第17章:中継街の夜
馬車が長旅の途中にある小さな中継街に到着したのは、空の広がりが茜色の鮮やかなグラデーションに染め上げられる夕暮れ時だった。
アレンは街道沿いの手頃な一泊の宿を取り、荷物を下ろすと、階下の薄暗い食堂の隅の席へと腰を下ろして夕食を注文した。ほどなくして運ばれてきたのは、ざっくりと切られた根菜をじっくりと煮込んだ熱々のシチューと、香ばしく焼かれた猪肉の生姜焼き風の肉料理だった。
(猪肉特有の獣臭さを、現地の生姜のような香草ですっきりと消し、加熱によって脂の旨味を最大限に引き出しているのか……)
フォークで一口分をすくい上げて口に運ぶと、素朴ながらも重層的で深い味わいが口いっぱいに広がった。自分の予想を超えたその素朴な美味さに、アレンは驚いて小さく目を見開いた。前世の現代世界で日常的に食べていた無機質な冷凍食品やコンビニ弁当などとは到底比較にならない、食材そのものの生命力をダイレクトに感じる確かな味だった。
胃袋を満たした適度な満腹感が肉体の旅の疲れを心地よく癒やし、彼は早々に自分の部屋へと戻った。
ギシギシと音を立てる固い木製のベッドに横たわり、薄暗い天井の木目を見つめながら、アレンは明日からの思考を巡らせる。
(魔術、あるいは魔法……。この世界における現象は、既存の物理法則の単純な拡張なのか。それとも、個人の強靭な精神が外界に干渉した結果なのか)
かつての元世界で執筆していた未完の小説の設定資料の断片が、次々と脳裏をよぎる。しかし、それらはあくまで頭の中で勝手に作り上げた創作の中の概念に過ぎず、現実の理屈とは違っていた。
何もない空間のなかに突如として火を燃え上がらせ、淀んだ水を自在に操る。そんな科学を無視した不可思議な現象が、この世界ではごく当たり前の日常として起きている。自分がチートとして持っているはずの【空間操作】や【時間減速】という破格のスキルも、突き詰めればこの世界の魔術体系のどこかに組み込めるはずだった。
(もし、この世界の魔法が単なる個人のイメージの具現化なのだとしたら……俺がかつて書き殴った設定は、ただの身勝手な『願望』に過ぎなかったのか? それとも、実際に世界を書き換えるための基盤になり得るのか……)
いくら考えても、決定的な答えはまとまらない。疲労した脳の思考回路が徐々に鈍り、重い瞼がゆっくりと下りていく。
彼は「魔法の本質とは一体何なのか」という答えの出ない問いを深く抱えたまま、長い旅路の初日の夜を、静かな眠りへと預けたのだった。




