徒歩。
汗は、干乾びた。
「そうだよ! この大きな石碑、大戦中の第15侵攻時に防衛拠点だった場所だよ。ずいぶん苔むしちゃって、なんだか懐かしいね」
サナはずいぶんと楽しそうにそう語った。
暑苦しいローブを纏い、暑苦しい森の中、暑苦しい虫の羽音を聞きながら、私たちは南下している。
目的は単純。鉄の民を1人残らず灰に還すこと。
そんな楽しめそうもないこの旅行を、私とサナは2人きりで満喫中だ。暑苦しいこの炎天下に。
「第15侵攻の時は大変だったね。あの時は食べ物に毒が入ってるか、ないか、判断できなくて飢え死にしそうだったね」
「そうね。本当にあの時はお腹が減ったわね」
遠征隊が北に向かってから3日後、私たちも密かに南下を開始した。
敵に見つからないよう隠密行動が求められる今回の作戦において、サナが得意とする火の翼などの高速移動技能は使えない。
徒歩の移動になるので荷物になるからと、保存食を少量もっただけで後は現地調達ということで話がきまった。私とサナは森で手に入る食べられる物の勉強を真っ先に始めた。
幼い頃痛感した、戦えない状況の一つが空腹。
空腹は感覚を麻痺させ、火を操る精神力を奪い取る。
「あ、そろそろ伝火ホタルを捕まえないと」
「もうそんなに歩いたかしら。思ってるよりも良いペースで進めてるわね」
「そうだね。この分なら1週間くらいで南端に到着できるかな」
そういいながら細く白い指先に、サナは青い火を灯す。
いつ見ても、何度見ても、どれほど側にいても、この青い火の美しさに私は目を奪われる。私の汚いこの火が、浄化されるようで救われる。
「あ、きたきた。こんなに簡単に吸い寄せられちゃって、君たちはどうやってこの森で生きているんだい」
伝火ホタルは面白い虫。火の意思を覚えこませると、その意思を近くの伝火ホタルへ伝える。こうして連なった伝火ホタルがいることによって、私たちの意思を炎の守人へ伝えることができる。
大昔から、こうやって炎の民は広大な炎樹の森を見守ってきた。
だから私たちは、伝火ホタルをビンに詰め隠しておく。火を与えることで生きるこの虫を閉じ込める。
「行きましょう」
「ここまでは順調。このあたりから、鉄の民が潜んでいてもおかしくない範囲ね」
「大丈夫。私から隠れられはしないわ」
そう、どんなに敵が潜もうとも、私のこの汚い火であれば探し当て灰へ還せる。
面白いほど簡単に灰になる敵の表情を、私は今際の刻みまで感じ取る。
私1人を、単独で突撃させれば良かったのに。サナがこの作戦に参加する必要なんてなかった。この美しい青い火はいつまで泥水に浸かっていなければいけないの。
「そうね、アルシャナの強さは私が一番知ってる。だから、こそ。無理をしないように私が監視するのよ」
「監視ね。いやな響き」
「そう言いつつ、なんだかんだ一人が嫌いなアルシャナちゃん。行きましょ」
本当に。
炎樹があんなに遠くに見えるのに、まだまだ森は続く。
「ここ、この川岸、なんだっけ」
「大人の守人がみんな炎樹の元へ還って、私たちが逃げている途中に寄った場所かしら。ほら、焼けただれた足を洗った……」
「そうだ、そうだ! 良く覚えてたね」
「サナが反応しなければ、気にも留めなかったわ」
「ここ、この木、なんだっけ」
「あれね、始めて灰へ還して、その灰を埋めた場所よ。随分と前だから、埋めた場所はどこだか。自然に飲まれてるわね」
「そうだ……。あの時。やっぱり、なんでもない」
「そう。気になるわね」
「やっほおーーー!」
「綺麗ね」
「来たことあるはずだけど、覚えてる?」
「最初に鉄の民と邂逅した場所ね。そのときも山彦に話しかけてたわ、サナ」
「ええ、覚えてないよ。よく覚えてるね」
「なんとなくよ」
「この石碑。やっと到着だね」
「炎樹の森、南端の石碑ね。とっても懐かしいわ」
炎樹の光、届かない。
目の前に広がるのは広大な砂漠。そして、しばらくの間この石碑を目指して砂漠を歩いて来た。
「前に来たときはこの石碑も森の中だったね」
「そうね。炎樹の森が衰退しているって、夜の人が言っていた」
「徒歩で2日分、伝火ホタルも置いて来れなかったから、本当に用心しないと」
そう、森の端に近づけば近づくほど、自然豊かな場所で育つ伝火ホタルは捕まえにくくなる。ましてや、砂漠になってしまった場所に居るはずもない。
「問題ないわ。鉄の民を炎樹の元へ還す。その灰によって、砂漠を森へ戻しましょう」
燃え上がる白火は私の話を聞かない。ただ一方的に、話しかけてくる。
その話を上手く返答する。そうすると敵は灰になる。
「蜃気炎」
光を屈折させる火の力。集めた光によって、遠くを見通す。
随分前に見つけた使用方法。森では使えないのが残念だけど。
広く、どこまでも続く砂漠の先、岩がゴツゴツと転がる山岳地帯に鉄の民の町がある。ここまでは情報通り。そして、この町は多くの鉄の民が暮らす場所。
今まで、こちらから攻め込んだことは一度もない。今回が始めて。
こんな命令が下るなんて、考えたことは無かった。炎樹を守るためにあるはずの炎の守人の勤めを放棄して、ここまで来た。北でも同じことが起きているはず。
「あそこに、いるのかな。火を灯した鉄の民の子ども」
「そう命令を受けて、ここまで来たのに、空振りだったら困るわね」
「それもそうだね。ここからなら火の翼で一気にいけるけど……」
ダーンッ!
