第23話 誰がために少年は戦う
※残酷な描写があります。苦手な方はこの話は飛ばし、次話から読み進めて頂ければと存じます
「痛ってぇ……」
横っ腹に刺さった剣を見た。
「ぐあっ!」
剣を強引に抜かれ、薄い菱形の穴からどくどくと熱く赤い液体がこぼれ落ちてくる。
「うぐぅぅ……」
アランは腹へオーラを集めることに集中する。
この行動への明確な理由も根拠もなく、ただそうするべきなのだと感じたからだ。
「うあああぁ!」
けれど、ジェイフィスは待ってはくれない。
剣で薙ぎ払ってくる。
避けようと、脚に、腰に、そして腹に力を入れる。
集中が途切れ、オーラが薄まると、また傷口から血が溢れた。
自分の身体の状態は、穴の空いた腹に、痛み、出血。
姉の置かれた状況に、焦り、悲しみ、怒り。
様々な要因がアランにのし掛かり、動きが乱れた。
ギャリ、と鈍い音が頭の中に直接響いた気がした。
音の正体は、自分の歯と、ジェイフィスの剣がぶつかった音だと知った。
ジェイフィスの剣は、アランの歯で止まり、血なのか剣なのか、或いはどちらともなのか、鉄の味と臭いに口内が侵された。
目の前のジェイフィスと目が合った。
彼の次の行動が手に取るように分る。
――このまま突いてくる。
アランは後ろへ飛ぶ。
ずるりと、口の中から剣が抜ける。
不思議と痛みはそれほどでもなかった。
あぁ、でもこれ、ほっぺたとか舌とか歯茎とか、ずたずたになってそうだな……。
アランはすぐに思考を前へ向ける。
突きを空振りしたジェイフィスが、またも剣を振りかぶり斬りかかってきたからだ。
腹と顔はやられたけど、手足は無事……、オレついてんじゃん。
あまりにとろくさい斬撃を、木剣を軽く振るうだけで弾き飛ばす。
煌びやかな剣が宙を舞い、クルクルと回りながら夕日を反射させる様子が、一回り、一回り、ゆっくりと確実に見てとれた。
やっべぇ。
今のオレ、何でもできそう。
アランの視線は、再び前へ。
ジェイフィスを捉える。
アランは無意識に、オーラの運用を傷の修復と鎮痛に振り分け、残りを全身に巡らせ身体能力の向上にまわしていた。
頭上に落ちてくる剣になど目もくれず、手を掲げただけで、まるで剣の方からアランへ擦り寄って来たかのごとく手中に収まる。
「余の! 余、余の、よのよの余のぉぉ剣を返せえぇぇぇ!」
いらねぇよ、こんな気持ちわりい剣。
頬が切り裂かれ、舌は切れ、口内は裂傷だらけのアランは喋ることができない。内心で呟きながら、装飾でごてごてした剣を投げつける。
といっても、ただ彼に返した訳ではない。
今居るのは、丸太に寝かされ括り付けられたサーシャの頭上、五メートル程の位置だ。
丸太と手首を結びつけていた紐目がけて剣を投げ、あっさりとその拘束を解く。
投げた剣は、数ミリずれればサーシャの手を傷つけ、数センチずれていれば、サーシャを刺し殺していたかもしれない。
けれど、アランにはそんな気後れなど当然なく、当たり前のように、曲芸地味た事をやってのけた。
「アラン……っ!」
衣服を両手で押さえながら、ジェイフィスの横を抜けたサーシャが駆けてくる。
「うぅ、こんなになって……。もう、終ったから家に帰れたのに……、ばか……」
アランはてっきり、サーシャが抱きついてくるものだとばかり思っていたので、痛みを堪える準備をしていた。
けれどサーシャは、アランの状態を見て、そうはしなかった。
「早く帰って、手当しようよ。あ、家じゃだめだ、ネルザール様のところへ行こう」
手を引こうとするサーシャに、アランは拒否を示すため、その手を振り解く。
「大きな人だっているんだよ、アラン、早く逃げようよ」
アランは首を横へ振る。
逃げたところで、先ほど同様、脚を潰されすぐに追いつかれる。
それに、向こうには馬がある。
仮に馬を奪っても自分たち孤児に、乗馬の経験などあろうはずもなく、その移動手段を得ても無意味。
それにあの大男にかかれば造作もなく奪い返されるだろう。
だったら、答えなんて決まってら。
何より、こいつはサーシャ姉を傷つけた。
何より、オレがこいつを許しちゃだめだ。
