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炎のモリビト。  作者: うし
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徒歩Ⅱ。

 穏かな日々。順調に成長するヒクイドリの雛の世話をして過ごす。


 遠征隊が出発してから早2週間。あれほど大規模に守人を送り出したからには、遮りの山に鉄の民も集結しているに違いない。


 東と西の鉄の民が森を迂回して北に集結すれば、南への増援は皆無と言えるだとう。



 こちらから鉄の民へ攻め込んだことは今まで無かった。それが今回、初めてこちらから攻め込んだ。


 なぜこうなったのか。


 何人の鉄の民が炎樹の元へ還るのか。



 それにしても、今日はやけに炎樹の森が騒がしい。


 生き物の火が騒いでいるだけではない。木や草が擦れあい、嫌な気配を伝えてくる。


 「今日はいい日かもしれないし、悪い日かもしれないし」


 「惑わし虫、毎日毎日飽きないな。それで、それはどういう意味だ」


 「伝火ホタルは友達。伝火ホタルの意思が分かるかもしれない、分からないかもしれない」


 

 伝火ホタルになにかよくないことがあったのか。とすると、遠征隊になにかあったのか。


 この森のざわめき、伝火ホタルの火が伝っている最中のものと言われれば理解できる。強烈な火の意思が飛んでくるのだ。炎樹の森に生きる物すべてが何かしらの影響を受ける。


 トーチトーチの実を啄ばむヒクイドリの雛。喉袋が淡く光り、その光を啄ばもうとクチバシを空振らせる。


 緊張感の無さはまだ火を感じるほど成長できていないからか。それとも、俺の手が介入したことが雛へ悪い影響を与えているのか。


 

 分からないことばかりだ。この嫌な予感も、せめて原因が分かればいいのに。


 「来たかもしれないし、来ないかもしれないし」


 

 『『遠征失敗』』


 肌を火の意思が撫でていく。ざわっとした感触はいつ感じてもいいものではない。伝火ホタルが伝えるのは凶報のみ。なぜなら緊急用の連絡手段だからだ。


 何度も、何度も、味わった触り。


 町に届くにはもう少し掛かるか。



 大鍋小鍋のおばあさんが言っていた「飯はな、火加減が命じゃ」と。


 体が走り出した。



 

 

 「おお、夜の人。戻ったか。森で伝わったであろうが、遠征隊からの知らせが入ったのじゃ。どうやらなにかよくないことがおこったようである」


 「炎家様。あの数の遠征隊を編成したにも関わらず、伝火ホタルを利用したということは」


 「そうじゃのう。鉄の民がなにか策を弄したかもしれんのう。ともかく、急ぎ救援部隊を編成し北へ向かわせる必要があるのじゃ」


 

 木の洞に居を構える炎家様。それほど広くない空間に、多くの守人が集まる。


 「500人もの守人を相手取り、鉄の民が善戦するなど考えられません。これは、炎樹の守りを遠ざけることで直接この場所を乗っ取る罠です」


 「東と西の増援が森の中を背後から襲い、挟み撃ちにあっているのだ。補給線を維持するための伝火ホタルだろう」


 「まてまて、火を灯した鉄の民がいて、伝火ホタルを利用したのかも」


 

 守人の動揺が激しい。それぞれが思うままの意見を言っていては話がまとまらない。それだけ、この伝火ホタルの伝えが衝撃的なことだと再確認させられる。


 「少し静かにせい」


 一喝。そういうにはあまりに穏かな一声。それでも、集まった守人すべてが一応に黙る。


 炎家様の存在は炎樹と共に炎の民の支えなのだ。


 

 「アールン、フォフリナ、カイ、お主ら3人は50の守人を連れて北へ向かうのじゃ。途中になにがあるか分からぬ。十分注意の上で進むがいい」

 

 「「はッ!」」


 

 大戦中でも見たことのある人たち。それぞれが名のある守人だ。


 「この町の防備も十分に固める必要があるのう。ジョーシス、お主にこの役目を任せよう。十分な警戒心を持ち、火を決して絶やすでないぞ」


 「はッ! 必ずやご期待に応えましょう」



 「うむ。栄誉のため、灰とならん」

 

 「「栄誉のため、灰とならんッ!!」」



 地面を駆ってそれぞれの任へ向かう守人たち。


 くそ、この戦いに参加しなければ。俺は火を一生使えなくなる。そんな嫌な感触が拭えない。


 

