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スカイ・レコード  作者: 平田公義
特別編
92/118

~低軌道上~ あなたに乾杯

 ゲーセラックら、増援の〔カムシャリカ〕部隊は〔アーク・フォース〕から瞬いた閃光を認めるとすぐに散開した。


 戦場を駆け抜ける艦砲射撃が小惑星帯(アステロイドベルト)に激突する。岩塊をいくつも蒸発させ、爆散する破片がビリヤードのようにはじけ飛ぶ。


「艦砲射撃をして、母艦か狙撃主を炙りだすのか?」

「こっちの事情も知らないで」


 ゲーセラックとその腰ぎんちゃくの機体二機は仲良く〔カムシャリカ〕を『ファルファーラ』側に寄せながら、飛散する瓦礫から逃れる〔アルファ・タイプ〕の編隊を索敵する。


〔アルファ・タイプ〕編隊は岩石形態になると飛散する大小さまざまなデブリに紛れて、攻撃の瞬間を狙っていた。しかし、〔カムシャリカ〕部隊もバーチャル・ダミーを放出して上下左右にランダムな軌道を取らせて攻撃を誘う。


 飛散するデブリは互いの対物センサを混乱させ、レーダーの反響もまた同じく機能を果たし得なかった。


 操縦者の目が頼り。その双眸が必殺の武器である。


 ゲーセラックは張り出たお腹を一度叩いて、焦る気持ちを落ち着かせつつ腰ぎんちゃくの機体を前に置いた。瓦礫の軌道は爆散からの慣性飛行であるから、放射状に広がるのとは別の動きをするものは十中八九敵か、味方の機体だ。


「これでは迂闊に撃てない」


 腰ぎんちゃくの機体が岩塊を避けながら言った。


「構うことはない。ひきつけて、撃てばいい」


 ゲーセラックは巨大な岩塊を見つけると、フットペダルを押し込んだ。


 ゲーセラックの〔カムシャリカ〕が岩塊の上を飛び越えるようにして、エクステンドパックのノズルを噴射すると青白い残光が線を引いた。


〔アルファ・タイプ〕は瓦礫の中を縫うようにして走るその青い光を見逃さなかった。三機がすぐにも機体を反転させて迫る。


「来たな」

「やってやる」


 腰ぎんちゃくたちはレーダー表示に映る瓦礫にしては素早い影を捉えつつ、猪突猛進するゲーセラック機に続いた。


 三つのノズル光が線を引くのをほかの操縦者たちは目撃していたが、その迂闊な行動に呆れた。


「どこのバカだ?」

「そんなものは放っておけ。各機は人工衛星ポッドを守れ。このデブリの中だ。狙撃主の攻撃は早々当たりはしない」


 増援部隊を任されている隊長の言葉は的を射ていた。


 無理に突っ込んでいかなくとも、すでに脅威とも言える狙撃種の目はつぶしたのだ。どれほどの貫通力があろうとも、無数に飛び交うデブリの中で的確に標的を当てることは難しい。もっと言えば〔アルファ・タイプ〕の特異な形態は狙撃主の目でも判別が難しいはず。敵のアドバンテージはないに等しい。


 しかし、その弊害に護衛目標である人工衛星ポッドに瓦礫が押しせまる。


 各機は一瞬、メイン・スラスターを噴射してあとは慣性飛行で護衛対象に近づきつつ、危険なデブリを撃ち落しては同じ移動を繰り返す。ビーム・シールドは目立ちすぎる。逆に人工衛星ポッドを攻撃されかねない。


 ビーム・チェーンガンの三点バーストがそこここで尾を引き、マズルフラッシュが焚かれた。突撃するゲーセラック部隊に敵の目は集まっているために、その作業はやりやすくもあったが。


「チッ。隊長、護衛目標に損傷発見。アポジモーターが一か所、破損しています。って聞こえるわけもないか」


 隊員の一人は人工衛星ポッドのシリンダー状の胴体を上にしてすれ違いながら破損個所を発見する。前部の一か所であるがそれを失うだけでもかなり落下軌道の制御は難しい。


 彼は損傷個所を直そうと考えたが、その考えは瓦礫の中から飛び出してきたビーム光によって阻まれた。


 敵の接近を許してしまったのは痛手であったが、ここからは白兵戦がものをいう宙域となった。


 しかし、数機の〔アルファ・タイプ〕は〔アーク・フォース〕の存在をかぎつけて、岩塊に紛れ先行していた。


                *     *     *


〔アーク・フォース〕はごちゃついた戦闘宙域から脱け出す〔アルファ・タイプ〕を補足していた。


「敵性機とみられる物体、四、五……、六。推定、六機!」


 観測班からの送られてきたデータをトリスは読み上げて、各クルーのデスクに回した。


 ダイジロウは口元をゆがめて、一瞬思考するとすぐにその口を動かす。


「各銃座、弾幕を張れ。主砲、再度同じ個所に砲撃」


 矢継ぎ早の命令に火器管制官が答える。


〔アーク・フォース〕の機銃座が開くと、ハリネズミのごとく弾幕を展開させる。宇宙を飛ぶ弾丸の線は嫌に目に焼き付く。


 左舷の甲板に降り立ったシャントッドとファゴットの機体はその火線を見上げ、出ていく直掩部隊の動きを見送った。


 大きく損傷したソマリーの〔カムシャリカ〕七番機はパワードスーツを着込んだ整備員たちがスラスターを全開にしてハンガーへと牽引していくれた。


 シャントッドはモニタに映るソマリーの機体を名残惜しそうに見つめる。


「中尉のことは彼らに任せろ」


 ファゴットの声が冷徹に響いた。彼とて同僚を見捨てるほど冷血漢ではないが、状況が状況である。


「ブリッジの情報を見ているなら、すぐにも直掩に入るべきだろ」

「わかってます!」


 シャントッドはソマリー機からようやっと目を背けて、コンソールを叩くと艦橋から送られてきた情報を更新する。ヘルメットのバイザーに映るHUDヘッドアップディスプレイが滝のごとく箇条書きの情報を流していく。


