生活習慣と距離
そんな私であったが、小学生になる頃にはすっかり訛りも抜けてきて、普通に友達と話せるようになっていた。
その頃には私は倉本浩太を「コウ」と呼び、彼は私を「ミヨ」と呼ぶようになった。
コウは相変わらず周りから遠巻きにされていたけど、私は徐々に他の子とも遊ぶようになった。
それでもやっぱりコウは特別で、他の子たちと遊んだ日は早めに帰宅し、倉本家に直行してさらにコウと遊んだ。
私とコウの遊びというのは、普通の子供の遊びとは少し違ったように思う。
テレビゲームとか、鬼ごっことか、かくれんぼとか、とにかくそういう一般的な子供の遊びはしなかった。
コウという人間は私がいても私を気にしない人間だった。
普通誰か他人が遊びに来ていたら一緒にできるような遊びを提案したり、遊びにかぎらずとも一緒に何かをすると思う。
でもコウは私が遊びに来ても「いらっしゃい」と小鳥のさえずりのような声と天使の微笑みで部屋に迎え入れるだけですぐに自分がそれまでしていた作業に戻った。
それはピアノとかヴァイオリンの演奏だったり、読書だったり、お絵かきだったりと様々ではあったけどもどれも一人でできるようなことばかりだった。
私が脇で何をしていようとコウはそんなこと一切気にせず自分の作業を続けていた。
そういうのって普通は全然楽しくないものなのだと思う。
実際私が他の子の家に遊びにいってそんなことされたら二度とその子家にお邪魔することはないだろう。
でもコウならそれでも許せた。
コウの奏でる音楽を聞きながら眠ったり本を読んだりするのは気分が良かったし、読書しているときに「音読して」と頼むとにっこり笑って「いいよ」っていって綺麗な声で本を読んでくれた。
コウの読む本は正直私には難しい文学とか英書とかが多かったけど、それでもコウの口から聞くと魔法がかかったみたいにとても面白い話に思えた。
中でも私が一番楽しかったのはお絵かきだ。
私は正直絵が下手だからコウと一緒にお絵かきをするのは気が引けて、そのときばかりは彼に干渉せず別のことをしていることが多かった。
でも時々気まぐれに「ミヨ」と柔らかい声音で私を呼び、「ミヨを描いてもいい?」と聞いてくることがあり、私はそれに首を振ったことは一度もなかった。
そのときのコウは私をベッドの上に座らせたり、窓際に近づかせたりするのに、スケッチブックに描かれた私は人間ではなかった。
ベッドのときはふかふかの枕を描いたり、窓際に近づかせたときはカーテンが描かれてた。
「これ私じゃないじゃない」っていうと、「この間枕からミヨと同じにおいがしたから」だの「朝起きた時にカーテンがふわってなったのがミヨの髪の毛に似てたから」だのと正直意味のわからない答えばかり返ってきた。
一番ひどいときは「ミヨの髪の色と同じだ」っていわれて蟻を描かれて、そのときはさすがに怒りを覚えてコウのベッドをぐっしゃぐしゃにしてやった。
いろいろなものに似せられた私だったが、一番多かったのは蝶として描かれることだった。
それはなぜか私と一緒にいないとき描かれていて、久美子さんが時々額縁に飾って「ミヨちゃんなんですって」と笑いながら私に綺麗な蝶を見せてくれることが多々あった。
コウは一度も「この蝶はミヨだよ」なんて教えてくれなかったけど、その蝶の絵たちが私は一番好きだった。
そんな感じでゆるゆると幼なじみとして日々関係を保っていた私たちの関係に大きな変化がもたらされたのは小学校の高学年に差し掛かったときだった。
クラスの中でも1、2を争うような可愛い子に「倉本くんと立花さんって付き合ってるの?」と聞かれて、私は思わず口をぽかんと開けてしまったのを覚えてる。
私の中で付き合うとか付き合わないとかそういうのは高校生とかそのくらいになってからの話で、小学生のくせにませてやがるって思ったし、私とコウがそんな関係に見えるとは予想してなかった。
コウはずっと性別不明の天使みたいな感じで育ってて、女の子みたいに細くて身長も私より小さかった。
勉強はそれなりに出来たけど運動はそんなにできなくて、目立つのはその神々しすぎる容姿だけだった。
小学生の頃ってなんか知らないけど運動できる子がモテたりするじゃない?
