第四章:新しいお仕事ですか?(3)
となれば、やはり孤児院や貧民院から魔力のある子を引き取ったのだろうか。魔力のある子は、幼いうちからその力の使い方を学ぶ必要がある。魔力の使い方がわからない子は、力を暴走させることも多く、器物破損や人へ怪我をさせるといった問題が起こるのだ。
「孤児院からの子を引き取ったのですか? もしかして、魔力のある子?」
「ん? どういうことだ?」
「ですから、マリアンヌに兄弟をとおっしゃっていましたよね。だから、新しい聖女様が召喚されたか、孤児院から魔力のある子を引き取ったかと思ったのですが。違いましたか?」
なぜかクライブは、うぅと唸っている。
「そういった話ではない……」
彼は少しだけ苦しそうに呟いた。その意味がわからず、イリヤの心の中にはもやっとした気持ちが残った。
「あ~あ~あ~」
機嫌のよいマリアンヌの声が、馬車内に響く。
王城へ着くと、クライブがマリアンヌを預かった。身体もしっかりとしてきたため、抱っこしながら歩き続けるとイリヤの腕も痛くなる。だから、少しの間であってもこうやってクライブがマリアンヌを抱っこしてくれるのは助かる。
マリアンヌを連れてエーヴァルトに会うときに通されるのは、ライブラリーであった。壁一面に本がずらりと並んだ本棚があるが、ここには幼い子が読むような絵本も多い。アルベルトが勉強したり遊んだりするときにも使う部屋のようだ。
「あぁ。マリー会いたかったよ」
部屋へ入るとすぐに、クライブごと抱きしめるかのようにエーヴァルトが腕を広げてきた。クライブは身をかがめてするりとそれをすり抜けて、アルベルトの前に立つ。
「アルベルト殿下。マリアンヌをお連れしました。今日もよろしくお願いします」
「マリー、げんきだった?」
「あ~う~」
子ども同士、大人にはわからない何かで通じ合っているようだ。
「今日も来てくれてありがとう」
トリシャが上品な笑みを浮かべる。イリヤもそれに応えた。
「アル、マリーを私に抱っこさせなさい」
「ちちうえ、ぼくだってマリーとあそびたいのです」
マリアンヌをめぐって、親子喧嘩が勃発しそうな勢いである。その間に入っているクライブは、アルベルトを宥めエーヴァルトに怒鳴っている。
「本当に相変わらずね、あの人たち」
どこか遠くを見つめるかのようなトリシャの瞳は、過去の記憶を探っているようにも見えた。
「あそこはクライブにまかせて、私たちは私たちで」
片目を瞑ったトリシャを見ると、親近感が沸いてくる。
イリヤはマリアンヌを囲っている人たちのことは放っておいて、彼女とティータイムを楽しむことにした。
室内の日当たりのいい場所にある一人がけのソファと小さな白いテーブル。そこにはすでに、二人分のお茶が準備してあり、テーブルを挟んで向かい合って座る。
「トリシャ様とクライブ様は、幼い頃からのお知り合いであると聞いたのですが……」
それは、クライブがエーヴァルトの愚痴を言い始めたのがきっかけである。マリアンヌを連れていく前日は、エーヴァルトがいろんな意味で重症らしい。なんとか政務はこなしてくれるものの、クライブのストレスがたまると言っていた。
がつんとトリシャから一言、言ってもらえばいいのでは? と提案したイリヤだが、クライブはその答えを濁した。むしろ、イリヤからトリシャに頼んでほしいとまで言う始末である。
「ですが、珍しく。トリシャ様は閣下の苦手な人物のようなんですよね」
少しでもクライブの弱みを握っておきたいという気持ちが、イリヤの中にふつふつと沸き起こっていた。
「ああ、それね」
トリシャはイリヤの言葉に心当たりがあるのだろう。含みを持たせて微笑むと、喉を潤すかのように紅茶を飲む。
「前にも言ったかと思うけれど、私とエーヴァルト、クライブは幼馴染みのような関係でね」
トリシャも元は公爵令嬢、そしてクライブも公爵子息であった。父親が王城に出入りできるような官職に就いており、同い年のエーヴァルトもいたことから、彼に引き合わされたらしい。
「エーヴァルトって昔からあんな感じなの。誰かが見張ってないと勉強もしなくて。それで私やクライブが一緒に勉強する羽目になったのよ。ほんと、いい迷惑」
トリシャはフォークにケーキをひとかけらのせると、それを上品に口元にまで運ぶ。いい迷惑と言っているトリシャではあるが、心ではそうは思っていないのも伝わってくる。
「だけど、私ね。クライブのことをずっと女の子だと思っていたの」
「え?」
「エーヴァルトとクライブはもっと前から知り合いだったらしいけれど、私が二人と会ったのは六歳くらいのときだったかしら……」
かれこれ二十年近くの付き合いになるようだ。
「本当にクライブったら、かわいらしかったのよ。でも、今思えば、髪も短かったしね。それでも彼のことを女の子だと思って勝手にライバル視していたのよね」
ライバル視というくらいなのだから、何かを競い合おうとしたのだろうか。
「クライブに会うたびに、絶対にエーヴァルトは渡さない。エーヴァルトと結婚するのは私、とか言っていて」
他の人から見たら、クライブとトリシャがエーヴァルトを取り合っている形に見えた。
「エーヴァルトって、変なところもあるけれども、やるときはきちんとやるし、幼い頃から私にとっては特別な存在だったの。まぁ、王子というのもあって最初は憧れていたんだけど、それでもやっぱり近くにいればいいところに目がいって、惹かれていくのよね」
憧れが好きに変わった。そういうことにちがいない。
「だから余計にクライブが邪魔だったというか、まぁ、そんな感じよね」
なんとなくその状況が予想できて、イリヤは苦笑する。
「だけど、エーヴァルトは私とクライブにも仲良くしてもらいたかったみたいで」




