青い火。
泣いちゃった。泣くつもりなんかなかったのに。
緑色と赤色と、それから時々青色の植物たちが沢山生えた炎樹の森。フォルテ君が愛し、フォルテ君が守る森。
木なんてあんなに高く成長して、空はあんなに高くて。
「なぁサナ」
「なに?フォルテ君」
短く刈り込んだ黒い髪。炎の守人に囲まれて育った割には細い体。それでも、抱きしめられたときに感じたローブの中のゴツゴツと鍛えられた体。
フォルテ君がこんなにも熱い森の中でローブを羽織るのにはわけがある。始まりの火はフォルテ君の体を触媒にして燃え上がる。体を燃やせば燃やすほど、それだけ強い力を発揮できる。
だからローブを羽織ることでその力を制御してるって言ってた。
この炎によって育てられた、歩けば草に当たる森を燃やしてしまわないように。
「いや、気をつけろよな。お前は強いかもしれないけど、それでも気をつけろよ」
ふふっ、私が強いってさ。本当にフォルテ君は、昔から鈍感だし、感受性もないし。
「そうだね。気をつけるよ」
こんなに心が動揺してるのに、火は全く乱れないなんて。やっぱり私強いかもしれないね。
そういえば、いつからだろう。この青い火が乱れることがなくなったのは。いつも静かに、遠くの方で燃えている。どんなに暗い場所であっても、どれだけ離れていても、燃えているのだけが分かる青い火。
炎の民は火を灯された時からその役目を知る。
私と火との対話はとても完結だった。
『汝の役目は、不動。どれほど過酷な環境でも、どれほど困難な状況でも、動じない強さは皆の先頭に立つ者へ与えられる』
それ以外青い火がどこにいるのか探していた。
遠くかなた、霞むくらい遠く、光る何かが青い火だと気付いたときから私の青い火は動かない。
いつもいつも、遠くで燃えている。
「フォルテ君はまだ森を散歩しに行くの?」
「そうだな。今日辺りでヒクイドリが卵を産みそうなんだ。それを見に行こうと思ってる」
私の知らないことを知っている。名前を知っている。この森を知っている。
「私も付いていっていいかな」
10年間、森の中、森の外。どこでもいい。鉄の民を灰へ還し続けてた私が知っていることといえば火の使い方くらい。
火の使い方を覚えてからというもの、灰へ還してきたものの名前をそういえば私は知らない。
「南下する準備とか、大丈夫なのかよ」
さっきから目すら合わせてくれないフォルテ君。火がすごく乱れてて、考えてることがほとんど分かっちゃうよ。びっくりするほどね。
さっきから擦れあっている炎樹の森の草木見たいに、ザワザワ、ザワザワと乱れてる火。
フォルテ君はあの大戦後でも、純粋なんだね。
「だいぶ前から、私とアルシャナには命令が下ってたから。準備自体はとっくに終わってるの。だから今は最後の森を楽しもうかなと思って。そしたらフォルテ君を見つけたからさ」
「そうか……。それじゃあ、ヒクイドリを見に行こう。この時期のヒクイドリはとっても綺麗だぞ」
そうか、じゃないわよまったく。こっちが感傷に浸ってるっていうのに。もう少し心を分かって欲しいなぁ。
ヒクイドリが鳥ってことは知っているし、小さかった頃に見たはずだけど、今じゃすっかり忘れちゃった。それが美しかったのか、醜かったのか。どんな声で鳴くのか、大きさは。
思い出そうとすると頭に浮かんでくるのは、私が灰にした鉄の民の顔、顔。
あ、良く考えると顔は覚えてる。何人分だろうか分からない、もしかしたら全員思い出せるかもしれないな。
てか、また音を殺して歩いていた。森の中は視野も狭いし死角も多いから、開けた場所よりもさらに慎重にしなきゃって、そういうことじゃないわね。
「結構歩くのね」
「結構歩くかもしれないな」
「それじゃあ、フォルテ君の日常の話をしてよ」
「日常か……。昼頃起きてきて、植物の管理をする。水は減っていないか、ヒーターの火は減っていないか、それから生き物に餌を与えて、自分も飯を食べる。飯は鳥の卵とラックベリー、それから麦。鍛錬をして、畑を耕す。そうして夕方になったら、こうやって森を見て回る。その日が変わるまで」
ポツポツとって表現がピッタリかも。そんな普通に話してくれると思ってなかったよ。
垂れ下がった名前も知らない植物を手でそっとどかして、私が通れる道を作ってくれながら、私の前を歩いて行く。
いつの間にか私よりも背丈が大きくなり、いつの間にか私よりも生き物を大切にするようになった、そしていつの間にか男の人になっていた。
「日が変わってから寝るの?夜更かしは体によくないよ」
「昼まで寝るから大丈夫だ」
「えー、そういえばいきなりだったから気にしてなかったけど、昼から起きるんだっけ。駄目なやつじゃない」
「夜の炎樹の森こそ、生き物が躍動し、その完全な姿を見ることができる貴重な時間だからな。あとは夜の人として役目を迎えるときも、夜だからな」
「炎樹の森、夜でも明るいもんね。てか、夜の人の役目って一年に一度きりじゃないの」
いいんだよ。って言う表情が可愛い。
こんなこと、言葉にすることはできないけれど。少し嫌そうな、少し照れてるような。困った表情で、それでも応えてくれるフォルテ君。
今だって、足元の石をさりげなく退かしてくれた。そんな小石を踏み抜いて足をくじいたりなんて絶対にしないけど、なんにも言わずに。
