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ベナートン 害獣駆除 怪物とノス・テリネウス

必要な武器は2丁のライフル、そして緊急用のピストル。


B15の入ったケースをバイクに装着し、Karovのケースを背中に背負う。腰のガンベルトにはBlocker19の入ったホルスターが着いている。

上半身には防弾プレートを収めたプレートキャリアも装着していた。最低限の防具として身に着けているものだが、正直言ってこれから相手する存在にはあまり意味のないものだ。接近してきたスニファーは、プレートで防護されていない顔や首を狙って攻撃してくる。今回の場合、体を守るためというよりは、KarovやBlockerの弾倉を収納するための装具としての意味合いが強い。


バイクに跨り、腕時計を確認した。

時刻は19時。空は暗くなりかけ、宿のそばの通りを自動車とバイクが行き交う。


今夜、俺はスニファーたちを駆除する算段だった。


もちろん相手は野生動物だ。あのスニファーたちが今日も牧場へ牛を襲いにやってくるとは限らない。来たとしても、昨日と同じ時間に来るかは分からない。だが、スニファーは活発に動く怪物だ。

その分エネルギーの消費は大きく、他の動物に比べて生命活動の維持により多くの餌を必要とする。だから、今日も牧場へやってくる可能性は高いと踏んでいる。スニファーにとって牧場とは、肥えた牛がいくらでもいる最高の餌場だ。獲物たちは過去に自然の中で培ってきた剃刀のように鋭敏な野生を失いかけ、逃げ場のない牛舎の中に閉じ込められている。抵抗を受ける心配もなければ遠くへ逃げられることもない。過去に自分たちへ銃を放ったグレイラットもいない。

奴らは今日もまたダニエルズ・ファームの敷地へやってくると俺は考えている。


エンジンを呼び覚まし、牧場へと向かった。オーナーにはこれから向かうと連絡してある。


オーナー夫妻の家の前にバイクを停める。

車体に括り付けておいたバックパックを背負い、ケースから2丁のライフルを取り出した。B15はバックパックのライフルホルダーに挿し、Karovはスリングを使って首から提げる。


家の窓からは明かりが漏れている。

中に夫妻がいることを示すサインだった。カーゴパンツからスマートフォンを取り出し、オーナーの番号に掛けた。


「こんばんは。今から牛舎を見張ります。スニファーが現れ次第駆除します」


「そうか。気を付けてくれ。俺は家でリンディと待ってるよ。午前5時までにあんたから連絡がなかったら、STCBに連絡すればいいんだよな?」


「はい。その時は俺の身になにかあったと考えてください。STCBに連絡してもらえれば、隊員が調査と救援にやってきます。あなたは家から出ずに、隊員に事態を説明してください」


「分かった。次に聞くのがあんたからの駆除成功の連絡であることを祈ってる」


電話を切り、再びバイクに乗って、昨日バイクを停めた看板を目指した。

天気も、生き物の気配も、全てが昨日と同じだ。

スニファー達にも、昨日と同じように牧場へ現れてくれることを祈った。


看板の足元に駐車した。

暗視ゴーグルを頭に取り付け、電源を入れる。世界がエメラルドグリーンに染色される。

Karovをコッキングし、薬室に弾を送った。

ここからは奴らの領域だ。銃を握って歩き出す。ゴーグル越しに周囲を伺い、聞こえる範囲全ての音に耳を澄ます。

匂い。青臭い下生えと、森と、土の匂い。とある脇道のそばを取った時には鼻を突くようなきつい臭いがした。きっとその道の向こうには鶏舎があるのだろう。


スニファーが現れた牛舎までにはまだ距離がある。

草木の揺れる音が聞こえるたび、俺は足を止め、そちらにKarovを向けた。銃の上部に取り付けたサイトの視界内に、いつでも対象を収められるように。サイトの中に浮かぶ赤いレティクルの中に怪物をとらえ次第、撃ち倒せるように。


道中でスニファーと出くわすことはなかった。全ては過敏になった警戒心と無害な野生動物、そして風や木々の揺れによってもたらされるいたずらに過ぎなかった。


昨日の監視ポイントに到着した。

バックパックを地面に降ろし、B15を引き抜く。

Karovは寝かせたバックパックの傍に立てかけた。Karovは堅牢で信頼性の高い銃だが、地面に置くと可動部に砂が侵入する可能性がある。そして砂が入れば戦闘中の動作不良につながる危険性がある。危険性は出来るだけ排除したい。立てかけて置いたのはそうした理由からだった。