駄目なことをしたら、きっついお灸をすえてやらなきゃだ。
きちんと、叱ってやらなくちゃ、あいつはまともな大人になれない。
そう、家族に躾けられてきた。
戦いの最中、そのように考えられたのは、アランの幼さ故。なのかもしれない。
それにもし、彼に性の知識があれば。
姉が受けた仕打ちの意味を知れば、こうは考えることができなかっただろう。
けれど、今のアランは、そうはならなかった。
姉はただ丸太に縛られ、服を破られ、肌に浅い傷を負わされただけ。
これがアランの認識だった。
そもそもこの戦いを、アランは戦いとすら思っていない。
先にアランが内心で言った通り、これはアランにとって、お灸をすえるという行為に他ならないのだ。
常人なら致命傷に至る傷も、アランは持ち前のオーラで耐えられるし、回復も早い。
このことが、彼に不必要な余裕を与えてしまっていた。
「ごっ、ごご、傲慢なる炎の精霊よ。我が魔力を糧とし顕現せよ。我がぐぽぉぉ」
今、炎弾を飛ばされれば、サーシャに当たってしまうかもしれない。
全て弾くことは出来ても、弾いたものが彼女に当たることを恐れたアランは、小石をジェイフィスの頬へ投げつけ、詠唱を止めた。
身振り手振りで、サーシャに後退するよう指示を出すと、アランはジェイフィスへ向かって歩き始める。
「ぐっ、……傲慢なる炎の精霊よ……我が、魔りょぐぼぉぉ」
それでも性懲りも無く詠唱しようとするジェイフィスの頬を、木剣で殴る。
⇔
ジェイフィスは、己の最強魔法にしか心のより所がなかった。
剣の自信はもとより無く、それでも努力し鍛えてきたとはいえ、あっさりと同い年の平民に打ち砕かれた。
ここで、ジェイフィスが、詠唱の短い初級の呪文でも唱えれば、不利な状況を覆す切っ掛けにもなれただろうが、それすら彼のプライドが許さなかった。
〝狂い鮫〟がアランへ投げつけた真剣と木剣。
一切の迷い無く、木剣を手にしたアランには理解できない感情だろう。
同様に、それは、ジェイフィスにも理解できない感情であった。
より優れた武器を。
より優れた魔法を。
優れた物が身の丈にあっていないということは、よくある。
けれど、その〝身の丈〟という理屈が、ジェイフィスには備わっていないのだ。
生まれた時から王の子で、母が無理して予定日を早めてなんとか〝予言の日〟ぎりぎりに生を受けた、期待の《竜の子》候補。
物心つく前から、与えられるものは全て最上にして至高。
これが彼の身の丈であり、
これが彼の不幸であった。
やがてジェイフィスの竜の子という名称から〝候補〟という二文字が消える。
ジェイフィスを次期王へと推す派閥の目論見により、彼を正式に《竜の子》と認め、民へ公表することで、自分達の人気と権力を高めようとしたのだ。
このことが、ジェイフィスの人生における〝身の丈〟にまつわる、最も不幸な出来事と言っても過言ではないだろう。
⇔
アランは、ジェイフィスの身の上など知る由も無い。
けれど、
見るからに歪な性根をしたジェイフィスに、アランは理屈ではなく、直感で、何とかしてやらなきゃ。そう思った。
サーシャ姉は泣いてた。人を泣かすようなことをしたんだから、それは駄目なんだぞって教えてやらなきゃ。
アランの思考は至ってシンプル。
だって、オレの方があいつより強いから。
ってことは、オレの方があいつより、上だから。
上の奴は、下の奴を導く〝ぎむ〟があるって、ジャックが言ってた。
でも、喋れない。
まー、喋れても、何言えばいいかわかんねぇから、いっか。
……、そうだ。
と、思いついたことを実践するべく、アランはジェイフィスへ襲いかかる。
木剣で、彼を殴り飛ばす。
狼狽え、怯え、どもりながらも、ジェイフィスは最強魔法の詠唱を行おうとする。
魔法のことなんて、詳しくわかんねーけど。
でも確か、強い魔法ほどえいしょーが長いとかってのはルノが言ってた。
んで、弱い魔法ならえいしょーが短いって。
弱い魔法と一概に言えど、それは言葉を返せば〝基本〟ということに他ならない。
故に、アランはそれを体現すべく、剣術の基本動作だけで、ジェイフィスの詠唱の出鼻をくじき続けた。
