天使、倉本浩太
私達家族と倉本一家はすぐに仲良くなった。
私の母とおばさん…ここでは久美子さんと呼んでおこう。
倉本浩太の母で女神レベルの美しさを持つ久美子さんはなんと私の母と同じ年齢で、近くには年上の奥様しかいなかった久美子さんのご近所付き合いは窮屈なものだったらしく、やっと気軽に話せる相手が出来たと大喜びし、次第に家族ぐるみの付き合いになっていった。
家族ぐるみ、となると必然と私と倉本浩太は二人で遊ばされることとなったのだが、人見知りの私は最初大きくそれを拒絶した。
人と遊ぶのもままならないのに天使と遊ぶなんて何をしていいのかわからなかったのだ。
なんていったって田舎者の私の日常的な遊びといえば田んぼを駆けまわり虫やら蛙やらを捕まえたり、祖母の畑仕事を手伝いながらどろんこ遊びをすることであり、そんなことはとても天使にはさせられるものではないとクソガキの私でも重々承知していた。
そのため親同士の仲は良くても私と倉本浩太の仲はなかなか良くならなかった。
天使のような倉本浩太は、どこにいても周りとは違う雰囲気を出していた。
それは浮いてるとかそういうわけじゃなくて、子供離れしたその神々しさとか愛らしさからくるものだった。
偶然にも私が引越し後に通い始めた幼稚園は倉本浩太と一緒だったわけなのだが、そこでも彼は他の子たちとは明らかに何かが違うっていうのを子供の私でも感じ取ることができた。
そういう印象も私が彼になかなか近寄れない要因となっていたように思う。
しかし、私はある日幼稚園の中で浮いた存在になることとなる。
「みよこちゃん、ときどきへんなことばつかうよね」
そういったのが誰だったかなんていうのはもう覚えていない。
多分その子自信は特に悪気はなく、素直に思った言葉を口にしたんだろうけど、子供の私にはかなりショックなことだった。
田舎者の私にはところどころに地方独特の訛りがあった。
それは祖母からうつったものであり、四六時中一緒にいた人間が使っていたものであるからそれがおかしな言葉だったなんて微塵も思わなかった。
でも確かにときどき友達と会話が滞ったり、単語が通用しなかったりしたことがあった。
今思えばそんなの気にせず「田舎者ですからねー、仕方ないですよねー」なんて返せばいいものなのだが、クソガキな私もそこは素直に受け取ってしまい、その一件からうまく友達と会話することができなくなってしまって自然と一人でいるようになった。
一人の時間はとにかくつまらなかった。
もともと私は田舎で祖母にべったりくっついて離れないくらいの甘えん坊であり、一人で留守番なんてさせられないような寂しがりでもあった。
遊びだって二人でするようなもののほうがたくさん知っていたし、一人でどう遊ぶかなんてわからなかった。
そこで参考にしたのが天使、倉本浩太の遊びであった。
幼稚園で別格の存在であった倉本浩太は一人で何かしていることがほとんどだった。
きっと周りの子たちも話しかけたり一緒に遊びたかったりしたんだろうけど、やっぱり近寄りがたくて遠巻きに見ているだけだった。
私もその中の一人だったわけなのだが、何度も親に一緒に遊ぶように強制されていたせいか、だいぶその神々しさに抗体ができていたため少し話すくらいならできるようになっていた。
「…コウくん、なにしてるの?」
そう聞くと、大抵の場合、部屋の隅で陽だまりの中座る倉本浩太は私にへらっと笑い返し、「おえかき」と返した。
思えば今も昔も彼は絵を描くことが好きだった。暇さえあればスケッチブックに向かう、みたいな感じではなかったけど、他のことをするよりもそうしている時間が多かったように思う。
「なにかいてるの?」と聞くと、「ホコリ」だの「でんたく」だの、なぜそんなものを描くんだっていう一風変わったものばかりだった。
でも私は彼が絵を描いてる姿が好きだった。
変なものばかり描くけれど、目をキラキラさせながらクレヨンやらクーピーやらを動かす姿は彼が天使ではなく自分と同じ人の子なのだと実感できて、気づいたら私の中で倉本浩太はだいぶ近い存在になっていた。
倉本浩太は壊滅的に人の名前を覚えることが苦手だった。
幼稚園の先生の名前とか近所のおばさんの苗字とか、とにかく覚えられなかった。
もちろん幼稚園の子の名前もほとんど覚えておらず、家が近くでよく会う私の名前を覚えるのにも半年くらいかかっていたと記憶している。
そんなわけだから幼稚園のイベントで二人組みになったりするものは浩太はすぐ「ミヨちゃん」って私によってきた。
まぁ、唯一名前を正確にいえる人間だったっていうだけなのだが、私はそれに多少なりとも優越感を感じていたと思う。
そんなわけで私は図らずとも唯一の仲良しになってしまった倉本浩太を離すわけにはいかなくなり、この頃からデロンデロンに甘やかすようになった。
苦手なものは食べてあげたし、久美子さんのマグカップを彼が割った時にはなぜか一緒に謝ったりもした。
そのときは母に怒られて「私は悪くないのに…」と思わなくもなかったのだが、天使のようなほほ笑みで「ミヨちゃん、ありがとう」といわれるとそういう気持ちがすべて抜かれてしまい、仕方ないなぁ、とまた甘やかしてしまうというのがエンドレスループ。
中には理不尽なこととかもあった気がするんだけど、すべて浄化されてしまって覚えてない。
それくらい、私にとって彼の天使の微笑みは大事なものだった。
そうだ。この頃から私は倉本浩太という人間を堕落させる天使の手の中だったのである。




