~遭遇~ 襲撃者
『ノア』に接近する影は小惑星帯から抜け出して警戒網へと突撃する。目前に控えた敵本城の動きは観察済みだ。小惑星帯の中に発信器を敷設した小惑星があったが、飛び出していった機体には何の効力もない。
機体の数は二つ。全長二〇〇メートルほどでひし形をしている。鏡面のような面は宇宙の色と同化して、遠目からはシルエットすらわからない。加えて、その鏡面はソーラーセイルとレーザー推進装置に近しい役割を持っており、電波の荒波を掴んでは高速移動をしている。
『ノア』からすれば、単なるデブリの衝突で生じるスパーク程度の認識しかできないだろう。
いかな光学装置で視認しようにも天体情報が正確でなければ見破るのは難しいうえに、レーザー発信による光線、音波、電波も鏡面のような装甲にねじ負けられて正確な位置を把握できない。固有の電波が索敵装置を乱しているのだから、巨体と言えど発見は困難。
鏃のように鋭い機影はまっすぐに『ノア』の側面へと飛来していった。
衝突までの時間はもう数分とないだろう。
その動きに対して、『ノア』は鈍感と言わざるを得ない。管制室もその急接近に気付いていない。『ファルファーラ』からの外交官を迎え入れて、宇宙側の護衛に出ている巡洋艦の数も少ない。内部の反発を恐れて、宇宙からの攻撃が来るなど考えてはいなかった。
しかし、迫りくる危機を察知しているモノがいた。
「こういう展開を待ってたのよ」
口元をほころばせて、来たるべき時がついに来たと確信する。
『ノア』の居住区に突如として、警報が鳴り響く。
休憩をしていた勇子、ミュウははっとして周囲を見回す。何が起きているのかわからず、混乱する人々を見てはどう動くべきか判断が鈍る。
桜も周囲の様子を窺いつつ、立ち尽くす人々の間を縫って勇子たちのもとへ移動する。頭上に控える他のブロックや日光を取り込む運河のような窓を見上げても、薄い雲が停滞し、何の変哲もない午後の日差ししか目に入らない。
「何だ? 誤報か?」
「避難訓練の日程じゃないだろ。デブリでも接近してるのか……」
「なんだい喧しいね!」
「システムの故障なんだろ」
次第に人々の中でそんな不満が沸き立つ。
ついにけたたましい警報に嫌な顔をして、休日を満喫する人々は歩き出す。ほとんどの人が『ノア』の防衛コンピュータの誤作動だと認識していた。
しかし、勇子たちのように不安な表情をして、その場にとどまり連絡を取る者もいた。
しばらくして警報は鳴りやみ、先ほどまでの賑やかな町の空気を取り戻していく。
「どうなってる?」
「わたしにもわかりません。誤報かもしれませんけど……」
桜は問いただすミュウに申し訳なさそうに言って、周囲の様子を観察する。
携帯端末でどこかと連絡を取っていた勇子が神妙な顔をして、携帯端末の通信を切る。
「中央管理局に連絡をいれましたが、応答がありません」
「こういうことはよくあるのか」
「いいえ。コンピュータの不調であるなら、訂正の放送が————」
勇子が説明をしていると、先ほど警報を鳴らしていたスピーカーから女性の声が漏れ出した。
「ただいまの警報は、中央管理局のシステムの誤認と判断されました。市民の皆様には大変ご迷惑をおかけいたしました。繰り返しお伝えします……」
訂正の放送が入るなり、不安な表情を浮かべていた人々から安堵の吐息が漏れる。杞憂に終わったのはよかったが、不安感を煽るような放送事故はやめてほしいと心底怒りも表情から窺える
勇子も緊張をといて、ミュウと桜に微笑みかける。
「姫様、放送の通りでございます。ご安心ください」
「姫様というのは慎め」
ミュウが険しい顔のままぴしゃりと注意する。
勇子はきょとんとして条件反射に返事をする。誤報があり、彼女は機嫌を損ねてしまったのかと考える。『ノア』の環境にまだ慣れていないがゆえに、驚いたのだろう。
桜は妙に肌がピリピリする感じを覚えながら、そっと二人から離れようとする。
「待て、桜」
「は、はい。何用でございましょうか……」
ミュウに呼び止められて、桜は身を強張らせる。
「ミュウ様、まだ疑っているので?」
眉をひそめるミュウを見て、勇子が割って入る。
周りが普段通りになる中、ミュウだけ神経質に先の警報を気にする。二人が知らない何かに勘付いているかのように。
「当然だ。十年前の事故を忘れたか?」
「それは…………、ございません。しかし、ここは一千万人が住む『ノア』でございます。万が一のことなどは……」
あってはならない、と勇子は口にしたかった。しかし、ミュウを相手に余計な詮索をされたくはなかった。十年前の事故で自分の父親が死んでしまったことを知られたくない。さらに事故ではなく事件だと思うあまり、ミュウたちファルファーラの住民を疑う心が芽生えてしまいそうだった。
彼女がやけに緊張しているのも、十年前の事故と何か関係しているのではないか、と。
ミュウはあたりを見回して安全を確認すると、桜と勇子に手招きをして顔を寄せるように指示する。
指示された二人は一度視線を合わせてから、渋々テーブルに乗り出すように顔を近づける。
「これは内密なのだが、わらわたちがここに来た理由は何も移民計画だけはない」
「では、何です? 技術輸入ですか?」
「それもあるが、いや、それが正しいか」