 その一つ一つの事項は簡潔で頭に叩き込むにはわかりやすいものであった。


「こちらブリッジ――」


 すると、ヘッドフォンにトリスの凛とした声がシャントッドの頭に響く。それはファゴットの機体ともリンクした共通回線である。


「コーディル少尉、エイハンス少尉は前線へ復帰してください。追加装甲(オーバーウェア)の準備できてます」


 二人の兵隊は了解と簡潔に答える。


「エイハンス少尉。機体を運搬します」

「そうしてもらえると助かる。先に出る。こちらの信号はわかるな?」

「はいっ」


 ファゴットはシャントッドの意図をすぐにも読み取って頷いた。


〔カムシャリカ〕二番機はマルチ・ライフルの下部にあるグレネードランチャーの弾倉を補給する。そして、甲板を蹴り上げると移動を開始した。


「エクステンドパック、解除。こいつを収容してくれ」


 シャントッドはコンソールを叩きながら、自機の換装準備を急がせる。そして、ファゴットの機体が〔アーク・フォース〕の艦首に回り込んで、迫る敵に応戦するのを見送った。


「よしきた!」

「任せときな」


〔カムシャリカ〕六番機から解除されたエクステンドパックとマルチ・ライフルをパワードスーツを着込んだ整備士たちが迅速に回収する。


 頭上では対空砲火が始まり、敵も射撃を加えてきた。甲板の横間を鋭い光が上から下へと落ちていく。


 整備員たちも命がけである。真空だというのに、ビーム光が通り過ぎる時には甲高い砲撃音を聞いた気がして身が震える。いつ落ちてくるかわからない攻撃に恐怖しながらも、自分の使命を果たせと気持ちを奮い立たせる彼らは陰の立役者として尽力する。


 そして、指示を出す艦橋でも接近を許してしまった敵の動きを快く思っていなかった。


「コーディル少尉の発艦が済むまではバリアーは使えん。持ちこたえろ」


 ダイジロウの叱咤が飛んで緊迫感が増した。


 トリスは目の前で交錯する光に息を飲んだ。そこに艦底の甲板から通信が入った。


「ブリッジ、聞こえているか?」

「は、はい。こちらブリッジ」


 トリスはヘルメットの側面を抑えて、追加装甲(オーバー・ウェア)の射出に回っているビンゾコ・フッサーの声に応えた。彼のしゃがれた声が一層荒々しく、鼻息までヘッドフォンに聞こえた。


