第四章:新しいお仕事ですか?(2)
うんうんと頷きながら、エーヴァルトは良いことを口にしたと自画自賛しているが「結婚する気がないなら子どもだけでもどうだ?」と彼が言い出したからマリアンヌを養女にしたはずだったと記憶している。それなのにエーヴァルトは勝手に美談にしようとしている。
「とにかく私は。結婚のけの字すら追い払うような男だった君が、なんだかんだとイリヤ嬢とうまくやっているのが、嬉しいのだよ。君にも私のようにね、幸せな結婚生活を送ってもらいたい」
余計なお世話だ、と心の中で叫ぶクライブであるが、エーヴァルトに向かってその言葉を吐かないのは、自分自身もそれを頭の片隅のどこかで願っているからなのかもしれない。
まずは、イリヤとの心をわかり合うのが先なのだが、これをどうしたらいいのかもさっぱりわからない。
誰かに相談をと思っても、相談相手は目の前の彼しか思い浮かばないのも、頭が痛い問題である。
*~*~*
少しだけ肌寒い朝には、ぬくぬくとする寝台の中は心地よい。いつまでもこれにくるまって微睡んでいたいと、そう願ってしまうくらいに。
「おはよう」
「……ひぃっ」
何度目になるかわからない朝、目が覚めて最初にクライブの顔が視界に入るのは、心臓に悪い。しかも彼は、イリヤが何度お願いしても寝るときに服を着ない。
今日もあたたかいなぁと思っていたのは、毛布が作り出すぬくもりではなかった。
「人の顔を見た途端、それは失礼ではないのか? むしろ寝ぼけているのか?」
クライブの指がむにっとイリヤの頬をつねった。
「おひてまふ!」
ペシッと頬をつねる彼の手を叩く。
「いつも言ってるじゃないですか。寝るときは服を着てください。これから寒くなるのに……そう、風邪、風邪をひきます!」
「心配してくれているのか?」
イリヤはこくこくと小刻みに頷く。
「だが、心配するな。オレは今まで風邪を引いたことがない」
「あぁ、馬鹿は風邪引かないと言いますもんね」
「体調管理ができていると言ってほしい」
イリヤはクライブの胸元を手で押しのけようとするが、彼の腕ががっしりとイリヤの背に回っているためびくともしない。
「閣下。この手を放してください。なんでこんなにくっついてるんですか!」
「それはイリヤがくっついてきたからだろう? 寒いのかと思ってこちらの毛布に入れてやったんだが?」
――またやってしまった。
こういったやりとりを繰り返すたびに反省をするのだが、イリヤは寝相が悪かったらしい。
いや、安っぽい宿の狭い寝台で眠っていたときは、こんなにごろごろと動かなかったはず。これほど動いたら、眠っている間に寝台から落ちてしまう。
「毎度のことながら、申し訳ありません。閣下の安眠を妨害してしまいまして」
「これはこれで、存外寝心地のいいものだから、気にするな」
「閣下が気にしなくても、私が気にします」
うぬうぬっと彼の胸元辺りを押しのけようとすると、やっとクライブが解放してくれた。
「それでは、また朝食の時間に」
イリヤは、寝台からおりようと身体を起こす。
「イリヤ。今日は、登城の日だ」
クライブがイリヤの手をきゅっと握って言った。その表情は「申し訳ない」と言っているようで、おりている前髪と眼鏡のないその顔が、どこか捨てられた子犬のようにも見えた。
「いえ、閣下のせいではございません。すべては陛下のせいかと……」
「ああ、それは否定しない」
クライブにまじまじと見つめられ、イリヤの頬はどんどんと熱くなる。朝から、心臓がもたない。
「では、着替えてまいりますので」
クライブはイリヤの手をぱっと離した。
彼から解放されたイリヤは、するりと寝台から抜け出し自室へと向かう。
サマンサに手伝ってもらって、蒲公英色のドレスを着る。この色のドレスはマリアンヌのお気に入りの色でもあるのだ。
イリヤは十日に一回、マリアンヌを連れて登城していた。それが今日。
もう何度訪れたか覚えていないが、彼と結婚して二か月が経ったことを考えると五、六回くらい。
クライブと一緒に馬車に揺られて、王城へと向かう。イリヤの膝の上でマリアンヌはお座りしており、ぱっちりと大きな目を開けて声をあげている。
向かい側にはクライブはいるが、彼の視線はマリアンヌを捕らえていた。眼鏡の奥のアイビーグリーンの目尻が下がり、その表情はやわらかい。
出会ったときのキリリとした無表情な感じが、ここにはないのだ。
「ん? どうかしたのか?」
あまりにも彼をじろじろと見てしまったようだ。
クライブは、マリアンヌに向けていた視線をイリヤへ変える。
「あ、いえ。閣下もマリアンヌの父親らしくなってきたのかな、と。そう思っただけです」
「なるほど」
たったそれだけであるのに、その言葉からあたたかさを感じて、イリヤは目を瞬いた。
「……お前は、マリアンヌに弟妹を望むか?」
「え?」
クライブは、なぜそのようなことを口走ったのだろう。
もしかして、聖女召喚の儀を行ったけれども、またマリアンヌと同じように赤ん坊とか幼子が召喚されたのだろうか。それとも、孤児院から魔法が使える子どもを引き取りたいとか。
イリヤは首を傾げた。可能性としてはいろいろと考えられる。
「もしかして、陛下のご命令ですか?」
「ああ……そう、かもしれないな」
視線を泳がせているクライブの姿を見れば、本当にあの国王が絡んでいるとみて間違いないだろう。
「聖女召喚の儀を行ったけれど、またマリアンヌのような赤ん坊が召喚されたとか、ですか?」
尋ねると、クライブは慌てて否定する。
「そうではない。聖女はマリアンヌであるから、マリアンヌがここにいる以上、新たな聖女召喚は行えない」
「そうなんですか。赤ん坊であっても聖女は聖女ということなんですね?」
「そうだ」