 だが、足が動かない。目蓋の裏に浮かぶ、あの光景が。あの火花が。あの、灰が流される風が。こびり付いた汚れが、いつの間にか積もり固まってしまっている。


 喉が渇いて張り付く。舌を動かそうにも、焼けるような痛みが走る。



 「わかるぞ。夜の人よ。その火の葛藤を。お主の記憶に焼きついておるのは恐怖じゃ」


 いつの間にか、隣に立つ炎家様。


 その小柄な体躯からは想像も付かないほどの気配を纏っている。


 「恐怖は火を燻らせる。その力を無意識に押さえ込み、その足を絡め取る」


 「恐怖、ですか」


 「そうじゃな。年端も行かぬお主らを戦場へ駆り立てたのは他でもない私じゃ」


 炎家様の言葉は静かだ。風がそよぐと火を飛ばしては揺らめかせ、まるで生きているかのように自在に言葉に火を乗せる。


 炎樹そのものを体現する存在。


  

 「あの大戦は本当に凄惨なものじゃった。火を操るのが上手かったばかりに、お主ら晴れの日の子どもらは11歳にして戦いを経験したのじゃ。心のできぬうちに、心を壊してしもうたのじゃ。


 クーリドは守るための火じゃったはずなのに、力に溺れ、羨望を欲した。


 ティムの火は癒しの火じゃったはずなのに、癒すべき対象を見失ってしもうた。


 サナは炎の民を先導する強い心を手に入れるはずじゃったのに、その炎の民を灰へ還すことになってしもうた。


 アルシャナは操れぬほどの強い火を灯し、その火と対話する時間を失った。


 フォルテ、お主は物を生き物へと生みかえる火を有しながら、その火で生き物を物へと還してしもうた。そのしこりは今もなお心に降り積もり、いつまでもいつまでも曇らせておる。どうじゃ、今始まりの火はなんと言っておる」


 

 炎家様の言葉は生きている。



 「火の加減を、学べと」


 「なるほど。お主は大鍋小鍋でよく飯を食べておったな。アンガジャの飯は火そのものじゃ」


 おばあさん、アンガジャって名前だったのか。

 



 「ふむ、お主は知っておるようだな。この遠征の裏で南下している2人のことを」


 鋭い眼光。この幼い火では、炎家様に隠し事など無駄か。しかし、その真意が全く分からない。サナのような不動の火ではなく、ただただ乱れない一本の火。


 「北の伝火ホタルが数で勝り、森全体に共鳴してしもうたためかのう。南から伝わる火の意思に気付いた者は一人としておらぬ。じゃが、確かに伝火ホタルが鳴いておった。2人の身に何かが起きたことは確かじゃ」


 「あの2人に……ですか」


 「そうじゃ。北と南、どちらもがこの現状。あの日に生まれた、火を灯した鉄の子どもが気がかりじゃ。私はのう、夜の人の考え方が好きじゃ」


 

 炎家様の火を読んだ上での、先読みされた会話に踊らされる。この木の洞の中で、暖気に包まれる。


 「鉄の民は蝕みを恐れておるだけなのじゃというた、夜の人の意見に、私は驚かされたのじゃ。394歳にもなった私の古臭い考え方ではなくのう。できれば穏便に鉄の民の子どもをここへ連れて来て、蝕みにならぬように訓練させてやりたかったのじゃ。そのための隠密行動じゃったがのう」


 「そういうことだったのですね。なぜあの2人を静かに向かわせたのか不思議だったのです……。ありがとうございます」


 「違おうのう。お礼を言いたいのは私のほうじゃ。そして、これからまたお主を過酷な戦場に送ることになるのじゃ。礼など言われては心苦しいというもの」


 

 燃え上がる炎が体を撫でたかのような、唐突な息苦しさ。空気が全て火によって奪われてしまったのではないかと錯覚した。


 汗が背中を伝う、驚くほどゆっくりと。


 「私の炎の民がその役目を終え、炎樹様の元へ還るのは良いことじゃ。じゃがのう、無闇に灰へ還ることを私は良しとは思えぬのじゃ。北も南もどちらもを助けるには、これしかないのじゃ」


 ちょいちょいっと手を振る炎家様。その身の前にかがむと頭を撫でられた。


 「夜の人。いや、始まりの火フォルテよ。南の2人の元へ行くがよい。そして、戻ってくるのじゃ」


 

 全身が泡立つのを感じるなんて、本当に久しぶりのことだ。昔はもっと勇敢だったはずなのに、こんなにも臆病になってしまった。


 戦いから逃げ出したあの大戦終結後。


 「そうじゃ、あまり時間が無いのでな。お主はあまり得意ではないようじゃがのう、飛んで行くがよいぞ。どの道一人旅じゃ、歩調を合わせる必要などないのじゃよ」


 強火で炒った、焼き穀物を思い出す。


 「火の翼(エルフート)ッ!!」


 噴出した炎は炎家様がいなしてくれる。


 思うが侭に飛び立った。

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