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第五章:それは追加契約になります(3)

 最近のマリアンヌは、ここに座ると食事ができることを覚えたのか、両手をぶんぶんと振り回す。


「マリアンヌは、朝から元気だな。昨日のことなど、覚えてはいないんだろうな」

「この頃には多いようですから、気にしてはなりません」


 マリアンヌに食事を与えるのは、イリヤの役目である。これは、イリヤ自らが望んだこと。


「旦那様」


 マリアンヌの口元をぬぐいながら、イリヤはクライブを呼んだ。視線は彼には向けない。


「昨夜のこと。お引き受けします」


 近くにはナナカやチャールズもいるため、伝える言葉は最小限である。それでも彼は、この言葉の意味を理解したはずだ。


「……そうか」


 彼に伝えるのであれば早いほうがいいと思った。

 クライブはこのあとは王城へと向かってしまうし、そうなると返事は夜になる。その間、もだもだと一人で考え込むのが嫌だった。こうやって彼に伝えておけば、イリヤ自身の覚悟が決まる。


「では、その件は夜にでも話をしよう」

「はい」


 イリヤはもう一口、マリアンヌの口元にスプーンを運んだ。彼女は大きく口を開けて、スプーンをくわえるともぐもぐと口を動かす。


「マリアンヌはよく食べるな。昨日、一暴れしてお腹が空いたのか?」


 いつの間にか食事を終えていたクライブは目を細めた。


「あ~だ~だ~」

「イリヤ。マリアンヌを預かろう。君も食べなさい」


 クライブがやってきてひょいとマリアンヌを抱き上げ、自席へと連れていってしまう。自分の膝の上に乗せて、今度は彼がマリアンヌにご飯を食べさせる。


 正面にいるマリアンヌは、クライブが言ったようによく食べる。食べて喜んで、喜んで食べる。

 見ているだけで心の奥がぽっとあたたかくなった。だから、このあたたかさを失いたくないのだ。例え、血の繋がりはなくても、マリアンヌはクライブとイリヤの子。子を守るのが親の責務。だから、あの話を引き受けようと決心した。


 食事を終え、クライブを見送る。マリアンヌをナナカに預けたイリヤだが、やはり昨夜の件が尾を引いていた。


 チャールズがそっとやってきて「旦那様からお聞きしておりますので」と前置きをつけてから、今日は休んでもいいとのことだった。イリヤはその言葉に甘えることにした。


 この屋敷は、クライブ自身が人を寄せ付けない性格のためか、訪れる者も少ない。仮に人がやってきたとしても、たいていはチャールズがなんとかしてしまうそうだ。

 たまに、イリヤが呼ばれるときもあるが、それはファクト公爵夫人という肩書きが必要になるときだけ。


 部屋に戻り、少しだけ室内をうろうろとしてから結局ソファでうたた寝することにした。

 朝晩は冷え込むものの、日が当たるとぽかぽかする室内は、イリヤを微睡みの世界へと導く。重くなる瞼に抗うこともできずに、そのまま眠りへと落ちる――





 さわりと人の気配がして目を開ける。


「は?」


 目の前にクライブがいる。今はまだ、服を着ている。レースのついたシャツの上に、いつものテイルコートを羽織っていた。


「目が覚めたか? 迎えにきた」

「むはえ?」


 寝起きのためか、口が上手く回らない。


「昨夜の件。陛下、直々に話をしたいそうだ」

「今から!」


 イリヤの目がぱっと覚めた。今から登城するのであれば、着替えなければならない。


「着替える必要はない。マリアンヌもおいていく」


 あのエーヴァルトと会うというのに、マリアンヌを置いていってもいいものなのか。

 先ほどからクライブは、イリヤの心を呼んでいるかのように言葉を続けている。


「マリアンヌがいると、マリアンヌに気が取られてしまって、大事な話ができない。チャールズにもイリヤを王城へ連れていくことは伝えてある。もちろん、マリアンヌはおいていくことも。何かあれば、すぐに連絡がくるから」

「は、はい」


 急いでサマンサを呼び、乱れた髪を直してもらい、ドレスの上にショールを羽織ってから屋敷を出た。

 馬車の中では、クライブがいきさつを説明する。馬車の中であれば、御者にまで声は届かない。


「イリヤがマリアンヌの代役を引き受けてくれたと陛下に報告したのはよかったのだが。同じタイミングで、やはり聖女召喚をという話が大きくなってきたようでな。議会でも議題にあげるという話になった」


 それだけ魔物による被害が相次いでいるらしい。


「だから、形だけもう一度、聖女召喚の儀を行うということで、今、神官長と話をつめている」

「形だけ?」


 ああ、とクライブは頷く。


「聖女召喚の儀を行っても、聖女はマリアンヌであるからマリアンヌが召喚される」

「それってどういうことでしょう?」

「例えば、マリアンヌが屋敷にいたとしよう。王城で召喚の儀を行ったとしたら、マリアンヌが屋敷から王城へと移動するだけだ。なによりもマリアンヌは聖女だからな」

「はぁ……」


 それでは、マリアンヌが聖女であると公表するだけではないのだろうか。


「そもそも聖女召喚の儀は、神聖なる儀式であることから、不特定多数の立ち会いを認めていない。それもあって、前回はこっそりと行った」


 マリアンヌの正体がばれていないのもそのせいらしいし、昨日もそのようなことを言っていた。


「だが今回は、聖女を求めるやつらを別室に控えさせておく」

「ええ?」

「そして召喚の儀式で現れたイリヤを、聖女として紹介する」


 今までの話を聞いたかぎりでは、聖女召喚の儀を行っても召喚されるのはマリアンヌである。それなのに、なぜイリヤが登場するのか。


 そこで馬車が止まる。


「着いたようだな。続きは部屋で話そう」


 クライブのエスコートで馬車から降りるものの、先ほどの話が気になって仕方ない。

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