第12章:神の落とし物、管理者の焦燥
「……待って、ルカ。魔力波形の記録が変よ」
静まり返った監視室のなかに、エルエルのわずかに緊張を帯びた声が響いた。彼女が指先を滑らせてホログラムのモニターを急拡大させると、画面のなかでアレンが剣を振るうその瞬間に、空間へ刻み込まれる『光の筆跡』が鮮明に記録されていた。それはかつて管理領域から紛失した『創世の羽ペン』が描き出す独自の魔力波と、寸分違わず完全に一致しているものだった。
「これ……ステータスの上昇値、管理プログラムによる通常の自動補正なんかじゃないわ。空間に刻まれたその『筆跡』を、アレン・ノアという個体が直接操作することで、数値の限界を強制的に押し上げているのよ!」
エルエルは驚愕と微かな興奮が入り混じった瞳を輝かせながら、矢継ぎ早に言葉を続ける。
「ペン自体はとっくに消滅したはずなのに、あいつ……『残影』をペンの代用品として空間へ書き込み、独自の魔法陣代わりとして扱っているのよ!
ただ、まだ本人は完全には使いこなせていないようね。自分でも自覚せずに無意識でやっているんだわ。恐らく本来のペンの持つ能力の千分の一程度だと思うけれど、それでも驚異的だわ。スキルそのものの『創世』はできなくても、既存の物理法則を無視した魔法の『創生』くらいは、この調子ならやってのけるかもしれないわね。まったく、完全な想定外よ」
その分析を聞いた瞬間、ルカの顔からサーッと血の気が引き、青ざめていく。もしエルエルの言う通りなのだとしたら、アレンはただの不運な「転生者」などではない。彼は、この世界のありとあらゆる摂理を『編集できる管理者権限』の危険な欠片を、自身の生身の肉体に直接宿してしまった「生ける筆記具」そのものへと変貌してしまっているということだった。
「面白いわね。ペンを失ったというのに、その機能そのものを己の肉体と魂に書き写してしまうなんて」
エルエルは不敵で不遜な笑みを浮かべるが、隣に立つルカの表情は凍りついたように硬いままだった。
「エルエル先輩、こんな状況で悠長なことを言っている場合なんですか!? 彼のやっていることは、神界が定めた管理権限に対する明白かつ重大な侵害ですよ。今のうちに、彼という危険な存在を歴史ごと根絶やしにして消し去る『次元剥奪処分』を上層部に申請して執行し、我々の管理ミスを完璧に証拠隠滅しなくて本当に大丈夫なんですか?」
しかし、エルエルはルカの焦燥しきった言葉にすぐには答えず、ただ静かに沈黙した。彼女の視線は、ホログラムのなかで泥にまみれながらも、なおも冷徹な光を宿した瞳で前を見据えるアレンの姿へと釘付けになっていた。彼が鉄の剣を振るうたび、周囲の空間には肉眼では決して視認できない無数の『筆跡』が空中に舞い散り、世界の理を密かに書き変えていく可能性を孕んでいる。
「いいえ。……そんなもったいない真似はしないわ。もっと間近で、彼のその『創作』の過程をじっくりと観察させてもらうわよ。ペンを失った彼が、この先一体どうやってこの規格外の能力を自らの手で『使いこなしていく』のか。その結末を、特等席の最前列でしっかりと見届けてあげることにするわ」




