第八章:これは雇用契約なので溺愛は不要です、と思っていたはずなのに(2)
クライブがイリヤの前にかばうようにして立つ。
魔法がぽんぽんと出るほど、イリヤは魔法の訓練を積んでいない。魔法を使いたいと思ってから、それなりに時間を要する。
エーヴァルトと彼の護衛も、イリヤたちを守るように剣を向けている。
「ギャァアアアア」
一匹が飛び出し、宙を飛んだ。そこに向かってアレンも剣を突き刺す。
「グルァアアアアア」
剣先をうまくかわいた魔物は、アレンを標的にして襲いかかる。他の魔物も次々に、牙と鋭い爪を向けてきた。
「クライブはイリヤ殿を守れ。私は、マリアンヌを守る……」
銀色の髪をバサッとなびかせ、魔物を切りつけたエーヴァルトであるが、そもそもイリヤはマリアンヌを抱っこしている。イリヤを守るもマリアンヌも守るも、この場合、同じ意味にはならないだろうか。
なんて、考えながら、右手に魔力をためていく。
「クライブ様。どいてください」
攻撃魔法なんて、使ったことがない。使う必要がなかった。
クライブが身軽にすっと横にそれると、魔物がこちらに向かってくるところだった。端から見たら、クライブが逃げ出したようにも見えなくない。
イリヤは両手を前に突き出す。
それに合わせてマリアンヌがぶんぶんと両手を振り回す。
――ボンッ!
イリヤの両手からは火の玉が連続してボンボンと飛び出していった。全部で五つ。
それが魔物にあたると、一気に炎が魔物を包み込んだ。ジュッと焦げる匂いがたちこめる。残りの四つも魔物を追いかけ、グワッと火で覆う。
その様子をぽかんと見つめる騎士たちであるが、それでも魔物は次々とこちらに襲いかかってくる。
「ぼやっとするんじゃねぇ!」
昨日の紳士的な振る舞いからは想像できない。アレンの荒々しい声が響く。
「イリヤ」
クライブがイリヤの肩を抱き寄せると、しゅっと背中を何かがかすった。
「グルルルルルぅ」
「あっ」
魔物の爪がイリヤの背を引き裂こうとしたのだ。しかし、寸でのところでクライブが助けてくれたため、抱っこひもの背の部分が切られただけで済んだ。
「マリー!」
勢いよくクライブに引き寄せられたため、マリアンヌはするっとイリヤの腕から抜け出て、まるでたかいたかいをされているかのように宙を飛ぶ。
「え~ば~」
「だから言っただろう? マリアンヌは私が守ると」
エーヴァルトはマリアンヌに腕を伸ばして、彼女を抱きとめた。
「エーヴァルト様! マリーを……きゃっ」
呑気に会話をしている場合ではない。魔物が肉を求めて襲いかかってきた。
「私を信用しろ。マリーだけは何があっても守る」
その言葉を信じられるのが怖かった。エーヴァルトがそう言った以上、それは絶対に守られる。なによりも相手がエーヴァルトだからだ。
「イリヤ。ああ見えても陛下は強い。マリアンヌをお願いしよう」
クライブと背中合わせになり、イリヤは次の魔法を放つために魔力をため始める。
クライブは剣を振り、襲ってくる魔物を次々に斬っていく。ちらっとしか剣捌きをみていないが、イリヤから見てもそれが達者であるとわかった。
頭もきれて、剣術もできて、顔がいいとは、ちょっと悔しい。
「もぅっ!!」
その悔しさを火の魔法にのせてみた。バシュっと魔物にあたって、こんがりと毛と肉の焼けるにおいが漂う。
「あだ、あだ、あだだだだ」
エーヴァルトに抱きかかえられながら、マリアンヌが手足をばたつかせる。彼女の周囲の魔物はふわふわと浮かび上がり、そのままドンと地面に叩き付けられた。
忘れていたわけではないが、マリアンヌは聖女であり魔法が使える。そして、エーヴァルトを眠らせないほどの激しい夜があったとも聞いている。
「キャイン」
地面に転がっている魔物を、エーヴァルトが剣で切り裂く。もちろん、片手でマリアンヌを抱きしめたまま。
「ギャウ」
意外といいコンビなのかもしれない。
「あうあう~」
エーヴァルトの腕の中で、マリアンヌは手を振って何かを命じているように見えた。
「イリヤ。大丈夫か?」
魔物のどす黒い返り血が、クライブの頬を濡らしていた。
「あ、はい。魔法を放った直後は、ちょっと力が抜けた感じがしてしまって」
だからぼうっとしてしまう。すぐに思考を取り戻すのだが、それでもほんの少し、心ここにあらずの時間が生まれる。
「なるほど。だが、オレが近くにいる」
「……はい」
魔力が戻ってきたところで、もう一度かまえる。
魔物の数は、だいぶ減っていた。
アレン率いる第四騎士隊と、そしてなにげにエーヴァルトとマリアンヌコンビの活躍が大きい。
「あれで最後だ」
クライブの言葉に頷き、イリヤはもう一度魔力を込める。だが今までの感覚と異なった。魔力が抜けていくような、そんな感覚。穴の空いた水桶に水をためていくような。
魔力の限界が見えてきた。先ほどまでの火の魔法は放てない。
となれば――
「クライブ様、剣をかかげてください」
イリヤの言葉をすぐさま理解したクライブは、手にした剣先を天に向ける。
イリヤはクライブに向かって魔法を放つ。正確には、彼の剣に向かって。
その剣を手にしたクライブは、残りの魔物に向かって剣を振り回す。
バシュっと、鈍い音が響き、毛が焼け肉の焦げるにおいがした。
「ギャアア!」