バックパックの上にB15を置き、俺も地面に伏せて、伏せ撃ちの姿勢でライフルを保持する。B15のスコープはあらかじめ暗視用の物に変えてある。これで夜間でも監視と狙撃が可能だ。


孤独で、退屈な監視が始まった。

昨日の死骸は牛舎の中に放置されていた。全身の肉の半分ほどを喰われた牛。昨日の場所から微動だにせずそこにある。


生きている方の牛たちは牛舎の中で群れを成し、一夜を越えようとしているように見えた。

今夜も現れるかもしれない捕食者を警戒しているようには見えない。ぬかるんで汚れた地面に寝そべる80頭の牛で構成された群れがそこにあった。このまま誰もスニファーを始末しなかった場合、彼らはどうなるのだろう。最後の1頭になるまで、スニファーの食事になり続けるのだろうか?

彼らは本当に仲間の死に何も感じていないのか。俺にはそう見えているだけで、実際に彼らが感じているのは自分たちにはどうすることも出来ない怪物たちへの恐れと無力感ではないのか?


俺は主に、スニファーのやってきた山の方角と牛舎のあいだにある平地、つまりスニファーの通り道を見張っていた。

森と平地との境界から牛舎までは大まかに見積もって170メートル。奴らがここを通った時が狙撃のチャンスだ。

奴らがいる森の中は暗視ゴーグルでも見えにくく、樹木や藪などの遮蔽物が多すぎる。逆に牛舎の中に入られてしまうと、狙撃のチャンスは失われてしまう。牛舎の中は牛が詰めかけていて、姿勢の低いスニファーだけを狙い撃つのはほとんど不可能だ。撃ったとしても銃弾による牛の死という新たな死因による犠牲を出すだけだろう。


スコープの中には、鬱蒼と茂るバーントウッドの豊かな森林と、緑の丈の低い牧草からなる放牧地の地面、そしてスコープの中に描かれた、照準補助用のレティクルが映っている。生きているものは映っていない。唯一、牛舎の方へ照準をずらした時のみ、多数の牛の群れが視界を占有する。彼らは落ち着いている。


時折、スコープから目を離して体をリラックスさせたり、時刻を確認したりした。腕時計は夜間でも針が見える仕様になっている。長針と短針、そして秒針が表す時刻に時には絶望した。まだそのくらいしか時間が経過していないのか、と。


ここのスニファーが律儀な性分なら、昨夜の時間通りに姿を現すまであと4時間以上ある。

ああもう、まったく!自分では退屈への耐性はある方だと思う。だが、それが苦にならないというわけではないのだ。たとえ過去に何度も同じような監視や見張りを経験していたとしても、退屈や孤独に対して無痛にはなれない。


再びライフルに取り付き、監視を続行した。

こうして生きるために必要な活動を行っていると、精神が没頭し、余計なことを感じなくなる状態に突入することがある。自分が行っている目の前のことに集中し、それ以外に対して鈍化するのだ。僧侶や職人、魔法使いたちの精神に近づく。そうした状態は、しばしば兵士が職務を遂行する際にも必要とされる。ノス・アルゴノスの魔法使いたちは、自らの精神の状態を自由にコントロールできるという話を聞いたことがある。その話が本当なら、俺にもその能力を授けてほしいものだ。


今が春とはいえ、アロセントの夜は冷えた。

ヴェルトール北部の、俺の生まれ故郷の町に少しだけ似ている。こうして体を動かさずに静止し続けていれば手足が冷えてくる。グローブをはめているとはいえ、射撃用の薄手の物だから寒さを防ぐ能力は皆無だ。

過酷な環境にも対応できる怪物や他の種族の体が少しだけ羨ましく感じられた。


長い時間をかけて、精神が今の状況に順応した。

内側から沸くあらゆるストレスの波が鎮まり、脳は不必要なことを何も考えなくなる。自分が眠りに落ちていることを自覚する瞬間があるように、俺は自分の体にその瞬間が訪れているのを感じていた。