あの法則でそれまではコウは目立ってたけどそういうもてはやされる対象にはならなかった。
そんな性別不明の天使も、やっぱり男の子だったのだ。
4年生になったあたりから少しずつ身長が大きくなり、おませさんな女子は運動ができるだけが男の子のステータスじゃないと気付き始めた。
するとやはり顔の良さが目立ち、だんだんとコウは恋愛対象として見られるようになった…のだと思う。
そうなるとやっぱり気になるのは私の存在だ。
一度同じクラスになれば誰しもがわかるコウの名前に対する記憶力の無さは筋金入りであった。
それはどうやらそこそこ有名な話らしく、私に話をもちかけてきた女子もそれを覚悟でコウに声をかけたそうだ。
そしたらコウはにっこり笑って「はじめまして。ミヨのお友達かな?」っていってきた…らしい。
「で、立花さんと倉本くんは付き合ってるの?」
「いや…ただの幼なじみだけど」
「幼なじみ?」
「家が…ご近所で…」
「それじゃ付き合ってたりはしないのね?」
「う、うん…」
まぁざっとこんな感じの会話だったと思う。
さすがに毎日家に遊びにいってるけど、なんてはいえる雰囲気ではなくて彼女の迫力にびびってただけだった。
とにかく彼女は私の回答に満足したようで、「ならいいの」と自信満々にほくそ笑んで去っていった。
私にとってこの出来事は本当に衝撃的で、同時に焦りを感じた。
私に質問をしてきた彼女は、前のクラスでいじめをよくしていたことで有名だった。
そんな彼女がコウに接近していくうちに私が毎日遊びにいってるとかそういうことがバレたら、たまったもんじゃない。
私はその日からコウの家に遊びに行かなくなった。
そのことを一番心配したのは両家の親で、どうやら喧嘩でもしたのかと思ったらしく、母は何度も私に「謝りに行ってきなさい!」といってきた。
でも実際私とコウは喧嘩なんてしてないから謝りようがないし、むしろコウがかっこよくなってきてしまたせいでこうなったんだから謝って欲しいくらいだった。
この頃の私は別にコウを恋愛対象として見てはいなかったと思う。
なんというか、遊びに行くのは生活習慣のようなものだった。
朝は起きて朝ごはんを食べるとか、夜は歯磨きをしてから寝るとか、コウの家に遊びに行くのはそれと同列の行為だったのだ。
だから、コウを恋愛対象として好きかって思うのは歯磨きを愛しているかって聞かれているようなもので、もちろんそんなことはないのだから別にコウをそんなふうに思ってはいなかった…と思う。
そんなわけで私はその生活習慣を埋めるために代わりに前から誘われていた陸上教室に通うようになった。
自慢じゃないが私はそこそこ足が速く、特に長距離が得意だった。
炎天下の中ずっと外にいるのはきつかったけど、遺伝のせいか特にひどく日焼けすることもなく、私は中学で部活を引退するまでずっと走り続けることとなった。
私とコウの関係は徐々に変わっていったように思う。
陸上の練習とか大会の関係で忙しくなった私は家族での集まりくらいでしかコウと会わなくなった。
そのときは別に険悪になるとかはなく、まるで何事もなかったみたいに普通だった。
そう、今までどおりだった。
普通、毎日家を訪ねていた人間が急に来なくなったりしたら心配の1つもするものだと思うのだけれど、そんなものはコウには当てはまらなかった。
コウは私みたいに代わりの生活習慣を見つけなくても、普通の日常を過ごしている。
そう思うと少し心が傷んだ気がしたけど、いつまでも子供みたいに遊んでられないっていうのはわかってたし、今がその時期なんだと思うことで落ち着いた。
こうして私の生活習慣は塗り替えられ、コウと私の間には少しずつ距離ができていた。




