大鍋小鍋の焼き穀物。
「これより、遮りの山へ大規模遠征を行う!! これは炎樹を守る大切な戦いだ。皆が団結し、それぞれの力を存分に発揮して欲しい。敵は鉄の民だ! 油断が命を奪う。侮りが仲間を殺す。心せよ、炎樹の森と炎の民すべての者達へ火を灯す戦いだ」
父ラーゴン・フレイムが町の中央にある広場で遠征隊決起式の演説を行っている。
無理もない。今回の遠征は炎の守人500人編成の大規模遠征隊だ。その力の入れようは尋常ではない。
本来、炎樹と炎樹の森を中心とした都市を形成している炎の民にとって、それ以外の地へ赴く必要などない。この場所こそ生きる場所であり、すべての源なのだから。
わざわざ遠く離れた遮りの山へ遠征隊を組むということは、それだけ鉄の民のゲリラ作戦が炎の民の生活に深刻な影響を与えているということだ。
「では行くぞ! 出立だッ!!!」
だか、ここまで大手を振って遠征に行く理由は別にある。この遠征は一つには遮りの山にある鉄の民の拠点を叩くことがあるだろう。もう一つには、南下する2人から視線を逸らすのが目的だ。
青い火と影が向かう先は、火を灯した鉄の民の子どもの所だ。
この2人が行くからには負けるなんて心配は無いだろう。鉄の民が情報を握って戦力を南部へ集中させるようなことがなければ、の話だが。
だからこその500人編成遠征隊だ。陽動作戦もここまで極端な状況を利用するなんて、大胆不敵にもほどがある。
「おーい、クーリド」
「おお、フォルテ。久しぶりだな。相変わらず森と共にあるのか?」
クーリド。昔は同じような背丈だった気がするが、今では筋骨隆々、衣服の上からでも筋肉が張り出している。
押しも押されぬ次期炎の守人統括者候補だ。
「ああ、お前も遠征に参加するんだな」
なに当たり前のことを聞いているんだ。この遠征がどれほど重要なことか分かってるだろ。
「おう。途中合流だが、東の森砦からティムたちも来るって話だ。俺ら晴れの日からは俺とティムだけ参加だからな、お前らの分も役目を果たしてくるぜ」
ガッツポーズが似合うな。嫌味のない白い歯。いつからこんなにも差が付いたのか。
「まぁ、伝火ホタルがいい報告を伝えてくれるぜ」
隊列の中核を歩くクーリドを俺は見送る。後ろには炎の守人が続く。
真紅の軽甲冑を着込んだ炎の隊列が歩くと、導火線が燃え続けていくようだとずっと思っていた。それは子どもの頃、父さんが出て行くときに俺が見ていた景色と変わらなかった。
俺が真紅の軽甲冑を着込むことは、この先ない。
「ティムによろしくな!」
「おうよ!!」
遠ざかる隊列の中には、俺よりも若い奴もいるな……。
まったく。俺の火はまだまだ幼いな。
「お主、ラーゴンっとこの息子じゃて。そう、フォルテじゃな」
隊列を見送る群衆の中、不意に肩を叩かれて振り向かされると目線がかなり下がった場所におばあさん。
火樺の木を削りだした大きな杖、大きく曲がった背中、こんなおばあさんは1人しか居ない。
「大鍋小鍋のおばあさん、お久しぶりです。今日は店は閉店ですか?」
「ほぅ、この隊列を見送ることは炎の民なら当然のことよのう。フォルテ、なにゆえにここにおるのじゃ。あの隊列に加わるべき炎の守人であろうに」
「ははッ。耳が痛いですね。真紅の軽甲冑は炎の守人の物。俺は夜の人ですから、あの甲冑を纏う資格はありませんよ」
家を空けることが多かった父の変わりに飯を食べさせてくれた食堂のおばあさん。そういえばあんなに世話になったのに、名前は知らない。
「火樺の木でできた大きなカウンターの、一番左じゃ。そこにいつも座って飯を食べておったのう。一口食べては、炎の守人になるんだと言っておったのが懐かしいのう」
「懐かしい話です。昔は現実を知らなかったんですよ」
「よし、飯じゃ。店に来い」
話がつながらないな。というか、それだけ言われてとっとと歩いて行かれてしまうと断りようがない。このまま知らぬ存ぜぬは失礼だろうしな。
大鍋小鍋のおばあさんが群衆の隙間をスルスルと抜けていく。杖を突いて歩いているとは思えないほどの身のこなしだ。
右、左、右、左。不意に飛んでくる手や、荷物、体重移動などの微々たる動作まで、引っ掛けることなく抜ける動き。
それだけではない。
その回避する動作、流れるように俺が群衆を抜けるための導線を尽く潰していく。
驚くべきことだ。そして、その動作を意図してやっていることが火を通して伝わってくる。一体全体何を俺に伝えようとしているのか。
このゲームは人の波が落ち着くまで続いた。
そして、大鍋小鍋についた。
「ほッほッ。飯はな、火加減が命じゃ。火力を間違えれば焦げて食べれたもんではない。しかし、しっかりと火を通さねば旨くないのじゃよ。お主の火は使い方の加減を間違ってはおらぬかい」
ゴウッと燃え上がる炎を包み込んだ大釜。そこで煽られる大鍋。
おばあさんが振るう鍋にはたっぷりの穀物とヤマトカゲの肉。その肉から溢れる油を穀物が吸い、カラッと焼ける。香ばしい。鼻をくすぐる。
「火加減ですか。その加減をコントロールした結果が今なら、それは、それがちょうどいい加減といえますか?」
「そうじゃな。それが丁度ええと決めるなら、それが丁度ええのじゃな。その加減を決めるのはお主じゃてな」
「そうですよね」
「ほら、食べるのじゃ」
その焼き穀物は昔から変わらない味だった。とても濃い味付け、食べ応えのある量、サクサクと食べられる。
「ウマイです……」
「ほいじゃろう」
「めちゃくちゃ、旨いです」
「ほいじゃろう」
あの大戦から、俺は火の加減を知った。いや、知った気になっていた。
よくよく考えれば11歳だったんだ。俺も、他の奴らも。俺はその恐怖から逃げ、他の奴らは今もなお立ち向かっている。火加減? そりゃそうだ。弱火のままこの旨い焼き穀物は作れない。必要なときには強火を用いなければ。
だが、いまさら遅い。
遠征隊は旅立った。南下しているだろう2人が今どこにいるかなんて知らない。
俺ができることはこの場所で、みんなが戻る場所を守るくらいか。
「ごちそうさまでした」
「ほうじゃな。一つよいかのう」
くっそ。萎縮する。体が……。
「火の導きは訪れるべき時に訪れる。お主が今悩み、考えるとき火の導きがあるんじゃよ。成すべきことを成せ」
成すべきことを成せ……か。
あ、雛のヒーターに火を灯しなおさないとな。




