第10章:境界線の外、死の死角
ひんやりとした朝の空気がまだ残る西門の広場に、約束の時間通りに現れたのは、治安維持局を統括する治安監視官の男と、歴戦の百戦錬磨を思わせる数名のベテラン傭兵たちだった。傭兵たちは、新入りとして加わったアレンの細身で華奢な体躯を一瞥すると、鼻でフンと冷笑を浮かべ、頼りない足取りの若造を見るような侮蔑の目を向けた。
一行は重厚な門をくぐり、街の外縁に広がる、最近特に魔物の活動が活発化している荒涼とした荒野へと踏み出していく。
「おい、新人のアレン君。お荷物になって俺たちの足を引っ張るなよ。いざとなったら見捨てるからな」
ベテランの一人がからかうような低い声で吐き捨てるが、アレンはそれに動じることなく、ただ無言で小さく頷くだけだった。自分自身に彼らのような怪力や、正面から魔物を押し潰すほどの圧倒的な武力がないことは、誰よりも本人が一番よく理解していた。
だが、アレンには筋肉の代わりに、絶対的な「データ」という強力な武器があった。
この数日間、西門の門番として無数の商人の荷車を検閲し、行き交う旅人たちの話を拾い集める中で、彼は街の周辺地図の細部と、時期ごとの魔物の目撃情報を驚異的な精度で脳内に蓄積し続けていた。どの岩陰に野生の魔物が潜みやすいか、どの風向きの時に獲物の血の匂いがどちらへ流れていくか。その環境的要因のすべてが、彼の頭の中で完全にマッピングされていたのだ。
アレンは一行の先頭に静かに立ち、足の裏から地面を通して伝わる微かな振動と、空気のわずかな淀みに全神経を集中させる。
(……来る。位置は、左前方にあるひび割れた岩陰の裏だ)
アレンは無謀にも剣を抜く代わりに、懐からあらかじめ用意しておいた、その魔獣が猛烈に好む特殊な匂いを発する乾いた干し肉を取り出し、死角へと正確に投げ込んだ。
不意を突かれた魔獣が、美味な餌の匂いに気を取られて動きを止めた――そのほんの一瞬の隙を逃さず、アレンは後ろに控えるベテラン傭兵たちへ向かって、淀みのない鋭い指示を飛ばす。
「そこだ!岩の裏に回り込め! 逃がすな、挟み撃ちにする!」
アレンのあまりにも的確で迷いのない声に、反射的にベテランたちが動いた。彼らが迷わず岩の裏へ飛び出すと、そこにいた魔獣は完全に隙を突かれ、反撃する間もなくベテランたちの連携した一撃の餌食となった。アレンが絶妙なタイミングで最善の場所と行動を指示してくれたおかげで、誰一人かすり傷一つ負うことなく、完全に被害ゼロの状態で戦闘は瞬く間に完了した。
鮮血に染まった武器をそれぞれが静かに収めながら、ベテランたちはどこか気まずそうに、そして不思議そうな顔でアレンを見つめた。彼ら自身、自分たちの身体がなぜあそこまでスムーズに連携し、無駄なく動けたのか分かっていなかったからだ。
「……おい。今の敵の位置の特定と、あの的確な指示、お前が全部やったのか……?」
アレンは自分の剣を淡々と鞘に収めると、感情を殺した平坦な声で答えた。
「大したことじゃない。この街の周辺における過去一ヶ月の魔物の出現傾向と地形のデータをまとめただけだ。……ちなみに、次はおそらく、あの前方に見える枯れ木の裏に別の個体が潜むはずだ。安全に行くなら、あそこを大きく迂回して避けるか、遠距離から弓矢を集中させて先手を取るのが最も合理的だな」
アレンには、まだ敵を両断するような強大な魔力も身体能力もない。だが、彼はこの現場の誰よりも「次に何が起き、どう動くべきか」という未来の正確な一手を知っていた。
少し離れた場所からその一連のやり取りを観察していた治安監視官は、手元のメモ帳を強く握りしめたまま、鋭い眼光でアレンの背中を見つめていた。彼がその瞬間に深く評価したのは、個人の暴力的な戦闘力などではなく、混沌とした戦況そのものを完全に支配し、組織を勝利へと導く「極限の制御能力の高さ」だった。




