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第二話:たとえ王子のパンツであろうと差し押さえます


「なっ……なんだ、この紙は! 剥がれん! どうしても剥がれんぞ!」


 静寂に包まれるはずだった謁見の間には、第一王子ジュリアスの無様な悲鳴が響き渡っていました。


 彼の胸元、ちょうど豪華な刺繍が施された正装の真ん中に、ベッタリと貼り付いた一枚の赤い紙。

 そこには、私の魔力が込められた極太の筆致で【差押】と刻印されています。


 一度貼られたら最後。

 代金が完済されるまで、それはこの世界の物理法則すら無視して対象を束縛し続けるのです。


「……ああ、なんて美しい。白銀の衣類に、鮮血のような赤。このコントラストこそが、私の求めていた至高の芸術ですわ」


 私は、震える指先で自分の頬をなぞりました。

 熱い。

 顔が火照り、心臓の鼓動が耳の奥で早鐘を打っています。


 計算機を叩き、数字を積み上げ、そして最後にこの「赤紙」を叩きつける。

 その瞬間に脳内を駆け巡る快楽は、どんな高級なワインよりも、どんな甘美な愛の言葉よりも、私の奥深部を激しく突き上げてくるのです。


「リディア! 貴様、正気か!? この私に向かって、このような無礼……!」


「無礼? いいえ、これは正当な権利の行使ですわ、ジュリアス様。いえ、今はもう『不渡りを出した債務者さん』とお呼びすべきかしら」


 私はゆっくりと彼に歩み寄りました。

 コツ、コツ、とヒールの音が、差し押さえられた大理石の床に小気味よく響きます。

 かつては彼に従順だった会計官としての私ではなく、今は支配者としての足音です。


「離れろ! 寄るな、この変態女!」


「変態……。ふふ、最高の褒め言葉ですこと」


 私は王子の目の前でしゃがみ込み、彼の胸に貼った赤紙を、愛おしむように指先で撫でました。

 その瞬間、赤紙から私の指先を通じて、彼が所有していた『権利』が私の中へと流れ込んでくる感覚。


 ゾクゾクと背筋を駆け上がる痺れるような熱。

 王子の驚愕、恐怖、屈辱。

 それらすべてが、私にとって最高のスパイスになります。


「ああ……。感じますわ。この服の繊維一本一本まで、私の支配下にあるという実感が。あなたの体温さえも、今は私の管理物件……」


「ひっ……!」


 ジュリアス様が、まるで蛇に睨まれた蛙のように硬直しました。

 その隣で、先ほどまで勝ち誇っていた聖女ミーナが、震える声で口を挟んできます。


「リ、リディア様! こんなのやりすぎです! 王子様に対してなんて恐ろしいことを……! 愛はないのですか!?」


 愛?

 そんな実体のない、貸借対照表にも載らないようなものを私に求めないでいただきたい。


「ミーナ様。貴女も勘違いしてはいけませんわ。貴女が身につけているその『聖なるティアラ』。それ、去年の秋に『治癒魔法の触媒』として公費で購入申請されましたわね? でも実際は、ただの宝石好きの貴女の私欲で買われたもの。……はい、没収です」


 パチン、と指を鳴らした瞬間。

 ミーナの額に、音を立てて赤紙が生成されました。


「ああっ!? 私のティアラが! 重い、動かない!? 首が、首が折れちゃうぅ!」


「当然です。私の『差押魔法』が適用された物件は、所有権が私に移転します。私の許可なく動かそうとすれば、世界そのものが貴女を拒絶する重荷となるのです」


 二人の絶望に歪む顔。

 それを見つめるだけで、私は下腹部のあたりがキュンと疼くのを感じました。

 たまりません。

 権力という鎧を剥ぎ取り、ただの無力な人間に仕立て上げる。

 これこそが、帳簿を預かる者の究極の愉悦。


「さて、ジュリアス様。先ほど申しました8億枚の金貨。その内訳を今一度ご説明しましょうか?」


 私は魔法の端末から、空間にホログラムの請求書を展開しました。

 ズラリと並ぶ、膨大な数字の羅列。


「まずは、王宮の地下室を改造して作った『秘密の豪華浴場』。こちらの工事費、および維持費が未払いです。次に、貴方が夜な夜な通っていた高級娼館でのツケ。……あら、ご自分のお名前ではなく『公務用接待費』として回されていましたわね。これも不適切支出として却下しましたので、全額貴方の個人債務となります」