「六番機、出たぞ!」


 火器管制官が艦首へ走っていく〔カムシャリカ〕六番機を視認し、それからトリスに向かって声を張り上げた。


「了解! え? こちらの話ですよ」


 トリスはビンゾコの通信に言いながら、カタパルトの電圧を上げていく。シークエンスはすでにプログラム済みである。


「射出のタイミング、任せるぞ」

「はい。針路、固定。追加装甲エンジン、点火。カタパルト、射出準備よし!」


 トリスは早口に言ってダイジロウをふり仰いだ。


「カロリ少尉のタイミングに合わせる。出力、上げ。バリアー準備」

「ヨーソローッ」


 艦橋の内で一体感が生まれる。


 トリスは自分が起爆剤になっていると感じた。自分の号令が出ると同時に〔アーク・フォース〕が大きく動き出すのだ。


「見えたぞぉ……。一直線上!」


 艦底のステーションでビンゾコは赤い光を視認した。間違いなく〔カムシャリカ〕六番機の発光信号だ。


 それに呼応する様にして黒鳥の追加装甲(オーバー・ウェア)が身を震わせる。翼を広げて、ノズルから青白い光を放つ。


「カタパルト解放! 射出!」


 トリスの号令と操作で、追加装甲(オーバー・ウェア)が羽ばたいた。煌びやかな一直線を引いて、伸び上る。


「撃ち方やめ! 同時にバリアー展開」


 ダイジロウの命令がすかさず入り、〔アーク・フォース〕は艦体に取り付けたバリアーの発振装置を起動。発振装置が魚眼レンズのように開いて、艦の外装と共振作用が起きる。


〔アーク・フォース〕の装甲が赤く染まって、そこに殺到するビームが弾ける。


「バリアー、作動確認。臨界まで推定十分」

「艦長、火器管制に異常発生。こちらの操作を受け付けません」


 火器管制官が慌てた様子で報告を入れる。


「落ち着け。原因を調べろ」


 そうは言いながら、ダイジロウは渋い顔をする。


「チッ。ろくなもんじゃない!」


 悪態をつくのが精一杯であった。


 これなら艦砲射撃でしのいだ方がまだやり方はある。


 だが、艦に乗り移ろうと考えたのか〔アルファ・タイプ〕の一機が突進を仕掛けて装甲を蹴ったが、その脚部は溶鉱炉にでも突っ込んだように蒸発した。


 微振動が艦内を駆ける。


「直掩は何をやってるっ」

「現在更新不能。おそらく、バリアーの影響かと」


 通信士があらゆる回線を使って交信を試みるが、一切の送受信ができない。


 トリスも周囲の索敵を試みるが、何の反応も示さない。


「レーダーも完全にブラックアウトしてます」

「使えないじゃないか!」

「あたしに言わないでください!」


 ダイジロウの怒鳴り声に、トリスも思わず怒鳴り返した。


 バリアーが作動しているのはいいのだが、そのほかの機能が低下するなどマニュアルにはなかった。『ノア』の元老院やお飾り軍部は兵器運用に対して数字と理論だけで安全を決めつける。


 トリスは現場へのしわ寄せを痛感させられ、腹の底がむかむかしてきた。


 その一方で飛び出していった追加装甲(オーバー・ウェア)はシャントッドの〔カムシャリカ〕と合体を果たして、さらに前に出ているファゴットの機体に迫った。


「母艦の色が変わってる? バリアーを使ったのか――、ぐっ」


 シャントッドはリア・カメラの映像を一瞥するが、〔アルファ・タイプ〕の攻撃に機体がロールして頭に血がドッと押し寄せた。


「前より反応が良くなっている」


 シャントッドは自動反応(オートリアクション)の回避運動に感心しながら、整備を担当してくれたビンゾコ・フッサーに内心感謝する。


〔カムシャリカ・オーバーウェア〕はくるりと機体を回して、〔アルファ・タイプ〕の射撃を避けると〔カムシャリカ〕二番機へと迫る。


 ファゴットは敵の一機とビームサーベルを打ち合って、間合いを取るところであった。


「来たっ」

「やれるか!?」


 シャントッドは操縦桿を前に突き出して迫る〔カムシャリカ〕二番機を見据える。


〔カムシャリカ・オーバーウェア〕は大鳥形態のまま、腕部を伸ばして二番機のエクステンドパックを掴んだ。マニピュレーターが二、三本衝撃で砕けたがどうにか二番機を固定することが出来た。


「うっぷ――。やるな」

「それはどうも。加速する」


 シャントッドはファゴットの称賛の声に嬉しくなりながらもフットペダルを踏み込んで機体の速度を上げた。


 ドッとスラスターから閃光を吐き出すと一気に前線の戦場へと駆け上がっていった。


                *     *     *


 前線の戦場は人工衛星ポッドの降下速度が増すたびに、後退を余儀なくされた。デブリの雨はやみ、〔AW〕も〔マリーネン〕と思しき侵略軍の機械も人工衛星ポッドが放つスラスターの光に導かれるようにして、戦局を長引かせていた。


 戦況は硬直状態。交錯する光は徐々に敵味方とはず相手を撃ち抜き、引き際を見失いかけていた。


「味方がやられているようだが――」


 ゲーセラックはモニタに膨らむ光芒を目に入れながらも、目の前に迫る〔アルファ・タイプ〕に隙を見せるほど間抜けでもない。


 ゲーセラック機が腕部のビーム・ソードを展開すると、正面から光の刃を発振して突進してくる人型の〔アルファ・タイプ〕と白兵戦にもつれ込む。


 ゲーセラック機が先制するも、その大振りの刃は暗い宇宙を撫でて空振り、続く〔アルファ・タイプ〕の刃もまた〔カムシャリカ〕のスラスターを噴射して機敏に避ける動きを捉えることはなかった。


 それは水中で戯れるイルカのような滑らかな交差であった。


 彼らが距離を取った瞬間、〔アーク・フォース〕側から巨大な熱量が飛び込んでくる。


 伸び上るそのビーム光は戦場を縦断し、小惑星帯(アステロイドベルト)へと直撃する。再び岩塊を切り崩した。


「艦砲射撃か?」

「どこから来た?」


 ゲーセラックはヘルメットに響く腰ぎんちゃくの声に思わず息をのんだ。操縦桿を引いて自機に回避運動を取らせると、足元のモニタに走る〔カムシャリカ〕のノズル光を目にした。


