第11章:初任務
治安監視官との正式な面談を終え、その非凡な洞察力を買われたアレンは、実戦でのデータ収集と冒険者ギルドでの確実な実績作りを兼ねた、新たな初陣となる討伐任務を斡旋されていた。
足を踏み入れたのは、街の郊外に口を開けた、かつて銀を採掘していたという薄暗く湿った廃坑の奥底だった。周囲を包み込むのは、いつから放置されているのか分からない重く澱んだ空気と、不気味な静寂だけだ。
しかし、その静寂は長くは続かなかった。足元で小石が転がる音と共に、闇の奥から青白く鈍く光る目をした影が複数、不気味なうなり声を上げながらアレンめがけて一斉に殺到してきた。
「――っ、コボルトか……! しかも、一度に五匹だと……!」
アレンは咄嗟に腰の剣を引き抜き、心臓の鼓動が高鳴るのを抑えながら必死に呼吸を整えた。これまでの守衛任務やギルドの書類仕事で見てきたベテラン戦士たちの立ち回りや足さばきの記憶を頭の中で全力で引き出し、それを今の自分のひ弱な肉体に無理やり落とし込もうとする。だが、極限の緊張と恐怖から荒い息が漏れ出し、頭で描く理想の動きに肉体がどうしても追いつかない。
ギャァァッ! と甲高い鳴き声を上げながら、コボルトの一匹が錆びついた粗末な短剣を振り下ろしてきた。躱しきれず、アレンの肩を鋭い刃がかすめる。生温い皮膚が裂け、ジンジンと焼けるような熱い痛みが背筋を一気に駆け上がったが、アレンは死物狂いで剣を放さなかった。
「くそッ……!」
洗練された剣技など、今の彼にはない。あるのは、ここで死ねばすべてが終わりという剥き出しの執念だけだった。アレンは無我夢中で身体を捻り、持てるすべての力を込めて剣を力任せに振るう。ただ目の前の敵を何としても払い除けようと、がむしゃらに腕を突き出した。
その泥臭い一撃が、奇跡的な角度でコボルトの急所を深々と貫いた。
「……倒した、のか?」
自分の手で初めて生きた魔物を討伐したという事実を咀嚼する間もなく、次の一匹が剥き出しの鋭い牙を光らせながら猛然と飛び込んでくる。アレンは再び、血に濡れた剣を必死に振り回した。美しいフォームなどかけらもない。泥にまみれ、酸欠のように息を荒くしながら、泥臭く、ただひたすらに鉄の塊を敵へと叩きつける。
これまでの日々の観察で蓄積した敵の癖に関するデータと、この過酷な世界で何としても生き残り、這い上がってやるという執念が生み出した、極めて荒削りな猛攻だった。
その激闘の最中、アレンの意識の深層で、突如として無機質な電子音のような響きが脳裏を直撃した。
『レベルが6へ上昇しました』
【ステータス】
Lv. 6 (↑+1)
体力 20(↑+2)
力 12
敏捷性 14(↑+1)
持久力 13(↑+1)
精神力 8
【スキル】
【身体強化:Lv.2】
【空間操作:Lv.0】
【時間減速:Lv.0】
※ 数分後。
静まり返った廃坑の冷たい坑道には、返り血を浴びて動かなくなったコボルトたちの無残な死骸がゴロゴロと転がっていた。
アレンは湿った冷たい石壁に背中を預け、肩を大きく上下させながら荒い息を吐き出す。頭の中に突然響いた謎の声のことは、今の死闘による極限状態のせいで脳が見せた幻覚か、あるいは別の何かなのか、その時の彼には判断する余裕すらなかった。
自分の手のひらをじっと見つめる。なぜ、あの圧倒的な数の不利の中からこれだけの敵を独力で倒し切ることができたのか、自分でも確信は持てなかった。ただ、全身の筋肉が軋み、力任せに武器を振るった生々しい疲労と手のひらの感覚だけが、紛れもない現実として確かに残っている。
翌日、帰り際に立ち寄った冒険者ギルドのカウンターに、討伐の証であるコボルトの耳の束を無造作に置くと、対応した若い職員の女性は目を丸くし、信じられないものを見るような顔でアレンの顔と証拠品を交互に見つめた。
「……これ、本当にあなたが、たったひとりで討伐してきたのですか……?」
アレンはボロボロになった服についた微かな埃や汚れを淡々と払い落とし、いつもの冷静な仮面を貼り付けて努めて平然としたトーンで答えた。
「……ああ、そうだ。色々と苦戦はしたが、なんとか、一人でこなせた」
その場で受け取ったずっしりと重い銀貨15枚の束を懐にしまい、アレンは静かに背中を向けてギルドの喧噪の中へと歩き出した。
今の自分の肉体には、まだ世界を揺るがすような超常的な力や、目に見えるほどの圧倒的な魔力の奔流は感じられない。だが、昨日までの「無力で運の悪いだけの平民」だった自分とは何かが確実に、そして根本から変わり始めているという強烈な手応えが、アレンの心の奥底に静かに、しかし力強く灯り始めていたのだった。