「な、なぜそれを……!」


「私は会計官ですよ? お金の流れは血の流れと同じ。隠し通せるはずがありません」


 私はさらに一歩、密着するほどに王子に近づきました。

 彼の耳元で、湿った吐息を吹きかけながら囁きます。


「そして……一番重いのは、この3年間、私の『労働』に対して支払われるべきだった報酬の滞納です。私の専門知識、私の魔力、私の時間。それらを貴方は『婚約者だから当然だ』と搾取し続けた。……その遅延損害金、複利で計算させていただきました」


「ふ、複利だと……?」


「ええ。法律に基づいた、最も苛烈な利率で。……ああ、想像してください。秒単位で膨れ上がる利息。貴方が息をするたびに、貴方の自由が、貴方の未来が、私のアカウントへと吸い取られていく光景を……」


 私の声は、自分でも驚くほど艶を帯びていました。

 興奮で喉が渇き、舌先で唇を湿らせます。


「あ、ああ……っ、ダメ……。このままでは、私、イッてしまいそうです……」


「どこへだよ! リディア、落ち着け! 話し合おう! 婚約破棄は撤回だ! だからその紙を剥がせ!」


「お断りします。契約はすでに履行フェーズに入りました。……あ、言い忘れていましたわ」


 私は王子の腰のあたりを、じっと見つめました。


「その特注のシルクのパンツ。それ、王家の家紋入りですよね? 製作費は一着につき金貨10枚。もちろん、それも差し押さえの対象です」


「は!? ま、待て、パンツは……パンツだけは勘弁……!」


執行エグゼキューション。」


 私が指を弾くと。

 王子のズボンの内側で、バチン! と激しい音が響きました。

 魔法の封印紙が、彼の肌に直接、最もデリケートな部分を包み込むようにして貼り付いたのです。


「ぎゃあああああああああっ!? 冷たっ! というか、締め付けられる! 何だこの感覚は!」


「私の差押紙は、対象を完璧にホールドします。おめでとうございます、ジュリアス様。貴方の股間は、今この瞬間から私の『管理物件』となりました。私の許可なく、それを使用することも、脱ぐことも、用を足すことすら許されません」


「ひいぃっ! 鬼だ! 貴様は悪魔か!」


 王子の叫びに、私はトランス状態に近い法悦を感じていました。

 彼がもがけばもがくほど、赤紙はより深く、彼の存在そのものを侵食していく。

 その支配感。その完全なる隷属。


 私は潤んだ瞳で、王宮の天井を見上げました。


「ふふ……ふふふ。ああ、素晴らしいわ。この広大な王宮、数千人の使用人、そして誇り高き王族の方々……。そのすべてに、私の赤いシールを貼っていけるなんて」


 私はフラフラとした足取りで、玉座へと向かいました。

 王の座るべき、権威の象徴。

 そこに、迷いなく自分の尻を下ろします。


 ひんやりとした感触が、高揚した体温に心地よい。


「衛兵! いえ、今日からは私の『警備員候補生』の皆さん。この不法占拠者二人を、庭の犬小屋へ運んでください。あ、服を脱がそうとしないでくださいね? それは私の所有物ですから。彼らには、その『差押シール』を肌身離さず身につけたまま、労働で借金を返していただきますわ」


「そんな……! 私は聖女なのよ! 犬小屋なんて嫌あああ!」


「リディア! 覚えていろ! 父上……国王陛下が戻られたら、ただでは済まさんぞ!」


 引きずられていく王子の捨て台詞に、私はくすくすと笑いを漏らしました。


「国王陛下? ああ、あの方なら既にお手紙を出しておきましたわ。『国王軍の維持費が赤字なので、王冠を質に入れました』って。今頃、隣国で足止めを食らっているはずです」


 私は玉座に深く背をもたれ、脚を組みました。

 ミニスカートから覗く私の脚にも、熱がこもっています。


 追放? 結構なことです。

 これからは、誰に遠慮することなく、この世界のあらゆる『未払い』を私のコレクションにできるのですから。


「さて……次はどの資産を、私の色に染めてあげましょうかしら?」


 私は愛用の計算機を取り出し、次なるターゲット――この国の国庫そのものに、熱い視線を送りました。


 窓から差し込む夕日が、王宮を赤く染め上げていきます。

 それはまるで、国全体に貼られた巨大な【差押】の紙のように、私には見えていたのです。

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