第三話:騎士団長の誇りと防具一式、もれなく没収いたします
王宮の最深部、玉座の間。
かつては国王だけが座ることを許されたその場所に、私は深く腰を下ろしていました。
「はぁ……はぁ……。なんて、なんて素晴らしいのかしら……」
太ももに伝わる玉座のひんやりとした感触。
しかし私の肌は、対照的に沸騰せんばかりの熱を帯びていました。
視界に入るすべて。
立ち並ぶ円柱、天井から吊り下げられた巨大なシャンデリア、そして壁一面に飾られた歴代王の肖像画。
そのすべてに、私の愛しい「赤い紙」が貼り付けられています。
支配。いいえ、そんな傲慢な言葉では足りません。
これは「清算」という名の救済。
滞っていた数字が、あるべき場所へ収まっていくこの過程こそが、私の乾いた魂を潤してくれるのです。
「……っ、ふふ、あはっ!」
私は、自身の太ももをギュッと抱きしめるようにして、玉座の上で身悶えました。
一歩、また一歩と、この王宮の「権利」が私の中に溶け込んでくる感覚。
それは、どんな魔法の薬よりも強烈な多幸感を私に与えてくれます。
と、その時。
静寂を切り裂くように、重厚な金属音が廊下から響いてきました。
「そこまでだ、リディア! 貴様の暴挙、もはや看過できん!」
現れたのは、王国最強と謳われる騎士団長・ガイウス。
筋骨隆々の体に、伝説の魔銀で作られたという銀光りする鎧を纏い、身の丈ほどもある大剣を背負っています。
彼は怒りに顔を真っ赤に染め、私を睨みつけました。
「ジュリアス様と聖女様を犬小屋へ放り込むとは……! 貴様、自分が何をしたかわかっているのか! 今すぐその席を立ち、魔法を解除しろ。さもなくば――」
「さもなくば、何ですの? ガイウス様」
私は玉座に座ったまま、挑発するように脚を組み替えました。
ミニスカートの裾から覗く曲線が、彼の視線を一瞬だけ迷わせるのを見逃しません。
私はゆっくりと、愛用の魔導端末を操作し、彼の「データ」を呼び出しました。
「ガイウス・レオンハルト。騎士団長。……あら、貴方もなかなかに香ばしい数字をお持ちですわね」
「何だと……?」
「騎士団の装備更新費、過去3年分。さらに、貴方が『修行のため』と称して破壊した街の訓練場の修繕費。これらすべて、貴方の独断によるものであり、王室の正式な承認が得られていない『不正支出』として計上されていますわ。……あ、もちろん。貴方が毎晩のように部下を引き連れて飲み歩いている、酒場の未払い伝票も含めて」
私は、指先で端末の画面をなぞりました。
画面から溢れ出す、真っ赤な数字。
それは私にとって、どんな宝石よりも美しく、甘美な光景です。
「合計で、金貨4億2千万枚。……これ、貴方の給与で返済しようと思えば、およそ400年ほどかかりますわね。もちろん、金利抜きでの計算ですが」
「ぐっ……。そ、それは、騎士団の士気を高めるために必要な経費だ!」
「いいえ。会計学的に見れば、それはただの『無駄遣い』。そして、支払いが滞っている以上、それは『債務』です」
私は立ち上がり、ガイウスへと歩み寄りました。
彼が威圧的に構える大剣。その鋭い刃のすぐそばまで顔を寄せ、彼の耳元で囁きます。
「ねえ、ガイウス様。貴方のその自慢の鎧。そしてその大剣。……これらを作るための素材、どこから調達されたかご存知?」
「な、何の話だ……」
「私の実家、公爵家が所有する鉱山から、王宮のツケで納品されたものです。……そして、その代金は一度も支払われていません。つまり、それは私の持ち物と同じ。……ねえ、わかります? 貴方が今纏っているその重厚な金属は、すべて私の指先ひとつでどうにでもなる……私の『おもちゃ』なんですのよ」
「な……なっ……!」
ガイウスの顔から血の気が引いていくのがわかります。
私はその変化に、言いようのない興奮を覚えました。
強大な力を持つ男が、紙の上の一行に屈する。
その瞬間を、私はずっと待ち望んでいたのです。
「……執行。」
私がパチンと指を鳴らした瞬間。
ガイウスの身体を包んでいた銀の鎧が、突如として真っ赤に発光しました。