「そういうお前の日常はどうなんだよ。俺は話したんだから、サナも話せよ」
「女の子の日常、聞いちゃう?ふーん、気になっちゃうんだ。そうだよねぇ」
「なんだよそれ。別に話さなくてもいいけどさ」
「ん?話してあげるよ、聞きたいんでしょぉ」
「イラっとするな、なんか」
やばい、楽しいって久しぶりに感じちゃった。
ふわっとして、体が軽くなり、自然と笑っちゃう。そういう楽しさってなかなかない。
「私は日の光が入る前に起きるの。そしたら火を起こして、お鍋に汲んだ水を沸騰させて、朝の実を砕いて飲むの」
「まてまて、わざわざ鍋で水を沸かすのか。火を使えば簡単じゃないか」
「そうよ、そのほうが美味しいの。というか遮らないで!それで、フォルテ君と同じように麦を食べて、このあたりで光が入るの。その光を浴びながら、火と対話する。毎日やってる反復訓練をひたすら、繰り返す。いつの間にかお昼を過ぎてる。そしたらお店に買い物に行って、夕ご飯と次の日の食べ物を買いにいく。夕ご飯を作る。その日によってメニューはマチマチね。お風呂に入ったら、髪を乾かして、寝る。それ以外の日常は起きる、戦う、寝る」
振り返れば、淡々とした日常だ。でも、大切な日常だ。
「……。いいな、いいかもな。今度から俺も鍋で水を沸かしてみるよ」
「ッ!うん。やってみて。朝の実の味が全然違うから」
「そこまで味の違い感じられるかわからんけどな」
にこっと笑って目を見てくれた。ドクンッって心が跳ねたのが分かった。
「さて、到着だ。この木の上にな、巣があるんだよ」
「おお、どこどこ!」
どこにでも生えている木。種類も分からないけど、フォルテ君が楽しそうに指を向ける方向を目で追う。
いろんな植物が茂って、鬱蒼として、微かに見える炎樹の光がなんだか新鮮でッ。
「!!!」
いつもどおりの反復訓練。どれだけ急に襲われても、体が勝手に反応するように繰り返した反復訓練。
死角から飛び掛ってきた何かに対して、私は火をつけた。
その火は対象を、それが地面に落ちるよりも早く灰に還してしまう。
「サナッ!!お前……」
「ごめん、つい反射的に。それでも、死角からいきなり襲い掛かってくるなんて、ごめんなさい。ちょっと油断しちゃってて」
「いや、いいんだ。大丈夫か?」
フォルテ君の火が凄く揺らいでいる。この揺らぎは、悲しみ。沢山の悲しみを感じてきたからか、より鮮明に私の心へ突き刺さってくる。
「ええ、大丈夫」
「そうか。よし、巣を見に行こう。木登りは大丈夫か?」
「ええ、私飛べるから」
なんで悲しんだのフォルテ君。その話はしてくれないの。私は何を灰へ還したの。
「そういえば、一瞬忘れてたよ。青い火だったなサナは」
「なによ、それ」
なんで私は悲しんでるの。そして、なんでこれでも火は揺らがないの。
「ちょっと待ってろよ、俺は飛べないから。登る」
フォルテ君がロープを木に回し、軽々と登っていく。見ていると簡単そうに、登っていく。
まぁ私には必要ない。私は、飛べる……。
「舞って、火の翼」
一番バランスが取り易いのは足の裏に火の翼を灯す方法。火の力加減を操る術に長けていれば、こうして熱の持つエネルギーを噴射し、飛ぶことができる。
普通なら、もっと大仰に、爆発的に移動するための手段だけれど、私はこれで自在に動き回れる。
それこそ歩くことと同じくらい簡単に。
「ほら、これがヒクイドリの卵だ。やっぱり生んでたんだな」
「おお、ヒクイドリの卵って青いんだね」
フォルテ君が卵を優しく持ち上げる。
「いいの? 親のヒクイドリが来たら怒られるよ」
「いいんだ。大丈夫だ」
「そっか……」
ローブの裾を使って、一つ一つ卵を包んでは紐で縛る。あ、鉄の民が使っている炸裂弾もあんな感じで運んでたな。
「よし、ヒクイドリは見つけられなかったが、戻る時間もある。もう行こう」
フォルテ君、火が乱れているよ……。その心が分かるほどに。
私が灰へ還した物、ヒクイドリ。
そうやって、フォルテ君がかばってくれればかばってくれるほど、私は揺れるはずなの。でも、あの遠くに見える火は揺らがない。そこにある、不動。
ヒクイドリが鳥ってことは知っているし、小さかった頃に見たはずだけど、今じゃすっかり忘れちゃった。それが美しかったのか、醜かったのか。どんな声で鳴くのか、大きさは。
もし私が覚えていたら、姿、形、声、なんだったら臭いでもいい。
翼が灰になり、漂う臭いが鼻へ着く前に。
死角から突然来たとしても、たとえあの一瞬油断していたとしても、私ならもっと対処できたはずだ。何でも灰へ還せばいいなんて、そんな発想でいる私が憎い。
フォルテ君ならきっと違った。
「あの、えっと。フォルテ君……、ごめんなさい……」
「誰のせいでもない。すべては灰として、炎樹の元へ還る。ただ、それだけだ」
もうなにも言えなかった。
黙々と、もと来た道を帰るだけ。
あんなに楽しかったこの道も、今は色褪せ霞んでいる。草も木も、道端に転がる石ころも。
話しかけてフォルテ君。
お願い。
「ここまで来れば、家に帰れるな。俺は少しやることがあるから、先に行ってくれ」
「わかった。またね、フォルテ君」
「ああ、またな」
日が沈んだ森は、それでも炎樹の光で明るかった。