 そこから駆け上がるようにして一機の〔カムシャリカ〕が接触してきた。すがるように脚部を掴んで、バランスを取る。


「何をしている!」

「ゲーセラック曹長!? いや、あの、足をやられまして」


 ゲーセラック機につかまるその機体は右脚部を失って、さらにエクステンドパックの一部が溶解している。まともに飛行できない状態だ。


 腰ぎんちゃくの男もようやく見知った人間と接触できて気持ちが和らいだ。その口ぶりは混乱状態を示していた。


「後退を手伝ってくださいっ」

「うるさい! 邪魔をするな! 足手まといはおっ死ね!」


 ゲーセラックは機体にまとわりつく腰ぎんちゃくにどなって、エクステンドパックのメイン・ノズルを噴射した。


 敵はまだ周囲を飛び回っているのだ。わざわざ手負いの味方を背負っていてはいい的になってしまう。


 ゲーセラック機は非情にも空いている脚部で纏わりつく〔カムシャリカ〕の頭部を踏みつけると一気にその場を離脱していった。


「そんな――っ!?」


 腰ぎんちゃくの男はモニタを埋め尽くす閃光が晴れたかと思えば、今度は右側面でマズルフラッシュを見た。考えている暇などなかった。


 損傷した〔カムシャリカ〕は右側から狙撃されて、哀れな爆発の光を瞬かせる。


「だから、言ったろうが!」


 その光を見たゲーセラックには罪悪感などみじんもなかった。上下左右から激しく揺さぶられ、さらには空気漏れの警報が鳴っていれば他人のことなど考える暇もない。


「戦場では強い奴が生き残るのだ。手段など択んでいる暇はない。殺さなければ、殺される。傷を負ったら死の淵へ一気に追い込まれる。助け合いも同じことだ!」


 ゲーセラックは顔を真っ赤にして、全身から吹き出す汗と上がる体温に気分がハイになっていく。その一瞬にして反転する生と死のやり取りに彼は興奮し、取りつかれている。その危険思考は戦場において自信を孤立させるものである。


 しかし、ゲーセラック・ガラックはなまじ実力を持っていた。空には悪運の強さも働いて孤立しようともこの戦場で機体を生き延びさせることが可能であった。


 ゲーセラック機が飛び回る〔アルファ・タイプ〕を追いかけるようにして加速を駆けた。


「ここは殺し合いの場なんだよ!」


 そう叫んだとき、接近警報が鳴り響いた。


 ゲーセラックが応対しようとしたときには、その物体は機体のすぐ下を通過して前へと駆けていった。人間の動体視力が負えるようなものではなかった。遅れてきた衝撃に肝が冷えて、何かが通過したことだけが脳裏に残った。


 その機体、〔カムシャリカ・オーバーウェア〕は戦場を駆け抜けて再び強力なビームを放った。機首にマウントされている強化ビーム・ライフルが眩い光を放つ。


 追撃の形をとる〔アルファ・タイプ〕の群れが一気に散開。とんぼ返りをして後退の兆しを見せる。


「ここでいい。お前は隕石群の伏兵を追っ払え」


 ファゴット・エイハンスは耳の奥がパチパチと弾ける音を聞きながら叫んだ。


「了解!」


〔カムシャリカ・オーバーウェア〕は〔カムシャリカ〕二番機を解放すると、小惑星帯(アステロイドベルト)へと機首を向ける。


 ファゴットの〔カムシャリカ〕二番機は離脱すると、すぐにエクステンドパックの偏向ノズルを巧みに操って、混乱する戦場へと乱入していく。


「頼むぞ……」


 シャントッドはそうつぶやいて、操縦桿を一気に押し込んだ。


 爆発的な推進力を持つ〔カムシャリカ・オーバーウェア〕は加速して、飛散したデブリの浜を超えていく。


「ぐっ。〔アーク・フォース〕のバリアーだって長くはもたないんだ!」


 操縦席でシャントッドは腕が引きちぎられるかのような衝撃に耐えながら機体を小惑星帯(アステロイドベルト)の手前で旋回させる。追加装甲(オーバー・ウェア)は小回りの利くような装備ではない。


 小惑星帯(アステロイドベルト)の内円をなぞるように、黒翼の怪鳥は青い燐光をふりまいて滑空する。


 すると、ターンの最中隕石群の中から鋭い光が走った。


「狙撃? まだいるのか」


〔カムシャリカ・オーバーウェア〕は回避ロールを取りながら変形すると、素早く強化ビーム・ライフルを手にして射撃予測地点に銃口を向ける。


 一瞬の出来事だった。


 予測地点でマズルフラッシュが瞬くのと同時に強化ビーム・ライフルもまた閃光がほとばしる。


 互いのビームがすれ違った。


〔カムシャリカ・オーバーウェア〕は広げた右肩部のブースター翼をかすめて、無重力の中でおぼれた。


「クソッ」


 シャントッドは体をバラバラにされるような衝撃に耐えて、フットペダルを押し込む。グルグルと回る視界の中で大きな爆発の光を見て、相手を撃墜できたのかどうかわらかない。本能的に回避運動を機体に取らせていた。


 無理矢理にブースター翼六枚を展開して、垂直に機体を飛ばした。ずんっと血が足に押し込まれて、意識が一瞬真っ白になる。


 しかし、その感覚も五秒以内に回復すれば〔カムシャリカ・オーバーウェア〕は軌道を変えて戦場へと引き返していった。


「狙撃はない。やったのか?」


 シャントッドはリア・カメラの映像を呼び出しながら頭を振った。狙撃機の攻撃は怖い。体勢を立て直した直後ならなおのことである。


 だが、その兆しはなく、いたと思わえる個所も細かい石が浮遊しているだけである。


 シャントッドは半信半疑になりながらも、視線を正面に据えて〔カムシャリカ・オーバーウェア〕の照準を飛び交う〔アルファ・タイプ〕に合わせる。背中がむず痒い感覚はまだ消えない。だが、迷っている余裕もない。