「が、はっ!? なんだ、この圧迫感は!」
バチン! バチン! という破壊的な音と共に、彼の鎧の各所に【差押】の赤紙が生成されていきます。
それは単なる紙ではありません。
対象を物理的に拘束し、所有権を剥奪する、最強の法的拘束魔法。
「ああ……見てください、この見事な収縮っぷり。魔銀が私の魔力に反応して、貴方の逞しい身体を締め付けているわ。……苦しい? それとも、私の熱を感じるかしら?」
「く、くそっ……! 動かん、腕が……脚が……!」
ガイウスは、その場に膝を突きました。
彼の纏う鎧は、今や彼の身体を守る防具ではなく、私への服従を強いる「拘束具」へと変貌を遂げています。
隙間のないほど完璧に貼り付いた赤紙が、彼の筋肉のラインを露骨に強調し、無骨な騎士を卑猥な彫像のように仕立て上げていました。
「……はぁ、はぁ。なんて、なんてそそる光景かしら。鋼鉄の男が、私の赤紙一枚で、指先ひとつ動かせなくなるなんて」
私は、動けなくなったガイウスの背後に回り込みました。
鎧の隙間から漏れ出る彼の熱い吐息と、屈辱に震える筋肉の振動。
それが、私の指先を通じて直接脳に響いてきます。
私は彼の首筋に、そっと指を這わせました。
「貴方のその大剣も、没収ですわね。……あら、ずいぶんと立派な装飾。これもすべて、私の私有財産。……ねえ、ガイウス様。今の貴方は、何一つ自分の意志で動かせるものを持っていない。……自分の心臓の鼓動さえ、私が『差し押さえる』と言えば、止まってしまうかもしれませんわよ?」
「ひっ……! き、貴様……本気で言っているのか……!」
「ふふ。……冗談ですわ。貴方にはまだ、働いてもらわなければなりませんから。……命を差し押さえても、お金は返ってきませんものね。……でも、その代わり」
私は彼の鎧の胸元に、最後の一枚をペタリと貼り付けました。
「貴方の『誇り』。これも、動産として計上させていただきますわ。……今日から貴方は、私の騎士団ではなく、私の『取り立て回収員』として、一生を捧げていただきます。……ああ、想像しただけでゾクゾクしちゃう。屈強な騎士団長が、私の命令一つで、各地の不渡り出した貴族たちから、無理やり税を毟り取ってくる姿……」
私の身体は、もう限界に近いほどの昂ぶりに達していました。
支配。服従。そして完璧な帳尻合わせ。
これ以上の快楽が、この世にあるでしょうか。
「あ、ああああ……っ! 最高……! 最高だわ、ガイウス様!」
私は彼の背中にしがみつくようにして、歓喜の声を上げました。
ガイウスの荒い呼吸と、私の吐息が混じり合い、玉座の間には異様な熱気が充満していきます。
「わ、私は……私は、こんな屈辱……」
「屈辱? いいえ、これは『義務』ですわ。……さあ、ガイウス様。お支払いができないのであれば、お身体で返していただきましょうか? もちろん、一分一秒たりとも休ませませんわよ。……利息は、今この瞬間も積み上がっているのですから」
私は、彼の鎧の「差押」という文字を、愛おしそうに舐めるような目で見つめました。
その頃。
王宮の庭の犬小屋では、王子ジュリアスが、差し押さえられたパンツの締め付けに耐えながら、虚空を見上げていました。
「……くそ、なぜだ。なぜ、あんな女を捨ててしまったんだ……。いや、あんな女、捨てて正解だったはずなのに……。……なんだ、この……妙な解放感は……」
王子の呟きは、誰にも届くことはありません。
王宮の各所で上がる、悲鳴と、絶望の溜息。
そして、バチン、バチンと響き続ける、赤紙の生成音。
それは私にとって、天上の音楽よりも心地よい調べとなって、この夜の王宮を支配していくのでした。
「さて……次は、騎士団の馬舎かしら? あそこの馬たちも、血統書付きの立派な『資産』ですものね。……全部、私の色に染めてあげなくちゃ」
私は、頬を赤く染め、濡れた瞳で夜の闇を見つめました。
取り立て無双は、まだ始まったばかり。
この国のすべての数字が私のものになるまで、私の渇きが癒えることはないのです。