大人向けの剣を手に、短い木剣の自分に圧倒されたことで気が付けないジェイフィスのことが不思議だった。
それは、剣を魔法に変えた今もって尚そうなのだから、アランは焦れったく思いながらも、根気強く、木剣を振るい続ける。
こいつは間違えてる。
人を傷つけても悪びれないし、戦い方も、どっちもだ。
オレは今喋れないし、喋るのは苦手だから、剣で間違いを教えるんだ。
何度も、何度も繰り返される、詠唱と、詠唱潰しの打撃。
ジェイフィスの整った顔が、見る影もなく腫れ上がっていた。
自分の顔の傷を見ることのできないアランは、ジェイフィスの酷い顔を見て、自分のやっていることは間違いなのかと思った、その時だった。
「風の精霊よ、刃を飛ばせ!《風刃》!」
ジェイフィスが手刀を振り上げた直後、
半透明で、半月状の刃が、アランの頬を掠めたのだ。
今までの長い詠唱と違い、短く、そして早い攻撃。
アランは嬉しくなって、ジェイフィスの目を見ながら頷いた。
ジェイフィスが、目を丸く見開く。
そして、がくがくと、握り締められた拳を振るわせ始めた。
「何様のつもりだぁぁぁ!」
⇔
ジェイフィスは、物心つく前から魔法の英才教育を施され、育ってきた。
物心つく頃には、火魔法だけは上級のものを使えるまでに成長しており、周囲を喜ばせ、同時に期待させた。
魔力総量についても同様で、計測鑑定の結果、同年代の平均と比べても遙かに高いことが判明した。
そのことが、彼を《竜の子》だと公認させるよう、派閥が動くに至った最たる理由である。
より良い物を。
その考え方を植え付けられていたジェイフィスにとって初級魔法は、魔法センスのない愚民の扱う物だと断じていた。
よりにもよって、このような薄汚い愚民に、このような愚民用の魔法でしか戦えぬとは。
殴られ続け、破れかぶれに出した《風魔法》の初級に位置する《風刃》が思わぬ効果を発揮し、ほくそ笑みそうになった時だった。
アランが満足そうに頷いたのは。
アランの一挙手一投足には、意味があった。
伝えようとする意思があった。
けれど、ジェイフィスはその意思に、アランの目の光りの意味に、気がつけない。
土中深くの宝を隠すよう被せた土を執念深く踏み固めたみたいに、刷り込まれた考え方が、ジェイフィスの本質に一筋の光が差すことすら許さない。
馬鹿にしおって……。
握った拳が震えた。
噛みしめた歯が五月蠅かった。
「何様のつもりだぁぁぁ!」
叫んだ直後、すぐさま詠唱に入ろうとする、が。
ジェイフィスの中で何かが噛み合った。
それは、多くの魔法使いたちの二つ目の目標であり、憧れだ。
一つ目は、《適正魔法》の《上級》の習得である。
魔法使いたちは、まず最初に自分の得意とする適正魔法を知らなければならない。
《全属性高位適正》などという、たった一人しか例のない特殊な能力は幻でしかなく、目標にはなりえない。そもそも、噂に尾ひれがついて大袈裟になっただけだという見方すらあり、ジェイフィスも同意見だった。
故に、魔法使いは、自分の適正魔法の位を上げることを目指す。
ジェイフィスは、フォーサイスに次ぐ魔法の実力者が集う、砂漠の国ダルターシャで一年間の魔法修行を経て、とある最年少記録を樹立させた。
若干七歳にして火魔法の《導位》を習得。
導位とは、魔法の序列において上級のさらにひとつ上の位である。
他者を教えることのできるほどの実力者であり、戦争に赴けば、一般兵士など物の数ではない働きも可能な魔法使いを指す。
そして今。
ジェイフィスは二つ目の目標に辿り着いた。
それはすなわち、
「飛べ、風刃! 風刃! 風じぃぃぃんっっ!」
簡略詠唱。
さらに、総威力では圧倒的に《炎弾乱舞》には劣る《風刃》だが、打ち出された魔法そのもののスピードでは風刃が上回る。
そして炎弾乱舞とは決定的な違いがあった。
放ったことごとくの炎弾をアランが打ち返してきたのに対し、風刃は何故か避け続けるのだ。
そうか、魔法の特性差……。
この愚民の武器は木剣。
風刃だと、受け止めれば木剣が切れてしまうのだ!