〔カムシャリカ・オーバーウェア〕は強化ビーム・ライフルを一射すると、大鳥形態に戻って一気に戦場をかき回す。


 機敏さで翻弄していた〔アルファ・タイプ〕も黒い怪鳥の出現に委縮して、隊形を乱して応戦する。


「コーディル少尉が隙を作ったぞ! この機を逃すな!」


 ファゴットはオープン回線で近くにいる機体を鼓舞する。


〔カムシャリカ〕二番機が〔カムシャリカ・オーバーウェア〕が広げた敵の陣形に攻撃をねじ込む。それに呼応して近くの僚機も攻勢に転じた。


 ビームの雨が飛び散る。それは〔カムシャリカ〕部隊にとって最後の力を振り絞ったものである。派手さはあるが、狙いなどない威嚇だ。


 だが、双方に疲弊が出ていれば効果はある。


〔アルファ・タイプ〕も押し寄せる光に機体を前面投影面積が最小限の岩石形態になると、わざとエネルギーの巡回する手足を切り離してビームの中に放り込んだ。


 風船を組み合わせたバルーンドームを形成するように爆発の光芒が広がる。


 その光を頭上にすえて飛ぶ〔カムシャリカ・オーバーウェア〕のセンサは乱れていたが、離れていく〔アルファ・タイプ〕の部隊を確認した。


「敵も引いてくれたか。引き際のわかる連中はやりずらいな」


 シャントッドはそんなことを呟いて大きく息を吐いた。


 大昔の戦争では双方ともに殲滅戦が主であったために、背を向ける敵だろうと戦力を失った機体だろうとかまわず破壊していた。その後味の悪さは今でも覚えている。


『ノア』の歴史が語る大乱期は戦争と呼ぶのもおこがましい醜悪な時代であった。だから、胸に詰まっていた息苦しさも敵の撤退と共に漏れ出していた。


「ありがたいことでは、あるがな」


 シャントッドは無益な殺生をしなくて済んだことに気持ちが弛緩する。


〔カムシャリカ・オーバーウェア〕の尖った鳥頭の機首で光信号が発せられると、下方で『ファルファーラ』をステージにするように浮かぶ〔カムシャリカ〕部隊に敵の撤退を告げる。


 それにファゴットが答えた。


 シャントッドはその応答の光を目にして再び息をつこうとしたが、〔アーク・フォース〕がいる宙域で爆発の光が飛び込んできて息が詰まった。


「しまった! 敵はまだいるんだ!」


 シャントッドは自分の軽率さに嫌気がさしながら、コンソール・パネルを素早く弾いて機体の出力を臨界にまで上げていく。


 ファゴットたちの〔カムシャリカ〕部隊も母艦の苦戦を察知したのだろう。すぐにも踵を返して、ノズル光の筋が残るのもかまわず引き返していく。だが、それでは遅い。


〔カムシャリカ・オーバーウェア〕が小刻みに震えて、六つの翼が花弁のように開いた。最大加速形態だ。この状態ならすぐにでも〔アーク・フォース〕に戻れる。


「トリス……ッ」


 シャントッドは無意識のうちに彼女の名前を呼んでいた。


 理由などわからない。ただ、彼女の顔が一瞬脳裏によぎって消えていく幻影が見えた。そのことが不安でたまらない。


 シャントッドの操縦桿とフットペダルの操作に連動して、〔カムシャリカ・オーバーウェア〕は一気に加速をかけると流星のごとく宇宙を疾駆する。


 加速の始点となった場所ではノズルの残光が、六弁の花、白いリコリスの花のように咲いた。


                *     *     *


 赤褐色の〔アーク・フォース〕の頭上でまた一機〔カムシャリカ〕が撃墜された。


 その光に艦体は煽られて、さらには艦底に潜り込んだ敵の一機がビームを放てば押し上げられる衝撃でクルーたちは頭を揺さぶられる。


「まったく……。バリアーはいつまでも持つんだ」

「残り五分を切りました」


 ダイジロウの呻きにトリスは反射的に報告した。


「やはり、試作品なんてのはろくなもんじゃない」


 火器管制官が悪態をつく。


 反重力流体と連動するバリアーの発振装置はまったく制御がきかない。プログラムが優先されて、艦橋の操作を受け付けないのだ。


「エンジンのテンションが下がったら、本当に何もできないんだぞ! 艦長!」


 機関長は熱量を上げるメイン・エンジンのメーターを一瞥してダイジロウの方に向いた。


 今はまだメイン・エンジンもバリアーの高出力に合わせて稼働しているが、冷却が追い付かない。すぐにも臨界に達して、強制的にエンジンが止められる。そうなったら補助の電力で艦を支えなければならない。


