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第五章:それは追加契約になります(4)

 召喚の儀式で召喚されるのはマリアンヌであるはずなのに、なぜそこにイリヤが現れるのか。

 いくらイリヤに魔法が使えると言っても、転移魔法といった高度な魔法は使えない。もしかしたら、魔法使いたちにそれを頼むのだろうか。


 しかし、頼んだら頼んだで、秘密を知る者が増える。秘密を知るものが増えれば、それだけリスクは高まる。


 クライブと並んで王城の回廊を歩くのは初めてではないというのに、人からの視線を感じる。クライブと歩くといつもこうだ。イリヤとクライブが結婚した事実を、彼らが知っているのか知らないのか、それすらイリヤは知らない。クライブが結婚したことを、公にしているのかしていないのかすらわからない。わからないまま、四か月が過ぎた。


 つまり、気にしてはいけないのだ。それはいつものこと。


 今日、案内された場所は国王の執務室である。この場所は、イリヤが初めて王城を訪れたときに通された部屋でもある。


「陛下、イリヤを連れてきました。今日は、マリアンヌはおりませんからね」

「おお、イリヤ嬢。忙しいところ、呼び立ててしまってすまない」

「ご無沙汰しております、エーヴァルト様」


 スカートの裾をつまんで挨拶をすると、クライブが冷たい視線でイリヤを見下ろした。


「……イリヤ。いつから陛下を名前で呼ぶようになったのだ?」


 クライブのこめかみがふるふると震えているように見える。


「そうですね。いつからと言われると、いつからでしょう?」


 確か、前回、マリアンヌを連れてきたとき。かもしれない。

 トリシャを名前で呼んでいたら、エーヴァルトも名前で呼んでほしいと言い出した。かもしれない。

 そうクライブに答えると、彼は目を細くして「そうか」とだけ呟く。


「閣下、どうかされました?」


 イリヤが首を傾げると、エーヴァルトは笑いをこらえている。


「イリヤ嬢、とにかくそこに座ってくれ。クライブもな」


 エーヴァルトに促されて、イリヤがソファに座ると、クライブも隣に座ってくる。


「閣下……近くないですか?」


 じとっと視線を向けると、クライブは「ふん」と腕を組んで足を組んだ。つまり、その場から動くつもりはないようだ。イリヤが少しだけ腰を浮かせようとしたら、今度はクライブがギロリと睨んできた。だから、結局その場から動けなくなった。


 いつの間にか給仕がやってきて、テーブルの上にお茶やらお菓子やらを並べていく。


「イリヤ嬢は、キャラメルのお菓子が好きだと聞いていたからね。呼び立てたお詫びだ。食べながら話を聞いてほしい」


 にっこりと笑っているエーヴァルトに対して、クライブは不機嫌である。


「イリヤはキャラメルが好きなのか? オレはそんな話を聞いたことがない」


 イリヤだって、エーヴァルトにはそのようなことを言った覚えがない。だけど以前、トリシャにはどのようなお菓子が好きかを聞かれたことがあったから、トリシャからエーヴァルトに情報が流れたのだろう。


「以前、トリシャ様に聞かれたから答えただけですよ」

「そうか」


 クライブが、なぜムッとしているのか、イリヤにはわからない。


「ほうほう。クライブもそのような顔ができるようになったか」


 どんな顔なのかと思って、クライブの顔を見つめてみるものの、そこにはいつもの彼の顔があった。


「閣下。どうされました? このお菓子、美味しいですよ」

「オレたちはお菓子を食べにきたわけではないだろう? 陛下、さっさと説明してください。イリヤだって暇ではないのですよ」


 はいはいと答えたエーヴァルトは、やはり楽しそうに笑っていた。


「イリヤ嬢。クライブから聖女身代わりの話は聞いているな? それを引き受けてくれたと」

「はい。マリアンヌが聖女である以上、新しい聖女は望めない。ですが、皆、聖女を求めている」

「その通りだ。マリアンヌが聖女だと公表するという案も出たが、そうなれば逆にがっかりする者もいるかもしれないし、なによりもマリアンヌが狙われる可能性もある」


 それは聖女を手に入れたいと思う者がいるからだ。聖女の力を我が物にし、この国を乗っ取ろうと考えている者も少なからずいる。


「だから、我々はマリアンヌの代役を立てることを考えたのだよ。もちろん、それはイリヤ嬢。君しかいない」


 ぴしっとエーヴァルトがイリヤを指さした。その指を、腰を浮かしたクライブが掴む。


「痛い痛い痛い痛い、クライブ。何をする」

「人に指を向けるな!」

「はいはい。君も、イリヤ嬢のこととなると余裕をなくすのだな」


 くくっと喉の奥で笑う。


「神官長とも聖女召喚の儀について相談した。代役を立てる件もな。召喚の儀の秘匿性については、クライブから聞いたか?」

「はい」


 召喚の儀に立ち会える者は必要最小限。その儀式に立ち会った者が聖女と認めれば、その者は聖女となる。聖女の力を感じることもできるのも、神官長や魔力の高い魔法使いなど、神やら魔法に通じる者たちだけ。


「彼らはこちらの味方だからな」


 その言い方が、何か悪いことを企んでいるかのよう。いや、悪いことに違いはない。これからこのマラカイト王国の国民全部を、いや近隣諸国すら騙そうとしているのだから。


「今回は、皆が皆、聖女を待ち望んでいる。そのため、召喚の儀を行っている間は別室に口うるさい奴らを待たせておこうと思う」


 それもクライブから聞いた。だからこそ失敗できないと思っているのに。


「聖女召喚の儀を行うが、そこで召喚されるのはイリヤ嬢、君だ」

「え?」


 クライブから何度も聞いている話と異なる。マリアンヌは赤ん坊であっても聖女である。だから召喚の儀を行えば、どこにいようともマリアンヌが召喚されると。

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