ならば……。
「我請うは風の刃。我が魔力を喰らい、右手に宿りし風刃の糧とせよ。《風刃付与》」
風刃の連打で作った隙に、中級《風魔法》の属性付与の詠唱を完成させた。
「これで、剣の代わりにもなれば、振るうだけで《風刃》の遠距離攻撃の代わりにもなる。もちろん、詠唱など、いらぬ!」
ジェイフィスは当然、接近戦などしない。
アランとの距離を取り、ただひたすら風刃を宿した右手を振り続けるに徹する。
最初は、擦りもしなかった風の刃が、次第にアランを捉え始めた。
小さな傷が、ひとつ、またひとつと増えていく。
「くくっ、ふはは、ふはははは!」
傷が増える度に、顔を歪ませるアランを見て、ジェイフィスはいつしか笑っていた。
愉快だ、愉快だぞ!
尚も風刃を見舞うと、ついにアランが腹の傷を抑えて血を吐いた。
もっといたぶってやりたいと考えたが、そこはジェイフィスも冷静だった。
魔力が底を尽きかけていたのだ。
「これで、終わりだ……、風刃!」
ひときわ大きく、両手を振りかぶり、
「死ねええぇぇぇ!」
振り下ろす。
付与の刃と魔法の刃を同時に放つ。飛んで行く二つの半透明の刃が、苦悶に歪むアランの顔へめり込んだ。
「勝った……?」
刃が頭を貫通した標的は、一歩も動けないまま、死んでいた。
「けひゃっ。勝った、殺した? 殺したぁ、殺してやった……きゃは、殺してやったぁぁぁあ、ざまぁみくびょっ」
ジェイフィスは気が付いた。
足裏の感触がないことに。
さっきまで見ていたはずの愚民の姿はなく、視界には朱に染まった千切れ雲が。
ジェイフィスは気が付かなかった。
自分が「殺した」と連呼し、狂喜したことで、アランの本能に火を点けたことを。
アランは今まで、ジェイフィスと違い、彼を殺そうなどと考えてはいなかった。
けれど、今はもう、違う。
余は今、空を飛んでいる?
そう思った瞬間、身体は落下していく。
しかし、何故か仰け反った上体を、立て直すことができず、落ちるがままに身を委ねるしかないことに気が付く。
これでは受け身も取れないではないか?
あやふやな思考でなんとかそのことに思い至った時、とてつもない衝撃が腹部を襲う。
仰け反っていた上体が、くの字に折れる。
そのとき、ジェイフィスは見た。
突きを放った姿勢で、こちらを睨む少年の目を。
吹き飛ばされ、己の常識外の速度で地面へ落ち、小石だらけの河原を何度も転がされながら、最後にこの勢いを止めてくれたのは、村の娘を犯した丸太だった。
空へ打ち上げられた打撃で顎が割れ、痛み、腹に食らった木剣による突きで上体を起こせない。
気が遠くなった。
微睡みに襲われたそのとき、耳を打つ足音。
痛みと疲労、そして魔力欠乏による眠気など吹き飛んだ。
「来るな、くるなくるなくるなぁぁぁ」
どれだけ命令しても、この少年は言うことをきかない。
きかないどころか、少年は木剣を上段へ構えた。
言うことをきかない?