「すでに前線の戦闘は終わっている。アーム・ウェア部隊の働きにかけるしかないだろ」


 ダイジロウは肘掛けにあるサブ・モニタを一瞥して達観したような口ぶりで言い放つ。


「あんた、それでも稀代の参謀だったのかよ!」

「だから、そういうのは歴史学者の尾ひれだって――」


 ダイジロウが飄々と答えていると、さらに艦体に敵のビームがさく裂する。


〔アーク・フォース〕はその荷電重粒子を弾き、なおも航行を続ける。直掩の〔カムシャリカ〕も必死に敵に食らいつき、防衛する。


 だが、敵も馬鹿ではない。


 赤く変色した部分がバリアーとなっているならば、その施しが及んでいない部分を射抜けばいいだけのこと。それはメイン・ノズルか、艦橋である。


 一機の〔アルファ・タイプ〕は人型形態になり、ビーム・ライフルで〔カムシャリカ〕を牽制しながら手首部からビーム・サーベルの発振器を取り出す。


 直角な動きで艦橋へと迫る。


「敵機、正面から来ます」

「艦橋をつぶす気だ」


 通信士の緊迫した声と操舵士の絶望に満ちた声。


 トリスは正面に迫る黒い影に目を大きく見開いた。目に映る敵は〔カムシャリカ〕の攻撃を避けて、その影は光の刃を抜き放つ。


「あ――っ」


 思わず声が漏れた。耳の多くで潮騒の音に似た音が響き、頭の中が真っ白になりかける。


 だが、艦橋を目前に控えた〔アルファ・タイプ〕は何かを察知して艦橋の横間へと加速していった。一呼吸おいて、鋭い光が艦橋の目の前を横切る。


 その閃光にクルーたちが目を覆っているうちに、巨大な鳥のシルエットが続いた。


「間に合うものだな」


 ダイジロウは空気を揺さぶる感覚に冷や汗をかいた。


「どうにか、間に合ったかっ!」


〔アーク・フォース〕の危機を救った機体、〔カムシャリカ・オーバーウェア〕は六つのブースターを束ねると大きく旋回して〔アルファ・タイプ〕の残存部隊を退ける。


 その光の筋に艦橋は湧き上がった。


「シャントッド!」


 トリスは流星のようにきらめく光に歓喜の声を上げる。


「各機は艦の護衛を固めろ。あとは俺が下がらせる」


 シャントッドは正面にとらえた〔アルファ・タイプ〕を睨みながらオープン回線で呼びかける。


〔カムシャリカ・オーバーウェア〕は機首についている強化ビーム・ライフルを連射して、とらえた一機を撃破すると爆炎を突き破って『ファルファーラ』側へとカーブする。


〔アルファ・タイプ〕の残存部隊は母艦と距離を縮める〔カムシャリカ〕に阻まれて、敗走の兆しを見せ始める。しかし、彼らもただでは引き下がらない。


 何機かは〔アーク・フォース〕に食らいついて、攻撃の手を緩めない。〔カムシャリカ〕の攻撃を巧みに掻い潜り、ひいては返す波のように攻撃を続ける。


「バリアー、残り二分!」

「エンジン出力、臨界直前」


 艦橋では祈るような気持ちで報告が飛んだ。


 しかし、ダイジロウは焦ることなく、敵の動きを眺める。腕に覚えるのある操縦者が乗り込んでいるだろう。〔アルファ・タイプ〕の残存勢力は功を急ぎすぎているように思える。


〔アーク・フォース〕から離脱する〔アルファ・タイプ〕一機に〔カムシャリカ・オーバーウェア〕が迫る。


「この状態でもビーム・ソードは使える!」


 シャントッドは操縦桿を強く握りしめる。


〔カムシャリカ・オーバーウェア〕の腕部が伸びるとマニピュレーターに備わるビーム発振器が起動。


 あたかも猛禽類が爪を突き出して獲物を攫うがごとく、一瞬の隙に黒翼の怪鳥が〔アルファ・タイプ〕を切断してすり抜けていく。


 また撃破の光芒が膨らむと、いよいよ〔アルファ・タイプ〕も潮時だと撤退を開始した。


 直掩の〔カムシャリカ〕部隊は牽制射撃を行いながら、バリアーが解かれる〔アーク・フォース〕の盾になった。


「敵の撤退を確認。はぁ……」


 観測班からの報告を受けた通信士が大きくため息をついて宣言する。


 艦橋内にいるクルーは冷や汗がヘルメット内で雫なって浮かぶのを見ながら、強張っていた体の緊張を解いた。


「まだ仕事は終わってないぞ。すぐにメイン・エンジンの修復、サブ・エンジンを始動させろ。『ファルファーラ』に落ちるぞ」


 ダイジロウのあっけらかんとした物言いに、クルーたちは大きく息をついて身体に喝を入れる。まだ終わっていない。その意志がきらめいて彼らを突き動かす。


「アーム・ウェアの着艦指示。甲板要員はデッキに出て誘導しろ。観測班には引き続き対空監視」


 ダイジロウの指示が矢継ぎ早に出される中で、前線に出ていた〔AW〕部隊が流星群のようにノズル光を煌めかせて戻ってくる。


 宇宙にいつもの静けさが戻ってくる。


                *     *     *


〔アーク・フォース〕が予定の航路に乗るとクルーたちも交代で食事をとり始める。艦の修復を最優先とし、『ノア』につくまでの三〇時間はその作業に追われることだろう。


「はぁ、疲れた……」


 艦橋から解放されたトリスは深い息をついて、士官食堂へと流れる。制服の上着を脱いで、手にしながら袖口に鼻を近づける。


「ちょっと臭うかしら……」


 戦闘を終えてからというもの、シャワーも浴びていない。ワイシャツもどこか汗臭い気がする。かといって長く席を空けられる所轄ではない。仕方のないことだと自分に言い聞かせる。


