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第三章:お仕事はきっちりとこなします(4)

「あぁ。マリーがかわいすぎる。それに、なんて素直なんだ。これなら、王城に連れて帰っても問題ないな?」

「やめてください。誰がマリアンヌの世話をするんですか? オレにだって仕事があります。公私混同したくない」


 むしろ目の前の国王の公私混同が酷すぎるような気がする。


「そんなの、イリヤ嬢にやらせればいいじゃないか。イリヤ嬢はマリーの母親なんだから。それに今だってイリヤ嬢の言うことは素直にきいているじゃないか」

「まぁ、陛下の言うことはさっぱりききませんがね」

「そういう塩対応のマリーもかわいいのだよ」


 エーヴァルトに何を言っても無駄であることはわかった。


 ミルクを飲み干したマリアンヌはナナカが部屋へと連れていく。もちろん、それにはエーヴァルトが散々文句を言った。ナナカも困った様子ではあったが、クライブが「放っておけ、無視しろ、気にするな」と口にしてくれたおかげで、彼女も安心してマリアンヌと部屋に戻った。


「イリヤ嬢。お願いがあるのだが」


 エーヴァルトから「お願い」と言葉が出たら、嫌な予感しかしないのはなぜだろう。まだ、二度しか顔を合わせたことがないというのに。


 しかし隣のクライブに助けを求めるために視線を向けたら、彼もひくひくとこめかみを震わせている。このお願いは聞いていいものなのかどうか。


「なんでしょう?」


 引きつった笑みで問い返す。


「二日に一回、マリーを私の執務室に連れてきてほしい」

「却下」


 すかさず断りの言葉を口にしたのは、もちろんクライブである。


「一か月に一回なら、許す」


 そうやってすぐに妥協案を提示するのは、飴と鞭の使い分けなのだろうか。


「駄目だ、一か月に一回だなんて。会えなさすぎて、私が泣く」

「勝手に泣いていろ」

「それに、この時期の赤ん坊は成長が早いんだ。一か月前はたっちすらできなかったのに、もう走り回っているということもあるかもしれないだろ?」

「いくらなんでも、それはないわ! せめて歩き回っているだ」

「ほら、一か月の成長を認めたじゃないか。せめて五日に一回」

「多すぎる!」


 イリヤは黙ってエーヴァルトとクライブのやりとりを聞いていた。その結果、十日に一回、マリアンヌを連れてエーヴァルトの執務室を訪れることが決まっていた。


 これが互いに妥協した結果らしいのだが、イリヤの意見は何一つ聞かれていない。


 そんな約束をとりつけたエーヴァルトは、ほくほくとした様子で帰って行った。残されたのは、げんなりとしているクライブである。断ることのできない、権力の動いた国王命令なのだ。





 そんなやりとりがあってから五日後。


 イリヤはクライブと共にマーベル子爵邸を訪れていた。マーベル子爵邸は、ファクト公爵邸に比べたら小さな屋敷である。白いスタッコ仕上げの外壁、石積み調のラインが入っている、この辺りでは多く見られる様式である。


 玄関ホールでイリヤの隣にいるクライブを目にして、身体を震わせたのはマーベル子爵である。


「これはこれは、宰相閣下。我が家にいったい、どのようなご用件で……」


 何も悪いことはしておりませんよ、とでも言うかのように手をすりすりとすりあわせている。


「あら、あなた。イリヤが結婚したと伝えたではありませんか」


 おっとりとした口調で子爵夫人が言うと、彼は「そうだったかな」と首を傾げる。


「ですが、あなたはこれから商談でしたわね。ほら、ドミ会長が待っているのではなくて?」


 母の言葉に押されるかのようにして、マーベル子爵はクライブに頭を下げて屋敷を出て行った。


 イリヤがしばらく見ないうちに、母も強くなったような気がする。いや、昔からしたたかだったのだ。だからイリヤを守るためにサブル侯爵を紹介してくれたのに、その紹介先もクズだった。


 そう、母がぼやいた。


「イリヤ、ごめんなさい。あなたにばかり辛い思いをさせて……」


 案内された先のサロンで、マリアンヌは三人の妹たちに囲まれて手足をばたつかせている。


「いいえ、お母様。私、辛いと思ったことはありません。ただ、ちょっとお義父様とサブル侯爵はアレでしたけれど。まぁ、成り行きですが、こうしてクライブ様と知り合えたので、結果的にはよかったのですかね?」


 クライブに同意を求めると、彼は「そうですね」と頷く。

 隣にいるクライブは、いつものクライブと異なる。そんな気配を感じた。


「私もイリヤと知り合うことができたので、義母上には感謝しかありません。それに、今までの経験があったためか、彼女はとても芯の強い女性です」


 イリヤは隣のクライブを二度見した。


 誰だ、この男。と心の中で思った。そもそも、クライブは自分のことを「私」とは言わない。エーヴァルトの前でさえ「オレ」と言うのだ。


 イリヤの視線に気づいたのか、クライブもこちらを見つめてにこりと笑う。


「あら、仲がよくてうらやましいわ」


 おほほと母が上品に笑った。

 こんな彼女の心からの笑顔を見たのは、いつ以来だろう。


 これも猫かぶりのクライブのおかげだと思っておけばいいのだろうか。


「お母様は、お義父様とは……その……?」

「まあね。ああいう人だから、だらしないところはあるけれども。なんとか今のところは手綱を握っているわ。悪い人ではないのだけれども」

「きっと、単純な人間なのでしょうね」


 言葉の先を、さらりとクライブが奪った。


「単純な人間ほど、扱いやすいですから。マーベル子爵については、我々も気にはしているのですが」


 クライブの視線を母が捕らえた。この二人の間には、イリヤにはわからない何かがあるようだが、それを追求したいとは思わなかった。


 それは彼とは愛し合って結婚したわけではないからだ。お互いがお互いの立場を利用している。そういう関係。

「お姉ちゃん」

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