第四章:新しいお仕事ですか?(4)
その話を聞くと、あの国王は今よりも子ども時代のほうがしっかりしているように思える。
「それで私もね、クライブと仲良くしようと思ったの。普通に女の子同士がやるようにね、遊べば仲良くなれるんじゃないかなって」
ふっとトリシャの目尻が困ったように下がった。
「あの頃、女の子同士はね。着ているドレスを取り替えっこする遊びが流行っていたのよ」
トリシャが言うあの頃は、イリヤの知っているあの頃とは違う。少なくとも、そういった遊びが流行ったという記憶がイリヤにはないのだ。これが五つの年の差によるものか。
「クライブはドレスなんか着てなかったんだけど。だからこそ余計に服の取り替えっこをしたくなってね」
先ほどの困ったような笑みとは異なる、にやりとした何かを企むようにトリシャは口元をゆがめた。
「それをね、もちろんクライブが嫌がって。私が無理矢理ひん剥いたの」
イリヤの頭の中にそのときの光景がぱっと浮かんだ。けして目撃したわけでもないのに、なぜか容易にそれが想像できたのだ。
「それでね、そのときにクライブが男の子だってわかったんだけど。せっかく服を脱いだのならって、私のドレスを無理矢理着せてみたの。そうしたらね、もう、エーヴァルトが……」
くくくくと思い出し笑いをしたトリシャは、その先の言葉を続けることができないようだ。ひとしきり笑ったあと、ふぅと息を吐いて紅茶を一口飲む。
「とにかく。クライブは顔がいいのよ。女の私がうらやましいと思うくらいにね。それにドレスが似合う」
その言葉で眼鏡を外したクライブの顔を思い浮かべる。顔がいいのは認める。
「まぁ、そういうことがあって。私とクライブの仲はこじれちゃって。さらに、女性嫌いというか女は敵だみたいな、そんな感じになっちゃって。そういうわけで、今まで独身、婚約者なしだったわけ」
つまり、クライブの女性に対する毒吐きはトリシャが原因だった。
「そんなクライブに聖女様の養父が務まるとは思えないでしょう?」
その言葉には同意する。出会った当初の彼は、それはもう、酷かった。マリアンヌはクライブの顔を見ると、眼鏡外し攻撃ばかりしていたし、クライブが抱っこしようとすると変な顔をして暴れ出す。
今では一緒に風呂に入る仲になったが、マリアンヌにどんな心境の変化があったのかなんて、イリヤにはわからない。
「だけど、イリヤが一緒になってくれてよかったわ」
「ですが、私と閣下の結婚は契約結婚です。マリアンヌが結婚しましたら、離婚する予定です」
そうなの? とトリシャは首を傾げる。
「寂しいわね。けれども、マリアンヌが結婚するのは、あと十年以上も先でしょう? そのときにはあなたの考えもかわっているのではなくて? それに、子どもが結婚して手が離れたら、私たちの生活なんて余生よ、余生」
「でしたらその余生は、一人で好きなことをして楽しみたいですね」
イリヤが明るい声で応えると、トリシャは大きくため息をついた。
「どうかされました?」
「いいえ。ただ、クライブはかわいそうねと思っただけよ」
その言葉をトリシャが口にするのかと思わずにはいられないのだが、それは呑み込んだ。先ほどから目の前のケーキが美味しそうで気になっていたのだ。一通り話が終わったところで、イリヤはやっとそれに手を出す。
「イリヤは、どんなお菓子が好きなの?」
そうやって尋ねてくれるということは、次回は好きなお菓子を準備してくれるのだろうか。やはり、王城の料理人たちが作るデザートは別格である。
「そうですね、基本的にはなんでも好きなんですけれども。キャラメルが使われているお菓子は好きですね」
「わかったわ。今度、準備しておくわね」
どうせこれからも王城を訪れる機会はあるのだ。それもこれもすべてエーヴァルトのせいなのだが。
「あ」と、イリヤは声をあげた。
「トリシャ様にお願いがあるのですが」
「いいわよ。イリヤの頼みならお安いご用よ」
トリシャの微笑み方も上品である。
「陛下の件なんですけど……」
イリヤがそう切り出しただけで、トリシャの顔は曇った。
「マリアンヌは十日に一回、王城に連れてくるっていうところは譲れないわ。むしろイリヤ、あなたマリアンヌと一緒にこちらに住まない?」
「それは……閣下と相談しないと返事はできませんね」
「クライブは、その誘いを何度も断っているみたい。だからあなたにお願いしようと思ったのだけれど」
そうであれば、イリヤが王城に通うのが面倒だから、こちらで寝泊まりしましょうと言ったところで、クライブが了承するとは思えない。
「でしたら、無理ですね」
さらりと答えて、ケーキをぱくりと食べた。
「その閣下からの伝言です。陛下にきちんと政務をこなすようにと伝えてほしいとのことです。政務をさぼるようであれば、マリアンヌは連れてきません、と。閣下は何度もそう言っているようなのですが」
「わかったわ。あのクライブのことだから、へそを曲げたら本当にマリアンヌを独り占めしそうよね。もちろん、イリヤもね」
ぱちんと片目を瞑ったトリシャであるが、イリヤを独り占めしたところで、あのクライブにうま味があるとも思えない。
「ぅわ~ん」
マリアンヌの泣き声が聞こえた。すると、周囲の調度品がふわふわと浮き始める。
「え?」
イリヤはおもわずマリアンヌを振り返る。クライブとエーヴァルトは慌ててマリアンヌを宥めているが、彼女が泣き止む様子はいっさいない。
「ぼく、わるくないもん」
たいてい子どもはこう言うもの。トリシャも慌てて立ち上がり、アルベルトに話を聞きにいく。
イリヤはマリアンヌを抱きかかえると、背中をぽんぽんと叩きながら宥める。
「何があったんですか?」
話が聞けそうな成人男性二人を見やる。それでも、そう問うた口調は厳しい。