 士官食堂は巨大なディスプレイには地球時代のスチール映像が流れている。今は昼下がりの湖畔が映されており、小鳥のさえずりがスピーカーから流れている。


 人は疎らで混雑はしていない。


 注文のカウンターに流れると、厨房にいる料理人がごつい顔をのぞかせる。


「何にする?」

「カフェオレと塩パン。焼きたてをお願い」


 トリスの注文に料理人は一つうなずくと厨房に引っこんで、すぐに焼きたてのパンとカフェオレの入った容器を持ってきた。


「パンくずは散らかすなよ。空調の故障原因になる」

「あたし、そこまで不注意じゃないわ」


 トリスはパンの入った袋とカフェオレの容器を持つと、カウンターの手すりを掴んで体を押し出し、席へと移動する。


 床の近くを流れながら、ふとディスプレイ近くのカウンター席に座るくすんだ赤毛の青年の背中が見えた。思わず、その方に足を蹴って流れる。


「隣、いいかしら?」

「どうぞ――って、あんたか」


 その青年、シャントッド・コーディルは反射的に答えて後悔する。


 バー型の席にトリスはお尻を押さえつけるとカウンターテーブルの下にある支えに足先を絡める。脱いだ上着をカウンターテーブルの下に浮かせると、軽く首を回した。


「別にいいでしょう。それから昇進おめでとう」

「その話……」


 シャントッドはパイロット食の分厚いハム肉を口に入れる。レトルトの濃い味付けのされたもので、ピリ辛の味と肉汁が口いっぱいに広がる。


「あたしたちの危機に颯爽と現れ、艦のクルーを救った操縦者じゃない。誇っていいと思うよ」

「聞き飽きたよ」

「聞き飽きるほど、感謝された?」


 トリスはカフェオレの入った容器を軽く振って、横目にシャントッドを見た。


 シャントッドはムッと口元をゆがめると視線を逸らす。図星をつかれて、耳が赤く染まる。


「別に。それより、人工衛星ポッドはどうなったんだよ?」


 シャントッドは話を逸らしながら、飲料容器のストローを口にくわえる。オレンジジュースの酸っぱい味。ハムとの相性はあまりよくはなかったが、喉が渇いていて気にすることはなかった。


 トリスはすまし顔で容器のふたの一部を開けると、飛び出したストローを口に咥える。甘く、適温のカフェオレを味わうとほっと息をつく。


 その間の取り方がシャントッドにはよくわからなかった。


「どうなんだよ?」

「残念なことに、大気圏に突入しました。頑強なペイロードは『ファルファーラ』の北東部に落下するらしいわ」

「何だよ、それ。最悪だ」


 これでは何のために命を張って戦ったのかわからない。


 しかし、トリスは特に気にした様子もなく、事実だけを淡々と述べる。


「データの解析したんだけど、そういうコースを取るようプログラムが施されていた可能性もある」

「だから何だっていうんだ?」

「あんたが気に病む必要はないってことよ、中尉殿」


 トリスは茶化すように言って袋から暖かい小ぶりのパンを取り出す。表面は黄金色に輝き、焼きあがる直前にちりばめただろう塩の結晶がダイヤモンドが如くきらめいていた。


「頑張ったんだから」


 トリスは優しく言って、塩パンを口にする。マーガリンの香ばしさを讃えたサクサクの外と、もちもちした中身の歯ごたえに、塩のしょっぱさが合わさる。素朴ながらも食欲を掻き立てるうまさである。


「頑張ったからって結局何もなってないだろ。マーゴット中尉のことも……」


 シャントッドは表情こそ変えなかったが、内心は複雑な心境である。


 機体を狙撃されたソマリー・マーゴット中尉は無念にも戦死した。戻ってきてその知らせを聞いたとき、まず最初にこれでよかったと思った。戦闘中にソマリーの死を知っていたら、もっと取り乱していただろう。色々と落ち着いて、その事実を受け入れたときは虚無感に多少なりとも襲われた。


 顔を知っている人、少しでも親切にされれば心は傷つくものだ。


「うじうじしない。引きずってたって仕方ないでしょ」


 トリスはソマリーのことをよく知らない。どういう人物だったのかは声でしか判断できない。だが、送り出した人が戻ってこない現実は悲しいことである。だからと言って感傷に安易に浸るつもりはない。


「死に引っ張られる生き方はいけない」

「わかってるよ。俺はそこまで感傷的になってない」


 シャントッドはお腹に何かがすとんと落ちる感じを覚えて言う。


 死に引っ張られる生き方。それは大乱期から目覚めた兵士たちにはピッタリの言葉だと感じた。多くの人の死を目の当たりにして、その命の分だけ何かを成し遂げなければならないという焦りがある。目に見えなくとも、どこか過去と深く結びつき、過去のために戦っている。


「人間、死ぬときは死ぬんだなーって思う。ここにきてそう思わされた。だからといって必死に生きることを投げ出すつもりもない」


 その哲学的な言い回しにシャントッドは肩を上下させる。


「あんたもあたしも、何に命を張ってるのかよくわかんないけど――」


 トリスはやんわりした言い方をして、正面のディスプレイを眺める。


 ディスプレイの光景が青い水平線へと徐々に変わっていく。小鳥のさえずりが遠のき、砂浜に打ち寄せる潮騒の音が聞こえてくる。


「何か、大切なものを見つけて生きていきたいじゃない? でしょう?」

「移民とか?」

「こういう景色とかを見て、育ちたいってこと?」


 トリスは正面に映るディスプレイを眺めながら言う。


 シャントッドはなぜだか、隣にいる女性がいつになく魅力的に見えた。潮騒の音とそれを見つめる彼女の瞳やちょっと低い鼻筋が可愛らしく思える。だが、彼はきっと疲れているのだ、と軽く頭を振ってロールパンを口に頬張った。