今は四肢の冷たさや退屈さを感じない。ただ、自分の望むタイミングが訪れるのを待っている。


牛たちは捕食者の接近を俺よりも早く察知した。昨日と同じだった。

彼らの方が俺よりも聴覚に優れ、位置もスニファーに近い。牛舎の外側に近い位置で眠っていた何頭かが素早く頭を起こし、北側を向く。耳も同じ方向を向いていた。やがてその動きが他の牛にも伝播する。体を硬直させ、不安げに森の方を向く。スコープの中で全ての牛が身を起こした。


ライフルの向きを少しだけ変え、スコープの真ん中にある照準線の交点がスニファーの通り道の少し下に来るように調整した。俺が伏せているこの場から、スニファーの通り道までの距離は200メートル前後。マグナムライフルで撃つにはかなり近い距離だ。そしてB15から放たれた弾は山なりの軌道を描くから、照準を標的の下に下げて撃つと当たりやすい。


スコープの視界の端に、スニファーが映った。北に見える森と放牧地の境界から牛舎までの道を横切ろうとする。森を出た途端に速度を緩め、頭を揺らしながら長い鼻で空気を吸い込む。食事を邪魔しようとする者がいないか、空気中の微細な粒子から察知しようとしている。


照準がぶれないように息を止める。引き金に触れている右手の人差し指に僅かばかり力を込める。銃本体には力が伝わらないよう、体は脱力していた。銃を動かしてしまえばせっかく合わせた照準が逸れ、見当違いの方向に弾が飛んで行ってしまう。


先頭のスニファーがゆっくりと歩き出す。距離を置くようにして、その後ろから群れの仲間が森の中から這い出てきた。4体。昨日と同じ数。

視力の悪い目の代わりに発達した嗅覚で周囲を探っている。奴らは常連として馴染み始めた餌場に異常がないかを確かめていた。昨日に比べれば慎重さの目立つ振る舞いだ。今日はそこまで腹が減っていないのかもしれない。だが着実に牛舎に近づいている。牛たちの方に頭を向け、どの牛を獲物にしようかと迷っている。


照準を合わせ、呼吸を止めた。さらに少しだけ、引き金に触れる指に力を入れる。

レティクルの中心を先頭のスニファーの体の中心から下に置いて、そいつが移動するのに合わせて照準も微調整する。今はほとんど無風だから、風による横方向への弾の移動についてはさほど考慮する必要はない。照準が正しければ、銃口から放たれたライフル弾が、スニファーの肺を直撃する。


牛舎に歩み寄っていた先頭が牛の様子を探るために鼻を突きだし、耳をくるりと前方に向けた。体を静止させ、嗅覚と聴覚による情報収集に徹している。


絶好のタイミングだった。

体が反応し、引き金の最後のひと絞りを引き切る。


サプレッサーで抑えられた鋭い銃声が響き、マグナムライフル弾特有の強力な反動が俺の肩を蹴った。本来ならば雷鳴のような音が響くのだが、銃口に取り付けた消音器具のおかげで、その音はずいぶんと静かなものに落ち着いていた。


銃身が跳ね、同時にスコープの視界もガクンとずれる。あのスニファーに弾が命中したのか、当たったにしても死んでいるのかはまだ判別できていない。

すかさず右手でライフルのボルトを掴み、上に押し上げた。さらに後方に引く。金属音が響き、銃上部の排莢口から空の薬莢が排出された。

今度はボルトを押し込み、下に下げる。これで機関部に新たな弾が装填された。この一連の動作は1秒足らずの時間で行った。


反動でずれたライフルの向きを修正した。スコープにさっき撃ったスニファーの姿が映った。奴は自分の体に何が起こったかを把握しないまま、突如響いた銃声と体への衝撃に驚き、闇雲に駆けようとしていた。

だが、数歩踏み出したあたりで、牧草地の地面にがくんと倒れ伏せる。破壊された肺は体が必要とする働きを為さず、弾丸によってできた銃創から流出した血で満たされている。刺さった弾丸と、伝達した運動エネルギーが体内の組織をずたずたにしているに違いない。戦闘や逃走に必要な酸素が体内の細胞に行き届かず、このまま死を迎えていくだろう。筋骨隆々の体はぐったりと倒れこみ、痙攣を繰り返していた。


今度は倒れたスニファーの後方にライフルを向けた。

一般的な動物であれば、群れのリーダーが撃たれたという事実に驚いて逃走するだろう。だがこの怪物たちはそうはしなかった。驚き、当惑しながらもその場に留まっている。しきりに鼻を動かし、丸い耳を回転させながら、襲撃者の位置を特定するための情報を集めようとしている。これこそがスニファー、そして多くの怪物どもに共通する特徴だった。強烈な攻撃性は彼らに逃げの一手を選択させない。ただ襲撃者を狩りだし、殺させる。なんと恐ろしい性質なのだろう!


