第22話 利己的な者は此が悪逆を極み非道を行くことに気付けない
※冒頭から性的な描写があります。苦手な方はご注意ください
「……、躾のなっていない馬鹿な弟を持つからこうなるのだ。身体で償え。……とは言ったものの、これは貴様にとっては褒美であるな……、まぁ良い」
丸太に寝かされ、両手首を頭の下で縛られたサーシャは、それでも必至に首をめぐらせアランの安否を気にしていた。
不意に、腹から胸へかけて冷たい感触が奔った。
「え……」
と頭を持ち上げ、違和感のあった所を見ると、衣服が切り裂かれていただけでなく、臍から胸にかけて、うっすらと血が滲み出しているのが見えた。
血が見えてしまうと、冷たく感じたものが急激に熱を帯び、痛みとなった。
「弟が弟なら、貴様も不遜であるぞ……。今のお前の相手は余だ! 弟ではなく余を見ろ! 怒りから手元が狂ったではないか!」
この人は何を言っているのだろう。
急激に醒めた頭でサーシャは思考する。
衣服を脱がすだけで剣を使い、あまつさえその未熟な太刀筋故、斬るはずもなかった肉をも斬る。そして、失敗の言訳と責任を、全て自分へ被せてくる。
これが、こんな者が、国を統べる王の血筋なのか、
と。
サーシャは己の貞操が危ういことよりも、自分が生きる世界の有り様の方に絶望した。
ネルザール様が領主様で、王様ならよかったのにな……。
願望を秘めながら、サーシャは王子の要望通り、彼を見た。
これ以上無駄な苦痛を与えられるのも嫌だし、早く彼に満足してもらい、この場から立ち去って欲しかったからだ。
「そうだ。それで良い」
言いながらジェイフィスが、サーシャの下着に指をかけ、抜き取った。
その際足が持ち上げられたことで、ブーツを通った下着を目にし、悲しくなった。
ジャックと、こうなることを妄想し、自慰行為に耽ったことが何度かある。
けれど、失恋以降、その対象は、ルノから借りて読んだ物語りの英雄や、素敵な貴族、そして、所謂主人公然とした本物の王子様ばかりだ。
今、サーシャに覆い被さり、身体をまさぐる年下の少年こそ、自分達が暮らすイルディア国の現実の王子であることが、なんとも皮肉な話だなと、サーシャは思う。
「感じておるのではないか?」
「余は、優しい男であるぞ」
「どうだ? 余の技巧に酔いしれておるのではないか? 今いったのか? いったな? そうであろう、素直になっても良いのだぞ?」
「村娘と、侮って、おったが、なかなか、良い、なっ!」
王子の台詞は何一つ頭に留まらず、ただ、背中と、丸太と頭の間で下敷きになっている手が痛かった。
王子が乱暴に動く度に、身体が丸太からずれ落ちようとする。
けれど、縛られた手首が丸太に固定されていることで、落ちない。
初めての痛みより、無理矢理体重を支えるはめになった手首の方が痛かった。
事が終り、血で汚れた小さな陰茎を、王子は背嚢からはみ出していた編みかけのマフラーで拭った。
……虚しい、な。
そう思ってしまったとき。
不覚にも、涙を零してしまったことを、サーシャは後悔した。
⇔
「早いな、目覚めたか」
霞む視界が、徐々に鮮明になる。
「その年でオーラが使えるのか。糞王子の蹴りで死なず、回復も早い」
立ち上がる。
目の前には、今までに見たことがないくらい、背の高い男がいた。
「痛って……」
「小僧」
「っ……、なんだよ……」
「こんな所で油を売っていて良いのか」
怪訝な顔で、アランは〝狂い鮫〟グスタフ・アレンネスと呼ばれていた男を見上げる。
「油なんて持って来てねぇし」
「……」
グスタフが身体を半身だけ横へずらす。
「っ!? サーシャ姉!?」
アランが見たのは、上半身をはだけさせられ、胸から腹にかけ切り傷の付けられた大好きな姉の無惨な姿。
駆け出す、何の迷いもなく。
「いでっ!」
けれど、目の前に立ちふさがったグスタフにぶつかり、弾き飛ばされ転げてしまう。
「どけよ!」
「退かせてみろ」
グスタフは言いながら、腰の一振りと、アランの木剣を投げてきた。
「どちらでも良い。両方使っても構わん。好きに攻めてこ――」
「しいぃぃぃっ!」
グスタフが言い終える前に、アランは拾い上げた木剣で、切っ先を雪に潜らせながら切り上げる。
雪と砂で目つぶしを狙いつつ、切り上げざま飛び上がり、そのまま木剣を相手の頭……は、届かない。なら、と。胸へ目がけて振り下ろす。
全体重と落下の重量を乗せた渾身の一撃だった。
それを、無表情なままのグスタフに、素手で受け止められた。
意地でも剣を離さない、と、柄を握り、宙に浮いたままのアランは、不意の遠心力に肝が冷えた。同時、さっきまで自分が寝ていた後方、森の木へ背中から激突していた。
「げはっ、げほっ」
ずるずると木を伝い、その場で尻餅をつく。
すぐに立ち上がり、呼吸を整えるアランに、グスタフが近づいてきた。
「良いな、お前。気に入った」
「そこ通せよ!」
何を考えているのか、グスタフは両の手を大きく横へ広げる。
「通ってみろ。約束してやる。妨害はするが、お前に危害は加えん」
言われるなり、アランは横へ走る。
しかし、グスタフは少し移動するだけで、サーシャへの線上に立つことができる。
それに、横へずれればずれるほど、サーシャから距離が離れてしまっては意味がない。
どうすりゃいいんだよ……。
「あ、こうすりゃいいんだ」
自分の声が、後ろで聞こえた。
その時には既に、アランはグスタフのすぐ脇を走り抜けていた。
ノアが使った残像を残す程の高速移動。
出来るという確信なんか、無かった。
というより、確信する必要すらなく、アランは、当然のようにそれが出来たのだ。
この数時間、さんざん練習し、足のまめが潰れ、靴底が今にも抜けそうになるまで、何百回、もしかしたら何千回と繰り返し、そこへ唐突に訪れた実戦での研ぎ澄まされた集中力による結果だった。
「サーシャ姉に何したんだお前ぇぇぇ!」
オーラを駆使しての高速移動は最初の一歩だけで、後はひたすら足を繰り出しながら叫ぶ。
アランは見た。
サーシャの腹の傷を。
切り裂かれた衣服を。
縛り付けられた手首を。
血に濡れた股の間を。太腿を伝う赤い液体を。頬を伝っている涙を。
「ひ、おま、なぜ」
狼狽えながらも抜剣できたことが、ジェイフィスにとっての僥倖。
そして、木剣で相手の喉を突こうと、踏み込んだ時、靴底が外れてしまったことが、アランにとっての不幸、だった。
「アランっ!?」
この場に轟くサーシャの声など無視するかのように、寒空は雪をちらつかせ始めた。
そのくせ、頭上には雲はまばらで、晴れ間のほうが多い。夕陽を浴びた千切れ雲が、矮小な人間達の演目に興奮したかのように、朱に染まっていた。
~to be continued~