 間が置かれて、彼女は口を開いた。


「どっちでもいい。宇宙で暮らしても地球みたいな星で暮らしても変わらないでしょ。あんたは?」

「俺も、そうだな……。どちらでも構わない、かな」


 シャントッドも同じ意見だった。視線を水平線の映像に向けても、何ら感慨は湧かない。


 不思議である。大乱期では恒星間航行のスペースコロニー同士で争ってまで憧れた水の惑星を目の前にしているというのに、彼にはそれを渇望する欲望はなかった。


 ただ家族を、友人を、知人すべてを失ってまで手にする対価には思えない。


「地球っていい場所だったと思う?」

「知らねぇよ。宇宙生まれの俺に聞かれても」

「あたしだって、『ノア』で生まれてからずっと宇宙育ちだよ。けど、たくさんの情報資源は残ってる」


 トリスはかりそめの地球の映像を眺めながら、カフェオレを一口含んだ。


「海があったとか、緑が豊かだったとか、たくさんの動植物がいたとか……。結局は人のせいで滅んだとか、言われてる。だからこの星は大切にしなきゃいけない。そういうのは理屈じゃない」

「理屈だし、事実だろ。人間だけのものじゃないし、自然を簡単に再生できるほど便利に俺たちはできてない。星への償いなんてできるわけもないのにさ」

「でも、それって結局『ノア』のマザーコンピュータからの受け売り」


 トリスはシャントッドの声に弾んだ声で返した。


「表面的なことしかわらからないし、第一今回の派遣でそんなきれいごとばかりじゃないって嫌ってほどわかったわ」

「そりゃあ、そうだ」


 それにはシャントッドも思わず笑って同意する。


 目の前に移る海の景色も探せばきっと『ファルファーラ』にはあるだろう。だが、それ以外にも凍てつく凍土や砂埃を巻き上げる荒野がある。そこで生活をする種族がいる。


 自然の中に身を置くということはそれだけで難しいことなのだ。人間が難しくしてしまったというべきか。


「だから、ね。環境を大切にする前にやらなきゃいけないことがあるんじゃないかなって思う」

「たとえば?」


 シャントッドは何の気なしに言う。


 トリスはここまで言って、勘付かない男に肩をすくめる。ここまで鈍感な男だとは思わなかった。


「誰と一緒にいたいか、とか」

「そういうものか?」

「あのね……」


 トリスはお尻一つ分シャントッドに寄せて、身を寄せる。操縦者の広い肩幅に驚きながら、上目遣いにシャントッドの顔を見る。シャンプーの残り香がふわりと鼻をくすぐった。


 シャントッドは寄り添う彼女の感触に一瞬恐怖を覚えた。しかし、本当にそれは一瞬のことである。緊張はしている。なのに、その胸の鼓動は心地よいと思える。


「人間一人で宇宙に出れるわけでも、生活できるわけでもないの。仕事一辺倒な人にはわからないかもしれないけど」

「そういうわけでも……、ない」


 シャントッドはトリスの上目遣いをチラチラと横目に見ながら言う。


「俺だって一人で戦っているつもりはない。エイハンス中尉のような人と組んで戦ってるし――」


 そこで彼の口元が言いにくそうに歪んだ。


 トリスはきょとんとしてその顔を覗き込んだ。


「何よ?」

「あんたみたいな支えは必要だ」


 シャントッドは気恥ずかしくなって顔を赤くする。


「同僚として、そういう安心感は欲しい」

「素直に交際しませんかって言わないの?」

「同僚としてだよ、まだ。それにあんた、汗臭いんだから離れろ」


 トリスはまぁ、と口を開いてまた距離を取った。


「デリカシーがないのね」

「うるせぇ」


 シャントッドの子供っぽい拗ね方にはトリスも呆れてしまう。


 だが、何の構えもなく話す彼は操縦者をしているときよりもずっと可愛げがあった。その二つの側面をトリスは愛せるな、と感じた。


 トリスは思わずくすくすと笑った。


 シャントッドはその顔を盗み見て、自分の口も自然と笑っているのに気付く。


「こういう女か……」


 シャントッドはトリス・カロリの歯に衣着せぬ物言いは直情的にさせられる。そういうガス抜きは心地よいものだと思う。そういう理屈が頭によぎる。


 しかし、心の中では彼女を好いている。理屈云々ではなく、歯車がかみ合って滑らかに回りだしたような感じだ。


 怒ったり、笑ったりすることを分かち合えば、なるほど生きていく気力が芽生えてくる。これが悲しみや苦しみをも受け止められるようになったらいいなと思う。


「とりあえず、シャワーくらい浴びとけよ? ブリッジは狭いんだからな」

「ご忠告どうも。けど、ま。今日のところはお互いお疲れ様、ということで」


 トリスはカフェオレの入った容器をシャントッドに差し向ける。


 シャントッドもオレンジジュースの入った容器を手にした。


「お酒じゃないのが悔やまれるが――」

「乾杯」


 二人はベルを鳴らすように容器を振って、底の部分を触れ合わせた。

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