第14章:学びの代償
古びた武具店を後にして、夕暮れに染まり始める街路を歩きながら、アレンはつい先ほど購入したばかりの簡素な鉄の剣の柄に、手元にあったあり合わせの布をしっかりと巻き付けていた。あの謎の女――エルエルが残した冷徹な忠告の言葉が、今でも重くアレンの脳裏に何度も反芻していたからだ。
――『道具の手入れもできないようじゃ、そんな甘いやり方ではあっさり死ぬわよ』
ただ闇雲に力を求めて剣を振り回すだけでは、この冷酷で理不尽な世界で長く生き残ることはできない。まともな戦闘技術の基礎もないくせに、肝心の道具の管理すら満足にできていなかった己の甘さと未熟さを痛いほど痛感したアレンは、そのまま足取りを早めて真っ直ぐに冒険者ギルドへと戻り、いつもの受付のカウンターに立つエレナの姿を探した。
「すまない、エレナ。ちょっと今いいだろうか、聞きたいことが……」
「あら、アレンさん! お疲れ様です」
カウンター越しにアレンの姿をとらえたエレナは、パッとその表情を華やかに輝かせ、いつも変わらない優しく親しみのある微笑みを向けた。
「……ああ。ちょっと今後のために切実な事情があってね、いくつか教えてほしいことがあるんだ」
アレンは努めて冷静に、感情を殺したトーンで言葉を選びながら切り出した。
「実は、自分の未熟さを痛感してね。ちゃんとした剣術の基礎、そしてあわよくばこの世界における『魔法の理屈や体系』そのものからしっかり勉強し直したいんだ。どうやら独学だけでは、早晩限界が来ると思ってね」
その意外すぎる相談内容に、エレナはわずかに驚いたように美しい目を丸くし、それからクスリと柔らかく苦笑した。
「魔法に剣術の基礎ですか? それはまた……非常に意欲的ですね。冒険者としての基本とはいえ、どちらも一朝一夕で身につくものではありませんし、本気で取り組めば一生をかけても完全に極めることなどできない険しい道ですが……?」
彼女はそう言いながらも、アレンの真剣なまなざしに何かを感じ取ったのか、カウンターの下をごそごそと探り、一枚の古びた、しかし丁寧にファイリングされた羊皮紙のパンフレットを取り出してそっと差し出した。
「ギルドでも、新人の方向けに定期的な講義や簡単な実技指導は開いていますが……もし本気で知識を深めたいなら、あまりここでの簡易的なものは個人的にお勧めしません。ここではどうしても初歩的な内容に留まってしまいますし、時間も一〜二時間程度の短いものばかりですから」
エレナは少しだけ声を潜め、まるで秘密を打ち明けるかのように親身になってアドバイスを続ける。
「本当に一から本気で学ぶつもりなら、ここから馬車で二日ほどの距離にある、この地方最大の城塞都市『オルフェリア』の学園都市区画へ行くのが一番確実ですよ。あそこでは一般向けの公開講座や、身分に関わらず誰でも受講できる科目等履修生の制度が充実しています。平民の身分であっても、条件さえ満たせば問題なく利用可能ですから」
彼女は少しだけ思わせぶりな笑みを浮かべ、さらに続ける。
「受講料は内容によって有料のものもあれば、無料のものもありますし……これはここだけの話ですが、熱心な若者には特別に免除の枠もあるんです。アレンさんだけに、こっそり教えてあげましたね」
「……あ、ありがとうございます……助かるよ」
アレンは恭しくその羊皮紙を受け取り、書かれている詳細なカリキュラムと都市の構造に素早く目を走らせた。
(城塞都市オルフェリア……ここから馬車で二日か。今の俺に決定的に欠けている『体系的な知識と理論』を最短で手に入れるなら、確かにあの街の学園を経由するのが最も合理的で、確実な最短ルートだ)
エレナが向けてくる含みのある好意的な視線や探るような気配はあえて無視し、アレンの冷徹な脳内では、すでに次の行動プランが完璧に構築されていた。彼にとって今必要なのは、その先にある学園の具体的なカリキュラムの把握と、そこへ安全にたどり着くための確実な移動手段、そしてそれを支えるための資金だけだった。
「……本当にありがとう、エレナ。いい参考になった」
アレンは静かに礼を言うと、懐から財布を取り出して軽く重みを確認し、ギルドの壁面にずらりと貼り出された高難度の依頼や移動に関する掲示板へと、迷いのない視線を移した。
オルフェリアまでの馬車代、学園での登録料、そして当面の生活維持費。今日から先の自分のすべての行動は、「あの都市へたどり着き、知識と権限を手に入れるため」の準備に完全に集約されていくのだった。




