鉄の民の罪。
「見つけたッ!!」
広大な森の外れ、始めて訪れる地。目の前にはザラザラとした感触だけを伝える砂。
その境界線より少し森の中にか細い火、砂の山の中に真っ黒な暴火。
体に溜まる熱を逃がすため気温の低いかなり上空を飛んできたが、断続的な飛行を繰り返しても2日かかった。
火を使い続けてきた影響もあり、かなりの倦怠感が体を包み込んでいる。とにかく水を飲まなければ。
「サナァァァアッ!」
木々の隙間を縫って地面へ飛び込む。火花が爆ぜ、煙が舞う。
そして豪快に転んだ。
「痛った……くッ」
「ヘタクソ、だね」
倒木の側、苔むした地面に座り込んだサナは弱々しく笑った。
「ごめん、遅くなった」
左太ももを損傷しているのか、血が乾いて変色した痕。簡易的な応急処置が施されているが、傷口を焼いたのだろう膿が浮かんでいる。
「アルシャナが、砂で戦っている。森の中に入れば攻撃されなかったの、なのにアルシャナは砂へ戻った。フォルテ……、止められる?」
サナが背を預ける大きな倒木の後ろでは、今もなおとても強い火の意思が渦巻いている。余りにも濃密過ぎる火の気配が濃い森の空気を溶かし、肺を撫でる。
「行ってくる。サナはここで待っててくれ」
皮袋の中の最後の水を飲み干す。火照る体に突き刺さる。しまったな、空から降ろしたばかりで体温と水の温度が違いすぎた。
もう一度火の翼で空へ。遮蔽物のない砂の地でなら、すぐ見つかるだろう。
「待ってッ!空はダメ。的になる。頭を下げて、砂を走って」
「……。分かった」
なんだ。砂に何がいるっていうんだ。
まあいい。走るほうが好きだ。
森を抜けるのはそう時間の掛かることではなかった。暗がりから日向へ飛び出る。
広大な砂、砂、砂。違和感があるといえば、どこまでもどこまでも平らな砂地が続いていること。
その砂地のいくらか先、一段と濃い火が見える。というよりも、そこ一点だけ光が飲まれている様に真っ黒に見える。
そして感じる。異常な気温の上昇。幾ら遮蔽物の無い砂地とはいえ、これほど強く気温が変化するなんてこと、通常では考え憎い。
素直に解釈すれば、これは影の、アルシャナの火。
「アルシャナッ!そこにいるんだろ」
轟々と燃え上がる黒点が揺らめく。
「フォルテですか……。伝火ホタルは随分早く意思を伝えてくれたようですね……」
「炎樹様がな。それより、状況は」
吸収されていた光が開放される。
見つめていた場所が唐突に閃光を放ち、眩暈がした。
「ひどいな。少しは」「敵の正体はほとんど分からない。だた、熱に反応して鉄の球体を放出してくることだけは分かったわ」
視界が戻る。
「お前、その肩……。それに、腹……」
ひどい有様だ。右肩は完全に砕けてしまっている。腹も焼いたようだ、それもかなり激しく。
「今まで戦ってきて、これほどの傷負ったことがなかったから。対処方法がよく分からなかったのよ」
「そうか……。炎樹様が帰って来いと言っていた。作戦は中止だ」
驚いた表情を浮かべる。
「中止。そうね、サナを連れて戻って。私はやるべきことがあるわ」
見る見ると光が吸われていく。なぜか咄嗟にアルシャナの手を掴んでいた。
「なに言ってんだ。アルシャナも戻るんだよ。それが炎樹様が俺に与えた役目だ。空を飛べばすぐに戻れる」
「その空を飛べないから、こんな場所で3日間も耐えているんじゃないの。敵は熱に反応して攻撃してくる意思の無い鉄の塊よ。火の翼で飛び上がったところを攻撃される」
「だからか……。サナが砂の上を行けって言ってたのは。だがな、俺はここまで空を飛んできた。攻撃なんて一度も受けてない」