余ともあろう者が、忘れていた。
「助けろグスタァァァァフ!」
叫んで、数瞬。
ごんっ、と頭頂部に打撃を喰らった。
明滅する視界に、グスタフが剣を鞘に納めるのが見えた。
そういえば、村娘がいたな。あいつが殴ってきたのかと、検討違いなサーシャの存在を思い出したとき、頭の上の物が、地べたに広げられた自分の股の間に落ちてくる。
それを見たジェイフィスは、改めて、少年を見上げた。
振りかぶっていたはずの木剣が、アランの腕ごと無くなっていた。
「いやぁぁぁぁ!」
ジェイフィスは状況をすぐに理解した。
途端、女の叫びを心地良く感じた。
「けひっ」
この叫びを自分が演出、創造したのだと思うと、変な笑いが込み上げてくる。
魔力はもう殆ど無い。
だから、ジェイフィスは、丸太に刺さったままだった自分の剣を取る。
「ひひゃ」
剣で、撫でる。
肉って柔らかぁい。
剣で、刺す、刺す、刺す。
刺して抜く度に、少量の血がぴゅっと出てくることが妙におかしかった。
同時に、先に一撃をいれていた脇腹の傷口からも、夥しい量の血が溢れた。
「オーラが廻らなくなってきたようだ、な?」
道化師の仮面もかくやというほど、ジェイフィスは歪んだ笑みを浮かべる。
「やめてよ! やめてよぉぉ! アランが死んじゃうからぁぁ!」
背後から女が腰に抱きついてきた。
「後でまた褒美をやる。今は待っておれ」
これまでにない程、穏やかな心と口調で、ジェイフィスは笑いながらサーシャを突き飛ばし、
「グスタフ。女を捕まえておけ」
と命じた。
「ああ、それと」
腫れた顔で、にこやかにグスタフを振り返った彼は言う。
「黙らせる必要はない。女、好きなだけ喚くが良い」
言い放った瞬間、サーシャは血走った目を見開き、震えながらも、口を噤んだ。
そしてもう一度、素材を味わおうと、アランへ振り向いた瞬間、ジェイフィスの頬が殴り飛ばされる。
急激に視界が裏返る。
〝狂い鮫〟のブーツの先に後頭部を打付けた。
激しく傷む左頬を撫でると、その手には血がべっとりついていた。
上体を起こし、見上げる。
そこには、肘から先の無い右腕を振り切った姿のアランがいた。
「どこまでも、余を、愚弄しおって……」
「アラン、逃げて! 逃げなさい!」
たまらず叫んだサーシャに、アランが微笑んだように、ジェイフィスには見えた。
そう思った時には、目の前に、右拳を振りかぶったアランがいた。
拳で、またも、左頬を殴られる。
恐怖した。
でも、そうはならなかった。
少年の拳は、ジェイフィスの頬には届かない。
恐る恐る左を見る。
赤い肉と白い骨。
腕の断面だ。
拳は見間違いか? と、思ったとき、
どちゃどちゃ……と水っぽい音が地面から届く。
下を見る。
血だまりに、腸がぶちまけられていた。
斬ったり突いたりの創作の過程で腹の肉が激しい踏み込みに耐えられず割けたのだろうと考えた。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁ」
あ、やっと言うことをきいたなこいつ、とジェイフィスは口の端を持ち上げた。
少女の悲鳴。
この悲鳴は、自分が産み出したものなのだと、ジェイフィスは、しきりに満足した。
「イィ……。イィかもしれぬ……」
与えられるのはもう飽きた。
次からは、産み出そう。
そんなことを考えていると、村娘がグスタフの拘束を逃れて遙か後方にいた。
「グスタフ、跪いて何をしているのだ」
問いかけると、グスタフは暗い笑みを張り付けたまま、のっそり立ち上がり、ジェイフィスに背を向けた。
否。
後方にいる敵を視界に納めたのだ。
そいつは、半裸の村娘の肩を抱いて立っていた。
そいつは、娘を遠くへ追いやり、ゆっくりと歩いてこちらへ来た。
そいつは、自分が負けるような相手ではなかった。
なぜなら、本物は自分なのだから。
偽物は、自慢の作品を見た。
反応が楽しみだ。
けれど、偽物の顔には、何の色も浮かばなかった。
ただ一言、
「殺す」
その台詞だけが耳に届けられ、
視界から、
ノアール・カーライルの姿が消えた。
~to be continued~