えッ!?
「何の音! これ」
「右後ろの砂が弾けたわ。気をつけて!」
どこまでも続く砂漠。敵の姿なんて見えない。
ダーンッ!ダダーン!
破裂音が3回、それぞれの音の前に砂が弾ける。しかし、それほど強い衝撃ではないのか、弾ける砂の量は多くない。
いったい、何。
「左前方、かなりの距離があるけど砂丘の陰になにかいるわ」
「蜃気炎ッ」
薄暗い影に、見えた!
「人影!計4」
「行くわ!火の翼ッ!」
サナがゆっくりと飛び立つ。
瞬間、白い肌から赤い花が咲いた。ダダダーンッ!
遅れて、さっきの破裂音がする。
「サナッ!!!」
墜落する。それほど飛び立っていなかったのと、下が砂だったこともあって、サナはすぐに姿勢を整えた。
「掠った、大丈夫」
「これはなに! なにが起きているの」
「分からない……。でも、アルシャナが感じ取れないなんて、あの人影はなんなの」
敵自体の動きは無い。同じ場所に影が4つ。
「幸い、砂の壁があるおかげで敵の視線には入らないはず。止血できる?」
「傷跡が抉れてる。なんだろ、こんな傷負ったこと無い」
サナの白い足に真っ赤な血が滴り落ち、その肌と衣服を汚す。
素早く荷物から取り出した布で太ももを縛るサナ。かなりきつく。
「滅せ」
私は唱えた。砂丘は消えた。
弾けとんだ大量の砂が風に乗り、遥か上空へと舞い上がる。
煙が流れ、砂丘だった場所に光がさす。
「人影は、無いね。今ので灰に還ったかな」
「分からないわ。もともと、火を感じることができなかった。今も潜んでいるのかも」
緊張。ジワリと湧き出る汗が頬を伝ってくる。無駄な感覚まで鋭敏になる。
「ここには居られない。視線を遮る物がこの砂だけでは儚すぎるわ。動ける?」
「ええ。大丈夫。動ける」
僅かに視線を上げる。火を感じない戦いは久しぶり過ぎる。広大な砂漠の中で、私とサナの2人だけ。
「左、ここより大きな砂丘」
「分かった」
低い姿勢のまま、足を取られる砂の上を走る。
まさか、青い火と影が砂の上を走るなんて。でも、火の翼で飛び上がった瞬間を攻撃される可能性が高い。今は少しでも敵の正体を調べなければ。
「もう一度、左。今度はかなり近づく」
「霧を張る?」
「いえ、身を隠せる。けど、火を感じることができない以上、逆に敵を逃がすことになる」
もう一度大きく回り込むように走る。
「見えた!」
日が差し込むことでキラリと光った。動きは無い。
回りこむ動きの中で、同じ場所が光り輝く。
「あれは生き物なの?」
「ふぅ。道理で火を感じられないわけね。行きましょう」
砂に転がるのは何かの塊。手に取るとつるりと滑る。
そんな塊や板、筒状の物まで、そこかしこに転がっている。
「これは、鉄ね」
そう。鉄の民が大地を溶かし、得た力。
「見て、砂の中。かなり埋まってるけど、大きな鉄の塊」
サナが手を入れた砂の中には、滑らかな感触があるのだろう。しばらく砂の中をなぞる。
「鉄の民。私たちが来ることを掴んでいたのかしら。どこから……」
「分からない。伝火ホタルを辿るくらいしか追跡方法は無かったはずだけど」
「そうね、鉄の民に伝火ホタルを追いかける術は無い。分からないことが多すぎるわね」
遠く、一瞬キラリと光る。
体が反応するより早く。サナを突き飛ばす。強烈な痛みと共に、右目に火花が上がる。
「伏せてッ!」
言葉が出るのが遅すぎだ。
右肩が疼く。
汗は、干乾びた。




