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第四章:新しいお仕事ですか?(6)

「お菓子でも食べます? 甘い物は頭をすっきりとさせてくれますよ。これで閣下の悩みも、ずばっと解決できるかもしれません」


 目の前にあるお菓子は、チョコレートを糖衣で包んだもの。チョコレートが溶けにくく個装もされていることから、贈り物として利用されることの多いお菓子である。


 それを一つ手にして、くるんと包装を開ける。


「どうぞ」


 指につまんでクライブに渡そうとすると、彼は口を開ける。


「え?」

「なんだ。食べさせてくれるわけではないのか?」

「ええ?」

「それをオレの口の中に入れればいいだけだろ? ほら」


 まるでひな鳥のように、クライブが口を開けて待っている。


 イリヤは手にしたチョコレートとクライブの口元と、交互に見る。これを口の中に入れるだけと言われればそうなのだが、その行為に躊躇いを覚えるのはなぜだろう。いつもマリアンヌには食べさせてあげているはずなのに。


 そう、マリアンヌと同じだ。


 イリヤはそう思って、手にしたチョコレートをクライブの口の中に放り込んだ。その瞬間、彼はイリヤの指ごとパクリと食べる。


「あ、ちょっと。私の指まで食べてます」


 指を舐めているクライブから変な色気が漂ってきた。イリヤは慌てて指を引き、ナプキンで指を拭く。


「もう。もっと食べたいのであればご自分でどうぞ」


 ぷんすか怒りながらも、イリヤは包装されたままのチョコレート菓子をクライブの前に差し出した。


「なんだ。もう、食べさせてはくれないのか?」


 彼は笑いながらそう言って、もう一つだけチョコレートを手にした。それを長い指でくるりと包装を開けると、今度はイリヤの口の前で見せつける。


「ほら」

「え?」

「いいから、口を開けろ」

「ええ? んぐっ」


 驚いている隙に口の中に放り込まれた。唇が少しだけ彼の指に触れた。

 その指を、クライブはぺろりと舐め取った。


「やっぱり甘いな」


 とにかく、先ほどからイリヤの心臓はうるさい。これではまるで、想いが通じ合っている恋人同士のような、そんな甘い空間ではないか。

 それを断ち切るかのように、イリヤは声を張り上げる。


「閣下。それで、悩み事とはいったいなんでしょう?」

「ああ、そうだった。忘れていた」


 眼鏡の奥の目は笑っている。だからこれはわざとこのようなことを言って、イリヤの反応を見て楽しんでいる。だが、その目が鋭くなった。となれば、これから彼は真面目な話をする。


「最近、魔物の出現が多くなっているという話はしただろう?」


 彼の声色もかわった。


「そうですね。そのための聖女召喚であったと、そうおっしゃっていましたね」


 イリヤの言葉に頷いたクライブは言葉を続ける。


「聖女召喚は成功した。だが、それは一部の者しか知らない機密事項だ。だから、他の者たちからみれば」

「まだ聖女はいない?」

「そういうことになる」


 クライブは腕を組んだ。


「だから、聖女を求める声があがってきている」

「つまり、もう一度聖女召喚の儀を?」

「マリアンヌを召喚したときの儀式も、一部の者しか知らない。そもそも聖女召喚の儀はひっそりと行われるものだからな。いつ行われたかなんて、普通の人間は知らないんだ」


 イリヤだってそのような儀式が行われているのを知らなかった。ただ、魔物が多く出現した時代には、どこからか聖女が現れたと、そういった文献を目にしたくらい。


 クライブはイリヤの顔色をうかがってから、言葉を続ける。


「だが、聖女はもうここにいる。だから、召喚の儀を行っても新たな聖女は現れない。それでも周囲は聖女を望んでいる」


 望まれた聖女は存在するのに、その聖女が望まれた聖女ではなかった。成人した女性ではなく、赤ん坊であるからだ。マリアンヌに瘴気を払って魔物を蹴散らせとお願いしても、彼女には言葉が通じない。


 クライブの悩みを理解した。


「では、どうされる予定なのですか? マリアンヌではない聖女を召喚する?」


 そうイリヤも口にしたが、それは不可能であるとクライブは何度も口にしている。


「そういう意見もあがっている。実は……マリアンヌを元の世界に戻せば、次の聖女を召喚することができるらしい」


 喪失感がイリヤを襲った。手足が急にしびれるような、心臓がバクバクと激しく打つような、呼吸もうまくできないような。


「……え?」

「落ち着け。まだ、それが決まったわけではない。なによりも、陛下がそれを拒んでいる」


 イリヤの味方が身近にいた。エーヴァルトのマリアンヌ溺愛ぶりは気持ち悪かったが、今になっては心強いとさえ思う。


「そうですか……陛下が。そう、そうですよね……」


 ゆっくりと息をする。そのとき、膝の上においてある手に、熱が重なった。はっとすると、クライブがやさしく手を握っていた。


「イリヤ……震えている……」

「ごめんなさい。マリアンヌを失うかと思ったら、少し」


 目頭が熱くなり、涙がこぼれそうになる。力強い腕が、イリヤの身体をとらえて引き寄せた。


「オレも同じだ。マリアンヌを失いたくないと思っている」


 クライブの落ち着いた声が、イリヤの耳をなでた。同じ想いを持つ者が近くにいるだけで、励まされる。


「だから、イリヤ。オレと陛下で考えたことがある。だがこれには、イリヤの協力が必要だ」


 もしかして、それが本当の悩み事だったのではないだろうか。

 クライブは腕の力を弱めてイリヤを解放すると、彼女のラベンダー色の目を食い入るように見つめた。


 とくんと胸が高鳴る。これは、緊張か期待か。


「いいか? よく聞いてくれ。もし、いやだったら断ってもらってもかまわない」


 これほど真剣な眼差しのクライブを見たことがない。いや、初めて顔を合わせて、マリアンヌの母親になってほしいと言われたとき依頼だ。


「……イリヤ。君に聖女マリアンヌの代わりになってもらいたい」


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