また驚いた表情をする。
光の吸収も収まった。良かった、あのままアルシャナが影に入ってしまったら俺の手は跡形も無かった。
「森では攻撃を受けない。私たちはここまで歩いてきたから、前提がそもそも間違っていたのね」
なるほど、足を怪我したサナを連れて森を歩いて戻るのは不可能。そこで飛んで帰ろうにも、狙い落とされる可能性があった。だから、森までサナを戻した後にわざわざこの目立つ砂地で戦っていたのか。
「3日間試し続けたわ。砂丘を潰して砂地を均し、この辺り一帯の気温を操作して火を感知されないようにしたのよ。そして火を感じない敵を探した。そして、見つけた」
「違和感は感じてたんだ。相変わらずやることの次元が違い過ぎるな。地形を変え、天候を操作し、アルシャナ。化け物みたいな奴だな」
ニコッと笑うアルシャナの目はどこまでも深くを見つめている。操りきれない火を灯し、それでもなおその火を御するだけの精神を保っているんだ。それほどの集中を維持しているんだ。
俺を灰へ還さないように。
「見てて」
あっと言う間に光を吸う。
その高温に肺を焼かれそうになる。寸でのところで火をいなして自身を守る。
『まずはあそこ』
響くような重低音が砂を揺らし、均一に敷き詰められた砂を弾きあげる。
遠くが光る。火が上がった場所を何かが通り抜け、遠くの砂が小さく跳ねた。
『あの鉄の塊は300回攻撃した。これで終わり。この作業を1005回繰り返して、この辺り一帯はもうほとんど攻撃されなくなったわ。それから……』
影から出てきたアルシャナがスタスタと歩き出す。無意識にその後を追いかける。
光る。
それとほぼ同じタイミングでアルシャナの目の前で真っ白な火が発光する。
ダーンッ!
「なんだよ。さっきから」
遅れて地鳴りのような音が鼓膜だけでなく骨をも響かせて駆け巡る。
「火を全開で拡散させ、飛んでくる鉄の球体が乱した空気を感じているのよ。目では追いかけることが出来ないから、感じた瞬間に消滅させているわ」
『目で追えないって、そんな物灰へ還せるのはアルシャナ、お前くらいしかいないよ」
余りにも力量に差がありすぎるな。呆れるばかりだ。
「そう。まぁいいわ。とにかくあの鉄の塊の残り攻撃回数が、23回。全て攻撃し尽させて回収するわ」
「まて、アルシャナ。3日も、火を使いすぎだ。森に戻るぞ」
「黙って。戦いから逃げた者に、指図は受けないわ」
刺さる。
火の意思によって砂が振動する。アルシャナが吸う光はどこまでも、どこまでも深い闇を生む。
閃光が走り、轟音が響く。その全てを流し、受け止め、灰へ還す。合計23回。
どれほどの試行錯誤を繰り返し、どれほど大規模な火のコントロールを繰り返し、どれほどの精神を蝕みながらこの答えを見つけたのか。
アルシャナは鉄の塊の目の前だ。俺はそれを見つめているだけ。
『これが、青い火を抉った鉄。鉄の民の罪』
鉄の塊。はじめてみるそれを形容する言葉が出てこない。
10年前の大戦時には無かった。台座に置かれた球体、そこから伸びる筒。筒はかなり熱く熱せられているか。
「持ち上がるかしら、コレ」
「俺は無理だぞ」
「私がなんとかするわ。これで、やっと終わった」
3日間。こんなことを、眠らず、休まず、アルシャナが大戦から得たものはなんなのだろうか。
伝火ホタルの伝えと、炎樹様の導きによってここまで来た。だが、ここまで来ただけで終わりだ。
火の加減を学ぶために来たと息巻いていたのに、決着はすでに付いていた。
「戻りましょう」
「ああ……。お疲れ」
俺の心は醜く歪んだ。




