと、街中の冒険者だけでなく、遠方からやってきた貴族たちまでがごった返し、大騒ぎになっていた。


 そんな喧騒の中心から遠く離れた場所で、当事者であるアレンは、近くの酒場の隅でのんびりとエールを飲みながら、面倒くさそうに小さくため息をついてぼやいた。


「……言ったはずなんだけどな。単なる酸化アルミニウムの微粒子による組織の徹底的な強化だって。みんな、少し騒ぎすぎだ。俺はただ、武器の手入れという無駄な時間が面倒だっただけなのに……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。