おかげで次の狙撃対象に狙いをつけ、次弾を発砲するのがずいぶんと楽だった。さっきの一体を撃った際に、弾丸がどんなコースを選んで飛ぶのかは理解できた。

またも引き金を引き、森に最も近いポジションに陣取っていた一体を撃つ。今度も肺に命中したはずだ。対象は悲鳴も上げずに崩れ落ちる。毛だらけの体が草地に沈み、筋肉の詰まった4本の足が最後のあがきで激しく空を掻く。


ボルトを操作して排莢と再装填を完了し、再びスコープを覗く。

残った3体のスニファーは皆、斜面の上にいる俺の方へと頭を向けていた。奴らはついに俺の位置を特定したのだ。消音器を着けているとはいえ、発砲音が完全に消えるわけではない。奴らがその気になれば200メートル前後の距離から聞こえる音の発生源を突き止めるのは容易いことなのだ。

群れが一斉に駆け出し、こちらへの距離を詰めようとするのが見えた。


B15を置き、代わりにバックパックに立てかけていたKarovを引っ掴む。


銃右側のレバー上の安全装置を下げて解除し、連射可能な状態にした。頭の上の暗視ゴーグルを下ろし、スニファーの接近に備える。こうなればB15の出番は終わりだった。威力と精度、射程に優れる武器だが、連射は不得意だ。接近を開始している怪物相手に使う武器ではない。


スニファーが猛スピードで迫ってくる。

ゆっくりと交代しながらKarovを構えた。銃の上に装着した近距離用サイトのレティクルに、先頭の1体を収める。

素早く二度、引き金を引いた。Karovが跳ね、銃口から発射炎と乾いた発砲音が生まれた。それに伴ってサイト越しの視界も揺れる。


倒れたスニファーのやや後方にいた仲間に向け、さらに撃った。悲鳴は上がらなかったが、相手の足がかなり鈍ったから効いているのだろう。とどめの一発で、そいつは全身から力を失って倒れこんだ。体を支えていた芯が消え、どろりとした半固形の物体になってしまったみたいだった。

残っているのは1体だけだ。荒い呼吸を繰り返しながら迫ってくる。短い呼吸音と、高速で地面を踏みながら接近する音がはっきりと聞こえた。彼我の距離は縮まっている。自分の心臓が少し暴れているのが分かる。肉薄されれば形勢が逆転する。そうなれば待っているのは確実な死だ。昨日見た牛と同じ末路を、俺が辿ることになる。


サイトの中に最後のスニファーの体を収め、引き金を引いた。一瞬相手の体が揺れ、足を止めかけた。だが速度は落ちない。なおも狂暴性を維持したままだ。

3発撃ちこんだ。最後の1体は勢いを維持したまま、草の中に飛び込むようにして沈黙した。


これで全部のはず。

Karovを構え、周囲を伺った。他にスニファーは?いない。

他の怪物や襲撃者の影は?ない。


辺りが静かになった。正確には俺の耳が周囲の音を拾うようになった。来た時と同じ、牧場の生き物たちの声が聞こえてくる。抑え込んでいた興奮から醒めつつある自分の深い息がそれに混ざる。


やることはまだいくつか残っていた。まずはスニファーたちの生死確認だ。

怪物は往々にして高い生命力を持っている。痛覚も鈍いことが多い。致命傷を負っているように見えた対象が息を吹き返し、第二ラウンドを仕掛けてくることだってありうるのだ。


Karovに安全装置を掛け、代わりに腰のホルスターからBlockerを抜いた。それを構えながら、スニファーの死体、というよりは死んでいるように見えるスニファーに向かって歩み寄る。

最後に撃った1体、最も俺に接近していたスニファーはまだ息があった。うつぶせに倒れこんだ体の背中が何度も上下していることがそれを示している。Karovの7.62㎜弾は、こいつの肩と背中から体内に入っていた。体の中は引き裂かれ、血で溢れているだろう。放っておいても死ぬだろうが、最後のファイトを見せられても困るし、こいつを楽にしてやりたい。Blockerをスニファーの頭に向け、撃った。それで完全に動きが止まった。


