第一章:お仕事募集中です(4)
イリヤとしては、どうしてもこの仕事につきたい。そうしなければ、マーベル子爵かサブル侯爵の餌食になってしまう。それだけは勘弁願いたい。どちらも「どちらにしようかな、神様の言うとおり」にもしたくない相手である。
「求人が偽物だって、どうして決めつけるんですか!」
この騎士には何をどう言っても無駄かもしれない。だからって、ここで食い下がるわけにもいかない。
「偽物も何も……白紙だろうが。これ以上、騒げば、牢にいれるぞ。公務執行妨害だ」
門を守る騎士にとって、その仕事は公務である。それを邪魔したイリヤは公務執行妨害に該当するようだ。
だがいっそのこと、牢にぶち込まれたほうが、彼らの手に落ちなくて済むかもしれない。
そんなことまで考えてしまった。
一気に、イリヤの心の中の何かが、音を立てて崩れようとした。
「……先ほどから何を騒いでいる」
大きな門の脇にある通用門。そちらから颯爽と現れた黒い髪をすっきりと後ろになでつけている男。見るからに騎士ではない。
丈の長い濃紺のテイルコートは襟が立っているし、中のシャツの前立てにもレースがついていて、見るからに文官である。アイビーグリーンの目は、鋭く周囲を威嚇し、銀縁眼鏡が彼をより冷たい印象に仕立て上げる。
「宰相閣下……こちらの不審者を追い払おうとしていたところです」
とうとうイリヤは不審者扱いとなってしまった。
「……不審者? オレには淑女のようにしか見えないが。それとも、物売りの商人か?」
まるで騎士の対応が不当であったかの言いようである。となれば、イリヤの味方と考えてもいいのだろうか。
「いえ。身分を偽って王城に入り込もうとしている娼婦です」
娼婦と言われ、イリヤの心に反抗心が燃え始めた。折れかかった気持ちは、奮い立つ。
それに、柄の悪い騎士は、この男を宰相閣下と呼んだ。となれば、この男に話を通すのが手っ取り早いのでは。
「違います。ケノン職業紹介所の求人票を見てきたんです」
ひくっと黒髪の男はこめかみを震わせた。
「それなのに、この方たちが私を娼婦扱いするのです。紹介状もあります」
イリヤは突っ返された紹介状と求人票を、黒髪の男に押しつける。
「……お前。この求人票を見て、ここに来たのだな?」
「そうです。さっきからそう言っているのに、この方たちが全然信じてくれないのです」
「この求人票……なんて書いてある?」
もしかして、この宰相閣下も字が読めないのだろうか。
「先ほども同じことをこちらの騎士様にも聞かれましたが。もしかして、みなさん。目が悪いのですか?『求む! 家庭教師。子どもの相手が得意な方。性別年齢国籍問わず。住み込み可。詳細は面接にて』ってこんなに大きく書いてあるじゃないですか!」
ひくひくっと、黒髪男の唇が動いた。
「お前……名前は……イリヤ・マーベル? マーベル子爵の令嬢か?」
紹介状の内容を確認したのだろう。
「それが、何か?」
「そうです、宰相閣下。この娘、あの悪名高いマーベル子爵令嬢なんですよ」
柄悪騎士が黒髪男にすり寄っている。
「いや……なんでもない。だが、この娘を通してやれ。これから面接だ」
「やった!」
と声が出そうになったところを、イリヤは慌てて口元を押さえた。
「オレは、クライブ・ファクト。おそらく、お前の雇い主になるだろう」
彼は眼鏡を人差し指で押し上げると、そう名乗った。
名前だけは聞いたことがある。若いながらも宰相を務めており、なによりもファクト公爵家の当主でもある。
「イリヤ・マーベルです。よろしくお願いします」
イリヤは深く頭を下げた。そして頭を上げたところで、柄悪騎士に向かって、あっかんべーとしてやる。
その姿は、見事クライブに見られていたようだ。森の中を思わせるようなアイビーグリーンの瞳が笑っていた。
クライブに連れられて、王城内を歩く。
たったそれだけのことなのに、先ほどから変な視線がまとわりついている。
「気にするな。オレが女を連れて歩いているから、珍しいだけだ」
「つまり、私がイリヤ・マーベルだから見られているわけではないということですね?」
その言葉に、クライブは、ふんと息を吐く。
「どれだけ自惚れているんだ? オレだって、お前の顔は知らなかった。オレの隣にいる女性がイリヤ・マーベルであると知っているのは、先ほどの門番くらいだろう」
「てことは、不思議ですよね。みな、私の顔を知らないのに、私のことを勝手に悪女とか毒婦とか言うのですよ。先ほどの騎士様も、私がイリヤ・マーベルだと知った途端、態度を豹変させたのです」
いや、もともと態度の悪い柄悪騎士だったが、それがいっそう酷くなったのだ。
「なるほどな……」
そう呟いたクライブが何を思ったのかは知らないが、毒婦とか悪女とか男を手玉にとるとか、そういった噂と実際のイリヤは違うということを知ってもらえれば、それでいい。
その機会がやってくるかどうかもわからないが。
「……この場所で面接を始める。だが、お前は間違いなく採用だ」
面接する前から採用された。
「それって、面接の意味がありますか?」
「ある。お前という人柄を見る必要がある。条件は満たしているから、これで不採用となれば、お前が最低の人間であったということだ。例えば、噂通り悪女、とかな」
「本当の悪女であれば、面接で悪女とばれるような態度は取らないかと思います。本当の悪女は人の知らないところで、それとなくばれないように行動するのです。ですから、噂になっている時点で悪女は悪女ではないのですよ」
「なるほど。お前が面白い女ということだけはわかった。さすがマーベル子爵の娘だ」
この場合、どちらのマーベル子爵を言っているのかがわからない。だけど、それを追求するのはやめておこうと思った。
鉄紺の重々しい扉には、金で葡萄の蔦のような模様が描かれている。クライブは、葡萄の形をあしらった叩き鐘をゆっくりとたたき付けた。
――ぎゃ、ん、ぎゃぁあああ……。




