第三章:お仕事はきっちりとこなします(5)
一番上の妹のエリンがイリヤを呼びに来た。エリンだってまだ十歳である。その下に六歳、四歳と続く。
「マリーが変」
「え? 変って何?」
「顔を真っ赤にしてる」
慌てて立ち上がってクライブを振り返ると、彼は「頼んだ」と言う。クライブがマリアンヌにミルクをあげたりおしめをかえたりすることは、今のところない。そのために、乳母や侍女をつけたといえばそれまでであるが。
だからこういったときは、必然的にイリヤがマリアンヌの世話をするわけで、それを嫌だとかクライブに向かってやってくれと頼むとか、今のところそういったものはない。
ただクライブも、マリアンヌを風呂に入れてくれるようになった。これは、エーヴァルトに自慢するためらしい。マリアンヌと一緒に風呂に入ったと彼に自慢するのが、最近の楽しみだと言っていたので、やはりクライブは腹黒い。
イリヤは慌ててマリアンヌを抱き上げると、用意された部屋でささっとおむつを交換した。そうやってマリアンヌの世話をしている間、クライブは難しい面持ちで母と話をしていた。対して彼女も、真剣な表情で話を聞き、頷く。
二人で何を話しているのか気になったが、マリアンヌと一緒に三人の妹たちと囲まれることになった。
昼食を一緒に食べたあと、マーベル子爵邸を後にする。
マリアンヌは遊び疲れたのか、馬車の中ではぐっすりと眠っている。
「重いだろう。預かる」
クライブは立ち上がって、すっかりと寝入ったマリアンヌをイリヤから奪う。
クライブの腕の中ですやすやと眠るマリアンヌ。目の前のその光景を、イリヤはじっくりと見てしまった。
「どうかしたのか?」
クライブとマリアンヌの黒い髪は、こうやって見ると似ているような気がする。
「……いえ。まぁ、親子に見えなくもないかなと。閣下とマリーの髪の色が同じですから」
「なるほど。では、それもあいつに自慢するとしよう」
「まぁ、あれですね。閣下は髪だけでなく、その腹の底も真っ黒ってことですね」
イリヤの言葉にクライブは「お前は、面白いことを言うな」と笑った。
「あの。こういったことを聞いていいのかわからないのですが……」
「なんだ?」
イリヤはクライブが母と何を話したのかが気になっていた。けして二人の仲を疑うとか、そういったことではなくて、あの二人の会話の内容が気になったのだ。
「母とはどのようなお話を?」
「ああ、そのことか」
彼の表情がやわらぐ。となれば、やはり後ろめたいことは話していないのだろう。
「私の悪口、とかではないですよね?」
「相変わらず、お前は面白いことを言うな」
クライブが、ふっと鼻で笑うと、マリアンヌが身体をピクッと震わせた。
「危ない……目を覚ます、ところだったか?」
「寝たばかりだから大丈夫だと思いますけど。もっと、こう。身体に密着させるように抱っこすると、よく寝ます」
「なるほど」
イリヤの言葉に従い、彼がマリアンヌを抱き直す。マリアンヌの頭はぴたっとクライブの胸元にくっついた。
「それで……ああ、イリヤの母親との話か。まぁ、イリヤの悪口ではないから安心しろ」
「どんな話を?」
「なんだ、気になるのか?」
気になるか気にならないかで言ったら、もちろん気になる。何しろ、自分の母親が夫と内緒話をしていたのだ。絶対にイリヤの昔の話とか、そういったことを伝えているにちがいない。
「そりゃあ、気になりますよ」
「ま、簡単に言えば。魔法について聞いていただけだ。何もイリヤが心配するような話はしていない。子どもの頃に木に登っておりられなくなって、大泣きした話とかな」
「……って、そういう話を人のいないところでしないでください!」
真っ赤になったイリヤは、ふんと顔を背けた。
「ん、ぎゃぁ~」
突然、マリアンヌが泣き出した。クライブの腕の中にいた彼女だが、目をつむりながら手をバタバタと動かし、その手はクライブの眼鏡を見事につかむ。
「あっ」
また彼の眼鏡は吹っ飛んだ。慌ててイリヤが眼鏡を拾って手渡そうとしたが、彼の腕の中にはマリアンヌがいる。
「とりあえず、私のほうでおかけしますね。あ、でも、眼鏡がなくても見えるんでしたっけ? お預かりしていたほうがよろしいでしょうか?」
「いや、かけてくれ」
「だけど、またマリアンヌが」
「むしろマリアンヌをまかせたい。ここまで泣かれると、オレではだめだろう」
暴れるマリアンヌの身体を落とさないようにと、なんとか抱いているクライブであるが、彼の言うとおり、この状態のマリアンヌを彼が宥められるとは思えない。
彼の正面に立って眼鏡をかける。
「だぁ?」
イリヤの存在に気づいたのか、マリアンヌはかわいらしい声をあげた。
「はいはい、マリー。もうちょっとでおうちに着きますからね」
クライブからマリアンヌを預かり、しっかりと抱きしめる。
「現金なやつだな」
眼鏡を押し上げながら、クライブが言った。




