葛藤
その日は、痛いくらいの寒さだった。
朝はもちろん、一番太陽が高い昼間だって吐く息は白いままで、外で風に吹かれると『寒い』よりも『痛い』って思うような気温だった。
文化祭の準備は昨日から大詰めに入っていて、前まではのらりくらりとやって5時半には解散って感じだったけれど1週間前にさしかかりなかなか進まない作業に危機感を感じ始め、7時まで残って準備をすすめることになった。
私が担当している看板製作も色塗りの8割が終わっていて、あとは一部絵の具が乾くのを待って重ねて塗っていくっていう作業だけだった。
幼い頃から絵に関して欠片も才能がない私は指示されたように塗ることしかできなかったが、几帳面な正確のおかげかなかなか良い仕上がりになっていた…と自負する。
ちょっと休憩しようと一息ついたときだった。
後輩が「あ、倉本先輩だ!」と声をあげた。
それにつられて何人かが「どこどこー?」と一緒に窓の外を眺めはじめた。
あー、またコウですかー、ずいぶんな人気ですねー、なんて集中力が完全に切れた私は後輩たちがきゃっきゃしているさまを見ながらぼーっとしていた。
「えー、倉本先輩さっきもあそこいたよ?」
「え、うそっ」
「うん、チャイム鳴った時だから1時間くらい前かな?」
「だって今気温やばいよ?ずっと外いるの?」
「わかんないけど…さっきと同じとこいるし…」
「ひぇー!誰か待ってるのかな?」
右から左に話の内容を流そうと務めていたのだが、さすがにそうもできなくなった。
もうすでに外は真っ暗だし、今の気温はもうしかしたら氷点下かもしれない。
あのアホは一体何をしているんだ。
このとき、私の中では大きな葛藤があった。
放っとけっていう気持ちと、心配で今にも駆け出しそうな気持ち。
コウはそんなに体が強くない。
人並みに生活できるけどすぐインドアで全然体が強くなるような活動をしてないからすぐ風邪をひく。
もうしかしたら久美子さんにいわれて私を待ってるのかもしれない。
それで風邪なんて引かれたら、久美子さんに顔向けができない。
いいだろ、馬鹿は風邪引かないんだし放っといても大丈夫だよ。
いやいや、久美子さんが悲しんじゃうでしょうが。
頭のなかで何度も論争を繰り返して、幼いころの記憶を思い出された。
一度だけ、コウが風邪をこじらせて肺炎になり入院したことがった。
大好きな祖母は病院で他界したため、私はコウも入院してこのままいなくなってしまうんじゃないかと思って、何度も病室で喚き散らして怒られた。
でもどれだけ喚き散らしてもコウはいつもみたいに「怒ってるミヨはやかんに似てるね」とかそんな失礼なことを笑いながらいってきたりしないで、辛そうにしているだけだった。
あのときはコウが辛そうにしていのを見ると自分も辛くなってご飯なんかも全然食べられないくらい落ち込んでいた。
…まぁ、本人はその3日後にケロッとした顔で退院してきたけど。
さすがに私もそのときは15歳だったのそこまで最悪の事態を想定することはなかったけど、それでも熱にうなされる幼いコウを思い出すと胸が締め付けられた。
あんなコウはもう、見たくなかった。
気づいたら、「ちょっとトイレ!」なんていって、マフラーとコートを握って駆け出してた。
やっぱり私はいつまでたってもコウに甘かったのである。