近くの2体の死を確認し、俺は坂を下りた。

B15で撃った2体の生死を確認するためだが、予想通りどちらも死んでいた。両方とも胸の脇に赤黒い射入口があり、倒れ伏せたままぴくりとも動かない。目は開かれたままで、口の端から舌が垂れている。全身が弛緩しているのは彼らが絶命したことを表すサインだった。


異種間大戦の前まで、スニファーはノス・テリネウスを最も悩ませていた怪物の一つだった。

遭遇数は多く、頑強な体と狂暴性を併せ持ち、おおよそテリネウスの扱う武器では撃退の困難な生物だった。彼らを倒すにはノス・アルゴノスの魔法使いを招集するか、テリネウスの戦士が弓や剣で多大な犠牲を払いながら大人数で封殺するのが定石だった。

現在でも非武装の民間人が襲われる事例が多発しているが、異種間大戦後、正確に言うなら「銃」の開発と普及以降、この怪物は決してテリネウスにとって「天敵」と畏怖するような存在ではなくなっていた。市場に普及している銃の多くが、この盲目に等しい怪物に死を与えられる威力を備えていた。

5体の捕食者の群れは、銃を備えたノス・テリネウスの兵士である俺一人に討たれたのだ。


牛舎の方を見る。牛たちは不思議そうに眺め返してきた。もしかすると俺のことも敵だと認識しているのかもしれない。そう思って近くまで歩み寄ってみたが、意外なことに逃げようとしない。ついに柵越しに触れられる距離まで近づいても。牧草と牛糞の粒子が大気に乗って漂っている。鼻は湿っていて、べちょべちょと音を鳴らしながら舌を動かしている。彼らの耳にはタグが付いていた。


グローブを外し、手を伸ばして牛の鼻先を撫でてみた。しっとりとしていて、温かい。触られても牛は驚く様子を見せない。驚くほど寛容な精神の持ち主だった。


オーナーに連絡し、それからSTCBに任務の完了を報告した。

すぐにSTCBの化学科のM19トラックが到着し、怪物と牛の死骸は回収された。RAT兵が仕事をこなした時に必ず発生する死骸を回収、処分するのは彼らの重要な仕事の一つだ。現場に放置すれば土壌汚染や疫病の発生の原因になる。

ネイビーラットと内務オペレーターもやってきて、調書を取った。内務オペレーターからの質問攻めに俺がうんざりしかけていた頃に、ピックアップトラックのライトが放牧地の闇を切り裂いた。M19トラックの上部に取り付けられた回転ランプの遠慮がちな赤い光が、ピックアップトラックの強烈な光にかき消される。運転席の扉が開き、中からオーナーの逞しい体が躍り出る。怪物は死んでいるというのに、彼の手にはあの祖父の散弾銃(グランパズショットガン)が握られている。妻はいなかった。きっと家で良い報せを待っているのだろう。あるいは寝ているのかもしれない。俺は腕時計を見た。午前2時18分。


「死んだスニファーはどこだ?一目見てみたいんだが」


「死体はトラックに積み込みました。危険ですので近づかないでください」


「見せてくれたっていいだろうが!自分の牧場を荒らした害獣どもの死体を拝むことすら許されないってのか?」


オペレーターやネイビーラットの静止を振り切り、オーナーは化学科のトラックに大股で近づいていく。そして荷台の後部の幌に頭を突っ込むようにして中を覗き込んだ。

死体の見物が終わり、こちらに戻ってきた彼の顔は晴れやかだ。


「よう、あんた最高の仕事をしてくれたじゃないか。リンディもきっと喜んでくれるぞ」


その日の朝9時、俺はSTCBベナートン支部で作戦報告書を提出した。

支部の入口を出るときにラナが声をかけてくれた。


「お疲れ様。さっきオーナーから電話があってね、『牛も俺たちも安心して眠れる』ってすごく喜んでたわよ。あと、『ぜひランチでも一緒にどうだ』ですって。家で待ってるって言ってたわ」


「ああ、もちろんお邪魔させてもらうよ」


荷物を満載したバイクに乗り、オーナーの家へ向かう。既に宿のチェックアウトは済ませた。この街を出る前に、ダニエルズ・ファームの食事をご馳走になるというのは魅力的な案だった。


そして結論を言うならリンディさんの作る料理は絶品だった。



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