ミュウは困ったように一度口を噤んだが、すぐに言葉を探し出して伝える。
「十年前、シャトルが沈んだ話だが、何者かによる攻撃であると聞き入っている」
勇子が喉を鳴らして、動揺を必死に抑え込む。彼女は、外交官たちは少なくとも十年前の出来事の事実を知っている。ますます彼女の中で猜疑心が膨れ上がる。
桜は不安な表情で苦々しい顔をする勇子とミュウを見た。
「よいか? 襲撃者はわらわたちの————」
ミュウの口調が重くなる。
桜と勇子が緊張に肩を張りながら続く言葉を待つ。
次の瞬間、遠くで何かが砕ける音が響いた。甲高く、脆く崩れ去る音。
三人はパラソルから体を出して、頭上に広がる別ブロックを見上げる。安心しきっていた人々も足を止めて、音の方へ視線を向ける。誰もがその一点を見て絶句した。
日光を取り込む巨大な窓の表面に、とんがり帽子のようなものが突き出ているではないか。砕けたガラス片が空中で瞬く。突起物は美しい鏡のような表面が取り込んだ光を反射して切っ先を煌めかせる。
桜たちは息を飲んで、頬をそっと撫でる風の流れを感じた。
「風が出ている?」
あってはならない風の流れが勇子の背筋を凍らせて思考が沸騰しだす。
茫然自失とする人々の注目を浴びて、突起物は頂点から四方に面が開いていく。展開図にならった綺麗な広がりは侵入した場所に固定するような動きだった。
「…………っ」
ミュウが忌々しげに下唇を噛んで展開と同時に蠢く中身を睨み付ける。
周囲から沸き立つ不安の声が次第に大きくなり、前奏曲のように広がり始める。先ほどの放送は誤報ではなかったのか。あの巨大な構造物は何か。風が出ている。コロニーにとって致命的でないも、宇宙へ引っ張られる空気の流れなどあってはならないことだ。
彼らの不安に応えるように、中で蠢いていたものが展開する壁面から飛び出す。
それは奇妙な生物的な物体だった。全長十五メートルの巨躯が薄い雲を切り裂くように大手を振り、四肢を伸ばす。甲殻類を思わせる武骨な装甲、逆関節の脚部と筋張った腕部、忙しなく動く眼球と丸い頭。
桜は身の毛のよだつその姿に思わす口元を抑える。信じられないものを目の当たりにして全身が震えあがる。心臓が危険だと高鳴り、逃げろと脳みそが警告する。
と、まず一匹が跳ねて空中に舞い上がる。
続いて、二匹、三匹と突起物からうようよ這い出てくる。そして、最初に飛び出した個体が腰に装着していた長細いモノを手にした。
その場にいる人の意識が真っ白になる。
長細いモノの切端が瞬くと次の瞬間には突起物の隣ブロックに爆発が起きた。黒と赤の煙が舞い上がって、爆音が反対側にいる桜たちの耳に届く。
それが引き金だった。
停滞していた人々は叫びをあげて走り出す。飛び出しては宙を自在に飛び回りだす生物敵な物体たちは次々と目先の居住ブロックを爆撃しだしていた。
桜たちは混乱の中、はぐれないようパラソルテーブルに一度固まる。
「姫様、すぐにシェルターへ避難します!」
「わかった」
勇子の言葉にミュウは一つ返事で応える。危機的状況である以上は、『ノア』について地の利がある勇子と桜に任せるほかない。
桜は狂気する人の流れに当てられてか、おどおどと視線を泳がせる。
「この辺はすぐにいっぱいになるでしょう。桜、隣のブロックまで運転できる?」
「は、はいっ。かか、かしこまりました」
桜は言われるがまま、急いで電気自動車へと駆けだす。そのあとを勇子がミュウの手を引いてついていく。
まばらになった人の流れの中を縫って、三人は電気自動車の前につくと開錠して素早く乗り込む。
「自動運転はあてにならない。マニュアルだぞ」
「承知しました。あ、その、ナビをお願いできますでしょうか?」
「了解よ」
運転席でエンジンをかける桜は自動運転からマニュアル運転に切り替えて、アクセルの遊びを確認する。震える手でシートベルトを素早く占め、ハンドルを力強く握る。
その間にもミュウと一緒に後部座席に乗り込んだ勇子が、前部座席の隙間に小柄でスレンダーな体を通して助手席につく。ダッシュボードに備え付けられている液晶キィを展開し、素早いキィタッチでシェルターの位置を割り出す。フロントガラスに周辺地図が表示されて、赤いマーカーがいくつか点滅する。
車道を行く電気自動車はそう多くはない。しかし、どの車もスピードを出して焦りが窺えた。
「大丈夫なのだろうな?」
「彼女の運転はわたしが保証します。このあたりはダメね……。橋を渡って」
勇子が即決で桜に言う。
近場のシェルターは歓楽街のあちこちにある。しかし、人が密集してるだけにすでにどこも一杯だろう。
瞬間、突き上げる衝撃が三人を、彼女たちがいる一帯に襲い掛かった。
ミュウは備え付けの手すりにしがみついて、天蓋一面のサンルーフを見上げる。機影はない。しかし、近くで何かが起きたことは間違いない。
「うっ……。最悪」
ミュウは掻き毟られるような胸の内でそうつぶやいた。
そして、態勢を立て直した桜がアクセルをふかし、精一杯に声を張り上げる。
「行きますよっ! しっかりおつかまりください!!」
言って、クラッチを戻し電気自動車はドンッと背中を押されたように走り出す。素早くチェンジレバーとクラッチ、アクセルを操作して桜たちを乗せた電気自動車は瞬く間に速度を上げて歓楽街を駆け抜けていった。




